第3章 真相
第3章-真相-1
「内閣府……ってことは、国家公務員なんですか?」
女性がただ者ではない、と言うことは薄々感じていたが、さすがに国家公務員とは思わなかった。
軽く驚きつつ訊ねた私に対し、女性は事も無げに答えた。
「そう。こう見えても私は国家公務員なんだ。IDも確認しておくかい?」
そう言って女性はポケットからカードケースを取り出し、IDカードを提示してくれた。IDカードには女性の顔写真、氏名に加え、内閣府のマークや名称も記載されているので、女性が内閣府所属の国家公務員である、と言うのは本当なのだろう。
しかし、内閣府の防災担当と言えば、文字通り、防災に関する様々なこと(防災計画の策定や防災に関する情報発信、災害発生時の被災地支援など)を担当する部署だったはずだ。防災担当の部署に、仔猫を捕獲する業務があるとは考えにくい。
「神宮寺さんが内閣府所属の職員であることは間違いないようですが……なぜ防災担当の方が仔猫の捕獲を?」
「まあ、それはおいおい説明していくよ。とは言ったものの、どこから説明したものか……」
あれほど余裕たっぷりだったのに、話す内容を考えていなかった? 見かけによらず、神宮寺さんはうっかり属性持ちなのだろうか。まあ、時間はたっぷりあるし、仔猫の容態も安定しているようだから問題はないが……
などと考えているうちに、重大なことに気がついた。
女性……神宮寺さんからは名刺までもらっているのに、私は名乗りさえしていない。相手が誰であれ、先方に一方的に名乗らせるだけ、と言う行為が礼を失する行為であることくらいは中学生の私でも承知している。アイサツは大事。古事記にもそう書かれている。
「そう言えば、私の方はまだ名乗っていませんでしたね。私の名前は」
と、私が名乗りかけたところで神宮寺さんが手を挙げて制止してきた。
突然の制止に驚いていると、神宮寺さんがにこやかに話しかけてきた。
「大丈夫。君のことは把握している。染井由乃さん……で間違いないね?」
今度こそ心底驚いた。神宮寺さんとは初対面のはずなのに、どうして私の名前を知っているのだろう? しかも、神宮寺さんの口ぶりから考えて、神宮寺さんは、私の名前以外にもいろいろ知っているように思える。
「その通りですが……なぜ私の名前を?」
「ああ、君がそれだけ有名人、ってだけだよ。詳しくは後で説明するつもりだから、今はあまり気にしないでくれ」
はぐらかされてしまったが、後で説明する、と言われた以上、大人しく話を聞くしかないようだ。ただ、自分でも気付かぬうちによほど不満そうな表情をしていたらしく、私の顔を見た神宮寺さんは苦笑しながら話し始めた。
「まあ、不満に思う気持ちも分かるが、そこに至る経緯がちょっと複雑なんでね。一つずつ、段階を踏んで説明させてほしい」
いろいろと気になる点は多いが、説明して貰えるなら問題はない。
「まず、私の役職について説明しよう。先の名刺にも書いてあるとおり、私は内閣府で政策統括官の補佐、と言う立場にいる。で、その政策統括官は防災担当だから、私の仕事も当然ながら防災に関連するものとなる。ところで、防災と言えばどんなものを連想するかな?」
「真っ先に思い浮かぶものは、地震や台風のような大規模な自然災害ですね。あとは火災でしょうか。学校などで行う防災訓練も、基本的に地震や火災を想定しているものが多いので……それと、最近はミサイル攻撃に対する備えも防災に含まれるかも知れません」
「そうだね。あと、火山噴火や原子炉の事故に対する備え、などもあるが、一般的な防災のイメージはだいたいそのようなものだろう。ここまでに挙げた災害は、科学的な研究や分析と、それに基づく情報提供が行われ、特別な知識を持った人でなくともそれなりの対策ができるような仕組みが整えられている。
だが、世の中で発生する災害は、そのようなものばかりではない。未だに科学の力が及ばないものが原因で起きる災害もあるんだ」
科学の力が及ばないものが原因で起きる災害? そんなものがあるのだろうか?
