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 講義が始まった。私は、先輩に教わって介護福祉士課程を取ることにした。そのせいで、朝から晩までずっと講義が続く。オンラインでも疲れるものは疲れる。

「あれ?」

 忙しい中、久しぶりに図書館へ行くと『常盤橋の決闘』がなかった。貸し出し禁止のはずだから、誰かが館内で読んでいるのだろうが、四階の閲覧スペースにも一階の閲覧室にもそれらしい人はいなかった。

 もう一つ。濡らしたハンカチを返そうと学生課に行ったけれど、あの狐目の女性はいなかった。名前を聞いていなかったこともあり、渡すよう頼むことも出来ないでいる。

 このことを先輩に話すと一言。

「『茅萱ちがやの音や狐の声に耳をそばたてるのは愚かなこと』」

 それは国木田独歩ではなく山田美妙やまだびみょうではないか、と言うと「微妙な違いだね」などと寒々しいことを言うので、カエデやイチョウも葉を全て落としてしまった。もうすぐ冬のようである。枝だけになった木々が、構内に佇んでいた。

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兎死すれば狐これを悲しむ 甚平 @Zinbei_55

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