ドライブ・デイ

山本アヒコ

ドライブ・デイ

「なあ、明日ドライブ行こうや」

「ああ?」

 コウジに電話がかかってきたのは午後九時ごろだった。スマホをタップして耳に当てた瞬間、前置きも無く第一声がこれだった。

「お前、車持ってたんか?」

「いんや。ミチヤから借りたんよ。じゃけえ行こうや」

「明日って急じゃのう。何時にするん?」

「朝九時。よろしくー」

 コウジが口を開く前に電話は切れた。しばらくスマホの画面を見て固まっていたが、ベッドの上に投げた。

 電話の相手は宝木ライチ。コウジの幼馴染であるため、このような突然の連絡と一方的なやり取りはすでに慣れたものだ。

 ため息をつくと「朝九時か……」とつぶやく。おもむろに立ち上がると、車のカギと財布をポケットに入れて玄関へ向かう。早く寝るためにコンビニへ酒を買いにいくのだ。寝不足でライチの無茶な行動に付き合うのは辛い。

 翌日、ライチは午前九時ちょうどにコウジのアパートへやってきた。

「おはよ。寝坊せんかったな」

 運転席からそう言って笑うライチの顔はかなり整っているほうだった。肩より長い黒髪が不潔そうに見えない細面で、わずかにたれ目なところがカワイイと女性に言われていたのをコウジは思い出した。

 コウジは頬骨が張った角ばって厳めしい顔つきをしている。柔道をしていたこともあり、筋肉質で広い肩幅はライチとは真逆の見た目だった。ただし身長はほぼ同じである。

「うっせえ。それよりどこ行くんじゃ。泊まりじゃねえよな」

 コウジは手ぶらで、バッグひとつ持っていない。

「日帰りじゃけえ心配せんでええって。はよ乗れ」

 コウジはしばらく洗車してないであろう、汚れて擦り傷がある白い軽自動車の助手席へ座った。レバーを操作して座席を最大限後ろへ移動させる。

「んじゃ、出発ー」

「ライチ、なんで何も曲かけてないんじゃ?」

「あー、カーナビの操作ようわからんかった。コウジやってくれん?」

 ライチは自分の車をこれまで持ったことがなかったので、カーナビを触ったことがなかった。そのため音楽だけでなくラジオすらなく、車内はエンジン音しか聞こえなかった。

「めんどいな……」

 コウジはカーナビとスマホを操作してブルートゥースを接続すると、スピーカーから音楽が流れはじめた。

「あんがとね」

「何でわざわざ車借りたん? いつも俺が車出してるじゃろ」

「だからじゃん。たまには俺が運転せんと」

 二人で遊びに行くときは、車を持っているコウジがいつも運転していた。たまにライチが運転することがあったが、本当にまれにだ。

「なあ、メシ食った?」

「いや。お前は」

「まだ。じゃ途中でコンビニ寄るけえ」

 十五分後、コンビニへ到着した。ライチはスキップしそうな足取りで買い物カゴを手に取る。

「カゴ使うぐらい買う気なんか?」

「お、ビンのやつあるじゃん」

 ライチはコウジの声など聞こえない様子で、エナジードリンクの瓶をカゴに入れる。その後も店内を物色するライチを放置して、コウジはさっさとコーヒーとサンドイッチを購入した。

