やっぱり好き。

紫 李鳥

やっぱり好き。

 


 あれは正月休みだった。泊まりに来ると言う彼のために、雑煮の具や手頃な値段のおせちをスーパーに買いに行こうとした時だった。ついでに夜食用のカップ麺も買おう思い、電話で彼に確認した。


「赤いきつねと緑のたぬき、どっちがいい?」


「どっちでも」


 その返事に、両方買って半分ずつ食べればいいか。そんな考えで赤いきつねと緑のたぬきを買った。


 同期入社の彼とは付き合って一年足らずだが、同い年のせいか恋人と言うより友達感覚だった。彼のアパートにも何度か遊びに行ったことがあり、その都度つど、掃除をしてあげたり、料理を作ってあげた。口喧嘩はしょっちゅうで、意地っ張りな私は自分からは決して謝らない。謝るのはいつも彼の方だった。



 帰省していたと言う彼は、二日の夕方にやって来た。テレビを観ながら、おせちの海老や数の子をつまみに差しつ差されつ徳利とっくりを傾け、お笑い芸人のギャグにケラケラ笑うと、彼も釣られて笑っていた。――やがて、眠くなった私は先に布団に潜った。


 どのぐらい眠っただろうか、いい匂いがして目が覚めた。彼を見ると、カップ麺を食べていた。それも、私が食べたかった赤いきつねを。カップをのぞくともう半分も残ってなかった。


「何よ、どっちでもいいって言ったから両方買ったのよ。なんで赤いきつねを食べてるのよ!」


「なんでって、お腹空いたから」


「だったら緑のたぬきを食べればいいじゃない。赤いきつねは私が食べるために買ったのよ」


「俺も赤いきつねが食べたかった」


「だったら、電話した時に赤いきつねって言えばいいじゃない。あなたがどっちでもいいって言ったから緑のたぬきを買ったのよ。あなた用に。赤いきつねを食べるんなら赤いきつねを二個買ったわよ。どうして、食べる前に起こしてくれなかったのよ」


「気持ち良さそうに寝てたから」


「寝てたら起こして一緒に食べるべきでしょう。私が赤いきつねで、あなたが緑のたぬきの予定だったのに、どうして先に食べるのよ。もう大嫌い!」


「緑のたぬきを食べればいいじゃないか」


「イヤだ!赤いきつねじゃなきゃイヤだ!」


 子供のように駄々だだをこねると、布団に潜ってふて寝をした。意固地いこじになっていた私はしばらく彼と口を利かなかった。すると、彼が布団に入ってきて、


「……ごめんな」


 と耳元でささやいた。私はゆっくりと顔を向けると、小さく微笑ほほえんだ。……やっぱり好き。優しい彼が。


 赤いきつねを二個買っていれば、こんなくだらない喧嘩をしなくて済んだのにと後悔しながら、それからは、赤いきつねをストックするようにした。――でも、無性に緑のたぬきが食べたくなる時がある。ここで一句。


大三十日おおみそか緑のたぬきすすりけり」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やっぱり好き。 紫 李鳥 @shiritori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