Day9 神隠し

「『神隠し』って、神様が隠れちゃうことなんですか?」


「いやいや、ははは。ボビンさんは面白いお人だ」


 いつも難しい顔をしているヘリオトロープさんが、朗らかに笑ったので私は驚いた。


「『神隠し』というのは、子供たちがふらっとどこかへ行ってしまうことを、古来『神』の仕業ではないか、『神』の御業ではないかと噂された名残ですな。我々の『神』はそのようなことはなさらないかと思いますが……、いえ」


 その後に何ともなさげにさらっと彼は続ける。


「我々の『神』は老若男女関係なく『死』を与えてくださるので、あるいは……」


 ヘリオトロープさんの信じる『神』は『タナトス』という、『死』を司る神だといっていた。


 彼の言う『死』とは『生きている』ことの苦しみから解放するための唯一の道。だからって、今すぐにでも『死』を選択すればいいってモノでもないらしい。

『死ぬとき』が来たら、それを受け入れる。いつ来るかわからない『死期』、そのときが来るまでは懸命に生きる。『死』が近づくときに慌てず騒がず、あとは『神』のされるがままに。


 ヘリオトロープさんはどんなことがあっても平常心。いつも落ち着いていた。『死』が人生を終わらせることがわかっているからこそ、どんなときも穏やかでいられるのかもしれなかった。


「ボビンさんは猫族ですよね。猫族は古来より、己の『死期』を感じ取ると聞きました。なんでも、自分の『死』が近づくと、己の身を隠すのだとか。猫族の遺体はどこにも見つからないのだと聞きます。身を守るために隠れるのだという説もあるようですが、どうでしょう。あなたたち猫族の『死期』も、我々『神』による『神隠し』によるものかもしれませんな」


「うーん。自分ではあまり分からないですけれどね。もしかしたら、私が死ぬときも『神隠し』に遭ってしまうのかもしれないですね」


 自分が死ぬときのこと。愛する家族に見守られながら、暖かいベッドの上で安らかに逝きたい。誰にも見られない、冷たい場所で死ぬなんてかわいそうだ。神様、私はどこにも隠さないでください。


「私はどうせ死ぬなら、なるべく暖かいところがいいです」


「ならば、来るその日まで、懸命に生きるのです。暖かなベッドで毎日寝ていれば、安心して『死』を迎えられるでしょう」


 ヘリオトロープさんは、両手を合わせ、『神』に祈った。

 彼の胸には機械式の心臓が赤く動いていた。彼は過去に『死ぬとき』に遭遇しているのだろう。それでも、『死』なずにここにいるということは、『神』に選ばれなかったのだろうか。

 彼は、いつか来る『死』のために、半ばサイボーグになりながらも、懸命に生きている。祈り、願いながら、死を迎えるために、生きている。


「ヘリオトロープさんは、どのような『死』を迎えたいですか?」


「私の魂は『神』と共にあります。『神』に祈りながら死を迎えたいですね。たとえどのような苦しみの中であろうとも、私は『死』を恐れない」


「すごいですね。私。『死』ぬのはこわいですもの」


「『死』は全てを清算します。苦しみも、悲しみも。現世の澱みは『死後の世界』には持ち越せないのです。あなたの罪も、あなたの後悔もすべてこの世界に置いていく。だから、怖がる必要など無いのですよ」


 彼の話す『死』は全てを解決してくれる。この世で起こる諍いや迷惑ごと。どうにもならない悲しみも、『死』こそが最後の手段であり、唯一の道なのだと。

 それは確かに、そうなのだろうけれど。

 それでもやっぱり、私は死ぬのが怖い。


 私たちの先祖が『死期』に身を隠すのは、もしかしたら、『死』から身を守るためなのかもしれなかった。

 それが、私にも本能的に理解わかった。

「神隠し」は、神が隠れるのでも無く、神が隠すのでもなく、もしかしたら、『死神』から身を隠すものであるのかもしれない。


 そんなことを言ったら、ヘリオトロープさんは怒るかな?

 いや、多分ヘリオトロープさんは、そんな私の考えも、あっさりと認めてくれるような気がした。


『神』を信じている彼は、『神』を信じないヒトの『死』だって、同じくらい慈しんでいる。そんな気がした。

 だって、『死』は平等だから。ヒトでもヒトでなくとも、『生』きている限り、誰にでも降りかかる最後の瞬間。


 そのときが来たら、私は何を考えるだろう。

 そのときが来るまで、懸命に生きよう。


 それは、神様が私に教えてくれた、秘訣のような気がした。

 でもね、そんな大事なこと。

 隠さないで早く教えといてよ、神様。




 完

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Novelber 2021  〜救兵城の密室version〜 ぎざ @gizazig

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