2.蒼色の現在で
西の空に日が沈みゆく中、家に帰ってくると、門の前に、見知らぬ少年と少女が屈みこんでいた。門の内側では、我が家のガーゴイルが、大型犬の伏せたような恰好で、目を閉じている。
私の足音を聞いて、金髪の少年が振り返った。傷のある頬を引きつらせている。三つ編みの銀髪の少女も、潤んだ眼をこちらに向けた。
「君たちは、冒険者かい?」
二人の装備を見てそう尋ねると、彼らは立ち上がりながら「はい」と答えた。
「悪かったね。見知らぬ冒険者に、このガーゴイルは、勇者のことを話したがるんだ」
苦笑交じりにそう告げると、二人は「とんでもない」というように首を横に振った。
勇者だった私の父の命令によって、この家を守り続けたガーゴイルが、初めて取り乱したのは、目の前で父が殺された時だった。彼は、物体であるのに、「失神」することで自分を守り、それ以降、父の最期の瞬間を思い出さないように封印していた。
だが、悠久の時を耐えられるガーゴイルにも、ガタが来るものらしい。彼はここ数年、見慣れぬ冒険者に父の栄光と、そして、封印したはずの父の最期を語り、気を失うということを繰り返していた。
「……魔導士の方は、どうして、勇者様を殺したのでしょう……」
私と同じように、眠るガーゴイルの顔を眺めていた少女が、ぽつりと呟く。
彼女はまだ若いから、その理由を知らないようだった。
「あの魔導士は、冒険の後、魔法大臣に就任していた。ある日、魔石不足を補うために、魔界へ侵攻することを提言した。しかし、それを反対したのは、かつての仲間だった、勇者だった……。
議論の結果、魔界侵攻は却下された。それに加えて、魔導士は大臣の座を追われてしまった。実際は、彼の椅子を狙う者の策略だったが、魔導士は、父が自分をクビにしたと思い込んでしまった」
そこまで話すと、少女も少年も、納得したように頷いた。これによって、魔導士は父を逆恨みしてしまったのだと、思い至った様子だ。
しかし、ガーゴイルは、そんな事情を理解できなかった。主による命令を何よりも優先する彼にとっては、共に戦った戦友を裏切るなんて、考えもしないのだろう。
「魔導士は、その後どうなりましたか?」
「ガーゴイルが取り押さえていたため、憲兵隊に逮捕されたよ。今も、監獄の中だ」
質問をした少年は、それを聞いてほっとしていたが、少女の方が、複雑な表情を浮かべていた。彼女の言いたいことも、なんとなく分かる……魔導士は、かつての仲間を自分の勘違いで殺したことで、苦しんでいるのかもしれないと考えているのだろう。
ただ、未来のある彼らには、一応の結末を迎えたことに、色々と思い悩んでほしくない。
「そろそろ日が暮れるよ。君たちも帰ったらどうかな?」
「ああ、すみません」
「失礼しました」
少年と少女は頭を下げ、そそくさと路地を歩いていった。
私は、門を開けて、中に入る。目を閉じたままのガーゴイルの石で出来た頭を数回撫でていると、ゆっくりとその瞳が開き、私を見上げた。
「レレス様、おかえりなさいませ」
「ただいま。ここで何していたんだい?」
「新人の冒険者に、勇者様のお話をしておりました」
ガーゴイルは、誇らしげに胸を張る。自分が、勇者の最期を伝えて、気を失ったことなど、覚えていない。
彼は、勇者の最期という恐ろしいものも含めて、その一挙手一投足を全て記憶している。物心がつく前に父を失ってしまった私には、そんな彼が羨ましくもあった。
「今度の休日に、娘一家が遊びに来ると言っていたよ」
「そうでしたか。お嬢様方に会えるのが、とても楽しみでございます」
人間とガーゴイルは根本的に異なる考え方をしていて、その部分を分かり合えることなどできない。
それでも、彼が私たち家族のことを大切にしたいと思う気持ちに触れれば、私も、彼には心穏やかに過ごしてほしいと思う。
飛び上がった彼が、定位置である屋根の上で座ったのを見届けて、私は玄関の扉を開けた。
茜色した思い出へ 夢月七海 @yumetuki-773
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