性ってなんだ

なずき

第1話 あなたって友達?

 「私のからだが変わってく。私を見る目線が変わってく。私が女であることを世界に突きつけられる。海くんは私を見るとき、少しだけ下を見てるよね。私は男の人が怖い。どうしても変わりたくない、、海くんは普通の友達なのかな、、」

 

 何も言い返せなかった。咲のからだを見ているとき、性的な欲求がないと言えば嘘になる。ただ、性的な対象として、見ているだけではない。咲は昔からの友達だ。友達のはずだ。多分。今までみたいにお互いの家でゲームしたり、徹夜で課題やったりしたい。


 咲が変わってしまったのは高校1年生のときだ。


「今日も電車混んでるなあ。」

「ねえ、次の新宿でもっと混むよ。中学校のころに戻りたーい。」


 咲とは家が近く、典型的な幼馴染と言える間柄だった。親同士も仲が良く、何度も家と家を行き来した。いつでも会える親友だと思う。こんな美人な幼馴染がいることは光栄だ。


「あーはやく学校つかないかなあ、夢と昨日のアニメについて語りたいのにー」

「いつも思うが、よく深夜までアニメ見てて朝5時に起きれるよな、、」

「授業中に寝ればプラマイ0だよー」


 いつも通り目の下にくまが出来ている。明らかに眠そうなのにちゃんと顔が整っているのは流石である。


 咲とは同じ高校に通うことになった。咲の親は咲のことが心配だったが、付き合いの長い僕と一緒に登校するなら、ちょっと遠くにある綺麗な私立高校に行くことを許可した。自分が信頼されている気がして、誇らしかった。


「うわ、めっちゃ人来たな。」

「満員電車ってサイアク。いろいろな匂いするし。スマホすらいじれないし。」


 ここは日本一、いや世界一の駅、新宿。降りる人の数も世界レベルだが、乗る人の数は宇宙レベルだ。駅員が無理矢理、客をドアに押し込める。客も大変だが、駅員も朝から大変である。ここには誰も幸せな人などいない。電車が出発する。電車の揺れと同じタイミングで体に圧がかかる。高校3年間乗ってもなれる気がしない。揺れと同じタイミングで体に咲の身体が押しかかる。女子特有の匂い、柔らかさ。以前は気にしてなかった、咲が「女」であることを高校生にもなると意識してしまう。咲が「女」であることを実感していると、咲の顔が青ざめていることに気づいた。


「どうした?顔色悪くないか?」

「・・・・」

「何かあったの?」

「・・・・」


 何があったのかは分からない。ただ、様子がおかしかった。そのまま声をかけることが出来ずにいると、次の駅についた。その次の駅には高校がある。咲は突然混雑している電車を必死に降りようとした。僕は何回も声をかけた。一切反応がなく、無視されてしまった。いや、無視されたというより声がそもそも聞こえていなかった。ホームに降りると咲は泣きながら、からだを手で締め付けながら、椅子に座った。その姿は灰色だった。


「おい!本当にどうしたんだよ!急に降りたりして!何かあったのか?」

「・・・・・っ・・・・・え・・・・・・・・」

「本当にどうしたんだよ。」


 周りは騒然としていた。女子高生が駅のホームで号泣していたら、当たり前である。それから駅員さんが心配して近づいてきてくれた。


「この子はどうしたんだい?」

「何かあったみたいなんですけど、分からなくて、、」

「お嬢ちゃん、どうしたの、なにかあったのかい。」


 駅員さんが咲に触れようとした瞬間、一種の破裂音のような音がした。そこには咲の見たことないようなぐちゃぐちゃな顔がそこにはあった。その顔は悲壮感、怒り、恐怖、、、本当に気持ちがぐちゃぐちゃだったのだろう。咲は思いっきり駅員さんの手をはじいた。


「さわらないで、、、」

「え、、?」

「わたし、、自分のからだが嫌い!!!!!」


 急に咲は声をあげた。その声はかすれていた。その後、状況を察した駅員さんは警察を呼んだ。その後、どういう経緯で明らかになったのかは分からないが、咲は痴漢にあったようだ。この知らせを聞いた時、自分の中でもうどうすることもできない、やりきれない気持ちで溢れていた。1つは後悔。咲の両親は恐らく僕のことを本当に信用していたんだろう。でなければ、たった一人のガラスのような娘を遠くの学校まで通わせるわけがない。その信用を僕は一瞬で裏切ったのだ。僕は何も出来なかった。もう1つは怒り。咲に対してではない。勿論自分に対してである。咲が一度、自分の身体について弱音を吐いたことがある。


「私、ちょっとずつね、からだが変化してるのが分かるの。でもこれを私は望んでない。出来たら、私は海くんみたいに強い身体になりたい。こんなものはいらない。」


 こんなものとは恐らく胸のことだろう。確かに胸は少しずつ大きくなっていたように思う。このとき、僕はこの発言をそんなに重くは受け止めてなかった。しかし、僕は咲が「女」になることを嫌がっているのをなんとなく分かっていた。咲はアニメが大好きである。オタクだ。だが、女性が性的な目を向けられるシーンがあると、嫌がっていたように思える。「なんでこんなことするんだろう。」それが口癖だった。その咲が痴漢に会う前、僕は咲を性的に見ていた。僕は誰だか分からない痴漢の加害者と同じであったことを怒った。そして、この後悔も怒りも咲のためではなく、僕自身のためであることにまた後悔し、怒った。


 よく何もない日常こそが一番の幸せだと言われている。そして、その幸せは脆く失うときは一瞬であることを。


 咲はその後、学校を休んだ。学校では咲が痴漢にあったことは知られておらず、何か重い病気になったのではないかと話題になっていた。そして、咲は一週間後、学校に来た。自家用車で。

 

 

 それから半年間、僕と咲は話さなかった。そう、今日までは。


 

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