「コウジ、これ持って」

「買いすぎなんじゃ」

 膨れ上がったビニール袋をコウジは足元に置く。ただでさえ狭い軽自動車のスペースが、さらに狭くなる。足にあたる商品やビニール袋のたてる音が不快だ。

 コンビニから出てすぐ、ウインカーを出してライチはハンドルを切る。普段は行かない方向だと気づき、コウジの目が細くなった。

「どこいくんじゃ?」

「高速」

「は? お前、どこ行く気なんじゃ?」

「四国。言わんかったっけ?」

「言っとらんじゃろ! 時間どれだけかかるかわかっとんか」

「大丈夫じゃって」

 言い合いをしているうちに高速道路の入り口まで来ていた。

「この車、ETCついとるんか?」

「ついとるけど俺カード持ってないけえ意味ないんよ」

「なら先に言うとけよ。俺のカード持ってきたわ」

 コウジが睨みつけるが、ライチはただヘラヘラとした笑みを浮かべるだけだ。

 ETCレーンではないほうのへ行き、停車してウインドウを下げてライチはカードを取ろうとしたが、遠すぎて手が届かなかった。

「ん、ん……」

 ライチは必死で手を伸ばすが届かず、はずみでブレーキから足が離れ、ギアをパーキングにもしていなかったので車が前へ進んでしまう。

「あっ、あっ」

「ブレーキ踏め! 俺が取ってくる」

 コウジがドアを開けて外に出ると、小走りでカードを取って戻る。

「ちゃんとせえ、ライチ」

「ゴメンゴメン。あんがとコウジ」

 合流地点へと向かう車内で、コウジにある懸念が浮かぶ。

「なあ、ライチ。お前、高速で運転したことあるんか?」

「教習で乗っただけじゃけど平気じゃろ」

 大声を出そうとコウジの胸がふくらんだが、ゆっくりとしぼんで口からは長い息だけが出てきた。息を全て吐き出すと、コーヒーを一口飲んだ。

「まあ……ええか」

「大丈夫じゃって。事故とかせんけえ。安全運転。スピードも出さん」

 ライチがアクセルを踏み込むと、エンジンは唸りをあげて高速道路の本線へ向かってスピードを上げた。


 二人を乗せた軽自動車は、軽快に高速道路を走行している。平日なので車の数は多くない。安全運転宣言通りに、ライチは時速百キロ前後をキープしていた。

 高速道路を走行して二十分もすれば、運転していないコウジは暇であり眠くなってくる。

「ふぁ……」

「寝てもええよ」

「嫌じゃ。お前だけに運転まかせるん怖えけえ」

 コウジは窓を少しだけ下げると煙草を取り出した。そして火をつけようとしたとき、サイドミラーを見てくわえていた煙草を胸ポケットに入れた。

「なあライチ。気づいてるか」

「なに?」

「後ろの車」

 ライチはバックミラーを見る。そこには軽自動車の後ろに貼りつくように接近している黒いワゴンタイプの自動車がうつっていた。それだけではなく左右に蛇行運転をしている。

「これって、アレなん?」

「あおり運転じゃろうなあ……無視すりゃええ」

 蛇行する自動車を後ろに引きつれながら走行していると、しびれを切らしたのか急加速して横を追い抜いて行った。

「鬱陶しいやつじゃ……」

「コウジ、前」

 追い抜いて行った黒いワゴンが、同じ車線の前方にいた。それが徐々に近づいてくる。スピードを落としているのだ。

「おいライチ……」

「面白くなってきたー」

 ライチは両手でハンドルを握りしめて、前のめりになって前方を睨んでいる。アクセルの乗せた足は固定して一定のスピードを保つ。

 やがて前方のワゴンとの車間距離が、高速道路ではなく一般道ほどに狭くなったとき、ブレーキランプが光った。

「おりゃっ!」

 黒い自動車が急ブレーキをした瞬間、ライチはハンドルを右に切りながらアクセルを踏んだ。コウジの体が左へ押し付けられる。アクセルペダルを限界まで踏んだ軽自動車は、ふらつきながらもスピードを上げていく。

