性ってなんだ

第2話 SNSっている？

　咲にはこの半年間、何を伝えたら良いのか、分からなかった。というか、何かを伝える資格がなかったと思う。いや、本当は伝えることが怖かったのだ。まず、第一声は何が良いだろうか。「おはよう。」だろうか。「最近どう？」だろうか。それともこの前の出来事について、逃げずに聞くべきだろうか。「あのときは大変だったよね。」とか、「咲に触ってきた人、ほんとサイテー、死んじゃえばいいのに。」とかだろうか。女性にはまず同情すべきだ、と聞いたことがある。乙女心が分かる女性がいるなら、是非最適解を教えてほしい。

　そんな風に悩んでいると半年が経った。暇人じゃないと悩み事をしないというが、悩み事をしてしまうと暇なときでも暇じゃない気がするし、時の流れが早い。

　この半年間は僕と咲が一緒に行動していないこと以外、特に何も変わらなかった。咲は普通に女友達と共に行動していたし、僕も男友達と普通に遊んでいた。友達の文也からは「お前ら、別れたん？」と言われた。実際、”例の事件”がなければ、僕らは今頃付き合っていたのだろうか。多分ない。咲は女になることを嫌がった。そんな咲が好んで”彼女”という存在になりたいと思うとは思えない。きっと僕らはこれ以上離れないし、近づかない、そんな関係であり続けたはずだ。

　こんな日が続くと思っていた。咲との関係を妄想したりしながら。自分でも気持ちが悪い。これじゃ、元カノに未練があるみたいな感じじゃないか。でも、こんな生活は急に終わった。

　僕はいつも通り、部活に入っていないから、授業が終わるとすぐに帰宅する。「部活に汗を流すのが青春！」みたいな考え方がよく分からなかったし、わざわざ自分の時間を制限されてまでやりたいとは思えなかった。正直捻くれてる。多分、多少時間を制限されても、仲間と部活をしていた方が幸せだろう。それに気づいたときには遅かった。教科書を鞄に入れて、下駄箱で靴を履き、校門を出て、最寄り駅―あの日、僕と咲が辿り着けなかった―の改札を通ろうとしたとき、聞き覚えのある声、ちょっと前まで毎日のように聞いていた声、またいつか聞きたいと思っていた声が聞こえた。

「ねえ、う、佐倉くん、、あ、あのさ、、、、、」

「さ、、あ、宮森さん、ど、どしたの、久しぶり。」

　嬉しかった。また、あの咲が話しかけてくれたのだ。同時に悲しくもあった。名前じゃなくて、苗字で呼ばれたからだ。なんでだろう。ほんとに乙女心が分かる女性の方がいるなら教えてほしい。これじゃ別れて数年経った後に成人式とかでたまたま出会った元カップルみたいじゃないか。

「実はね、ちょっとした頼み事があるの。」

「頼み事？何かあったの？」

「わ、私じゃないんだけどね、ちょっと友達というか知り合いの女の子が困ってて、急に言われても困るのは分かるけど、佐倉くんにお願いしたいんだよね。」

「女の子の悩みなら、女の子に相談した方が良いんじゃないか？」

「それは、、そうなんだけどね。事情があって、難しくて。ここじゃなんだから、少しどこかで話さない？」

　戸惑っていた。久々に話してみると、何も変わっていないように見えた咲は少し覇気がないように見える。男が相手だからだろうか。僕らは公園に移動した。移動している間は特に何も話さなかった。よく考えてみたら、僕らの会話は少し歪だったかもしれない。いつも咲が話す側で、僕が聞く側。話す側の人間が話さなくなったら、会話がなくなるのは当然である。咲の顔を見てみた。どこか真剣で辛そうで何かを悩んでいるように見えた。そう言えば、その女の子の悩み事とはなんだろうか。男じゃないとダメっぽかったし、その子の彼氏についての相談だろうか。だとしたら、まともな答えを言える気がしない。

「じゃあここらへんで。」

　ここは学校から徒歩10分ぐらいの公園だ。部活の下級生だろうか、ランニングをしながら、声を出しているのが聞こえる。僕らもたまに家に帰る前にこの公園に来て、おしゃべりをしていた。こうやって、ベンチで一緒に座っているなんて、何年も前のことのように思える。

「で、本題なんだけどね、、私の、その知り合いの子を助けてあげてほしいの。私も頑張る。でもね、やっぱ男の子の力も必要っていうか、、私だけじゃ頼りないっていうか、、」

　正直全く話が見えて来ない。

「えっと、つまり、、？」

「ごめん、ごめんね！急にこんなこと言われても困るよね、えっと、、端的に言うとね、、、、、その子をSNSから救ってあげてほしいの！！！」

　この一言からまた咲と僕は一緒に行動するようになる。いや、一緒に壁にぶち当たると言った方が正しいかもしれない。これは発展途上の僕らが”性”に少しずつ捕らわれていくことに苦悩する物語である。そして、これからはその知り合いの女の子をSNSから解放するための物語でもある。

「その子はね、あんま大きな声では言えないんだけど、友達が少なくて、、というか色々あって、友達がいなくなっちゃって、、それでSNSで友達を作ったんだけど、その”友達”が男ばっかで、、それでね、、色々嫌なことがあったって感じで、、」