確かに、自然災害は神や怪物の怒りによってもたらされる、と考えられていた時代もあった。災害が起きる理由が分からないから、そう言った超越的存在を仮定し、そこに原因を求めた訳だ。ただ、前提が間違っているせいで、神や怪物の怒りを鎮めるために生贄を捧げる、と言うような、現代から見れば野蛮な上に無意味なことを〝災害対策〟として行っていた。
だが、現代であれば、災害が起きるメカニズムは科学的に解明されている。また、災害に対する合理的な対策方法も考え出されている。つまり、現代では、正しい知識があれば、災害を必要以上に恐れる必要はないし、無意味な犠牲者を生むこともないのだ。
そして、そういった知識を広め、防災意識を啓発しているのがまさに内閣府の防災担当なのだが、神宮寺さんの発言からは、何か良くないものを感じる。
「興味深いお話ですが、それって私が聞いても大丈夫なものなんでしょうか? なんとなく、ですが、部外者が聞いたら拙いことになるタイプの話のように思えるんですけど……」
恐る恐る尋ねると、神宮寺さんはあっけらかんと答えた。
「ああ、君の懸念は正しい。これから話す内容は、行政府の中でもごく一部の人間しか知らないことだし、本来であれば外部の人間に話すようなものでもない。だが、私は君にそれを聞く資格と権利がある、と判断した。要するに、私にとって、君は既に関係者なんだ」
ちょっと待ってほしい。さっきから展開が急すぎてついて行けていない。
神宮寺さんが話そうとしていることが、本来であれば部外秘のものである、と言うのが私の予想通りだったのはまだいい。その一方で、私にそれらの話を聞く資格がある、と認めてくれたのは、ありがたく受け取ろう。だが、私が神宮寺さんの関係者だ、と言うのはどう考えても納得が行かない。
ボランティアの一環として、消防署主催の防災イベントを何度か手伝ったことはあるが、その程度のことで内閣府防災担当の関係者、とは言えないだろう。
私が神宮寺さんの関係者である、と言うのが勘違いで、やっぱり部外者だった、と言う場合、私はどうなってしまうのだろうか。知り得たことを他人に話さないように厳重に念押しされてから解放される程度ならまだしも、何らかの方法で記憶を消去されるかも知れない。
不思議な光をピカッと浴びせられる程度ならともかく、訳の分からない薬を飲まされたり、特殊な装置で電撃を加えられたり、最悪、密かに殺される、なんてこともあるかも知れない。
我ながらフィクションの影響を受けすぎだとは思うが、中央政府の機密情報に触れようとしているのだから、何があってもおかしくない。
そうならないためにも、重要な部分を話される前に、前提条件をきちんと確認しておかねばならない。要するに、私のことを本当に関係者として扱って良いのか? と言うことである。
「あの、私が関係者、って、どういう意味ですか? ご覧の通り、私はただの中学生です。何かのお間違いでは?」
「どうもこうも、文字通りの意味だし、間違いではないよ。まあ、詳しいことは例によって後ほど説明させてもらうから、もう少し待ってほしい。そうすれば、私が君の名前などを知っていた理由も分かるはずだ」
どうやら神宮寺さんは先走ってものを言う癖があるらしい。おかげでこちらは前提条件が分からないうちに結論を先に突きつけられるので、内容の理解が追いつかず、混乱しっぱなしである。もしかすると、そうやって混乱を誘うための話術なのかも知れないが、聞く側としては落ち着かないことこの上ない。
何だか嫌な予感もするし、いっそ抗議の意味でこのまま帰ってしまおうか……とも思ったが、私の好奇心がそれを阻む。
好奇心は猫をも殺す、と言う言葉があるが、その通りであれば私は何回死んでいるのだろうか。
実際、好奇心の赴くままに行動したせいで、物理的・精神的・社会的それぞれの面で危ない目に遭ったのは、一度や二度ではない。
我ながら、一度やらかしたらそれで懲りろ、と思うのだが、湧き上がる好奇心がそれを許さない。
私は元々調べ物が好きな性格だったが、日本一の優等生を目指すべく、様々なやり方で知識を身につけているうちに、世の中はまだまだ知らないことで満ちている、と言うことを実感し、未知への探究心が一層強まることとなった。調べ物でついつい夜更かししてしまうのもこのためだ。知れば知るほど知らないことが増えていく、と言う、一見矛盾しているようなことが、私には楽しくて堪らない。
特に今回は、私の想像を超えた範囲の知識を得られそうな予感がしている。その予感が、いつも以上の好奇心をかき立て、その好奇心が背中を押してくる。
君子危うきに近寄らず、と言う言葉がある。立派な人間は、わざわざ危険なことなどしない、と言うことらしいが、私はむしろ虎穴に入らずんば虎子を得ず、と言う言葉の方が好みだ。
避けられるリスクは避けるべき、と言う意見も分かるが、リスクを避けてばかりではリターンも得られない。
ノーペイン・ノーゲインと言う言葉もあるように、何かを得るためには何かを犠牲にしなければならないこともある(そしてそれは必ずしも等価交換ではない。投入したリソースに対して、ごくわずかなリターンしか得られないことも往々にしてある)。そして、そうやってリスクに対して果敢に挑戦してきた人たちこそが、世の中を動かしてきたのだ。
確かに現在の状況は私の理解を超えている。安全を第一とするならば、大人しく撤退すべき場面なのだろう。だが、そのような場面でもあえて前に進むのが私なのだ。
もしかすると、神宮寺さんは私のそのような性格も熟知した上で、私が興味を持ちやすいように、あえて私を混乱させるような言い方をしているのかも知れない。
相手がそのつもりならこちらも受けて立たねばなるまい。
改めて居住まいを正し、神宮寺さんとまっすぐ向き合う。その上で、私は宣言する。
「分かりました。神宮寺さんのお話を伺います。その代わり、疑問点がある場合は納得が行くまで質問するかも知れませんが、構いませんね?」
「もちろんだ。こちらも開示できる情報は可能な限り開示することを約束しよう。きちんと事情を理解してもらった上で、君の協力を得られるなら、私……いや、我々としても助かるからね」
そう言うと、神宮寺さんも座り直し、少し間を開けてから話し始めた。
「改めて、私の役職について。表向きは内閣府防災担当政策統括官補佐と言うことになっているが、私の本当の仕事は陰陽師なんだ」
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隔週 金曜日 19:00 予定は変更される可能性があります
ソメイヨシノの作り方~化猫の飼い方 せきやひろし @SekiyaHiroshi
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