「コウジ、どう?」

「追いかけてくる」

 追い抜かされた黒いワゴンは、その車体に怒りの表情があるかのように見える勢いでこちらを追っている。これではすぐに追いつかれてしまうだろう。

「どうする?」

「前のトラックの後ろにピッタリつけえ。前に割り込まれんようにするんじゃ」

 限界まで酷使した軽自動車は、無事追いつかれることなくトラックの後ろに貼りつくことができた。

 トラックの速度は速くないのでワゴンはすぐ追いつき、再び二人の後ろに貼りつく。

 コウジはちらりと横を見る。

「しばらくこのまま走るけえ」

 ライチは無言でうなずく。

 トラック、軽自動車、ワゴンの三台はまるで連結された電車のように高速道路を進む。そのまま数分間走り続け、緑の看板が見えたところでコウジが合図する。

「今!」

「ほっ!」

 ウインカーを出さず左に急ハンドル。白い軽自動車はスピードを落とすことなく高速道路本線から外れる。その動きについていけない黒いワゴンはそのまま通り過ぎて行った。

「大成功!」

 ライチはアクセルを緩める。速度を落とした軽自動車はサービスエリアへ向かう。ここは自動販売機とトイレがあるだけのサービスエリアなので、平日なこともあり駐車場には数台の自動車があるだけだった。

 エンジンを切って駐車すると、コウジは思わず大きく息を吐いた。

「……クソ。何じゃあいつは……」

「面白かったー」

 笑うライチに舌打ちしながら、吸いそこなった煙草をコウジが胸ポケットから取り出そうとしたとき、やたらうるさい排気音が聞こえてきた。

「コウジ、あれって」

「クソ……」

 コウジは煙草を片手で握りつぶしながらドアを開けると、それを地面に投げ捨てながら外に出た。黒いワゴンがこちらへ近づいてきていた。

「何でこっちに来れるんかな? 通り過ぎていったじゃろ?」

「出口側から逆走してきたんじゃ。アホじゃろ」

 黒いワゴンは駐車場の枠線を無視して、二人にフロントを向けた状態で停止した。

「オメェ、なめとんか!」

 運転席から出てきた男が怒鳴る。年齢は三十半ばから四十ぐらい。派手な色のシャツに胸には光るネックレス。ブリーチされた髪の毛は整髪料で光っていて、あからさまに面倒くさい輩だった。助手席から出てきたメイクの濃い女性が、ニヤニヤしながらスマホで撮影をはじめた。

「オウ、コラ! ふざけとんか!」

 見た目から細いライチが弱そうと思ったのか、男が近づいてくると胸倉を掴もうとした。しかしライチのほうが速かった。

 男が顔を手で押さえて後ずさる。ライチが殴りつけたからだ。素手ではなく、エナジードリンクの瓶を握りこんで、その底を鼻に振り下ろした。男は鼻血を出しているが、ライチはそこで止まらない。さらに瓶を振り下ろし、たまらず男は地面に倒れこむ。

 そこで女が悲鳴をあげたが、その声はすぐに消える。後ろからコウジが腕で首を絞めたからだ。柔道の経験があるコウジに完璧に首を極められた女は、すぐに意識を失う。

 コウジが女をそっと地面に横たえたとき、ライチはまだ男を殴っていた。力無く地面に尻をつけた男の胸倉を掴んで、何度も顔を殴る。

「ライチ、もうやめとけ」

 手を離すと、力の抜けた男の体が地面へ音を立ててつぶれた。

 コウジとライチは手早くそれぞれの体を探り、財布とスマホと車の鍵を奪う。そして二人をワゴンの中に放り込んだ。

「よし、撤収」

 何事もなかったかのように軽自動車に乗り込むと、パーキングエリアを出発する。

 コウジはライチの腕時計を見て顔をしかめた。

「お前、もう腕時計で殴るのやめえよ」

「ええじゃん」

 ライチは高校生の時から漫画に影響されて、腕時計をメリケンサックのように拳につけて殴るのが好きだった。そのとき買ったGショックを今も愛用している。

「それより臨時収入とスマホ売ればけっこう金になるけえ、高いソバ食えるな!」

「あ? 香川はうどんじゃろうが」

「え? 違えって。行くの高知じゃけえ」

「はあっ? 遠かろうが!」

「小学生んとき、オヤジに高知でうまいソバ食わしてもらったんよ。場所覚えてねえけど」

「働かんとどっか逃げたオヤジか」

「そ。死んだんじゃ。警察から連絡来たんよ」

「……じゃ、ええわ。行こうや」

 コウジはスマホから抜いたSIMカードと車の鍵を窓から投げ捨てた。

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ドライブ・デイ 山本アヒコ @lostoman916

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