遠距離恋愛と味の違うカップ麺【「赤いきつね」「緑のたぬき」幸せしみるショートストーリーコンテスト 応募作品】
郷野すみれ
遠距離恋愛と味の違うカップ麺
夜、全ての用事が終わっていつでも寝ていい状態にすると、通話を繋ぐ。
「こんばんは」
「こんばんはー」
趣味を同じくするSNSを通じて知り合い、数人で集まったオフ会で意気投合した私たちは現在、東日本と西日本の遠距離恋愛中だ。こんなご時世になってしまって、関西出身で西日本に住んでいる彼と気軽に会えるわけでもないので、こうしてほぼ毎日繋ぐ夜の通話が、私たちのささやかで密やかなコミュニケーションである。
今日仕事で起こったことや道端で気づいたことなど、起きたら忘れているような他愛もないことを喋る。
話しているとお腹が空いて、私はスマホを持って立ち上がる。電気をつけると時計の針はちょうどてっぺんのあたり。
「なにか夜食たべようかな」
「なに食べるん?」
「うーん、カップ麺とかの気分」
私はキッチンを物色する。一人暮らしの20代の女性らしいのか、らしからぬのかはわからないが、カップ麺の類は沢山ある。
「あ、これにしようかな、緑のたぬき」
私は一際目立つ、大きめの緑色のパッケージを手に取る。ラーメンやうどんよりもそばの方が夜に食べてもまだ大丈夫な気がする。
……上に天ぷらがのっているのは置いておいて。
そういうものが食べたい気分なのだ。
関東地方でオフ会をやった時に、ずっと西日本にいる彼がお蕎麦屋さんで盛大に混乱していたのは今でも笑い話だ。
「あ、それやったら僕もあるかもしれへん。ちょっと待っとって」
ガサゴソと動く音が聞こえる。私はその間にお湯を沸かす。
「あった」
コンロで沸かしていたお湯がやかんの口から湯気が出てきた頃、彼が声をあげる。
「あ、今お湯が沸いてるから入れちゃうけど、どうする? どうせだったら同時に入れる?」
「ああ、うん、そうやね。僕は電気ポットのお湯があるから」
「じゃあ、入れまーす」
ちょろちょろとお湯を注ぐ。目の前が真っ白い水蒸気で曇る。
「タイマーかけるね」
予め3分間にセットしてあったキッチンのタイマーのスイッチを押す。3分というのは一人で待つのには長いが、話しているとあっという間だ。
「やっぱりさ、そういうもんやけど、たぬきそばやのに天ぷらがのってるって違和感なんよね」
「またまた」
お蕎麦屋さんでのやりとりを思い出して、私は近所迷惑にならない程度に声をあげて笑ってしまう。
***
何人かのオフ会の昼食のためにお蕎麦屋さんに行ったが、昭和から続いているような木の温もりに包まれたお店で、ふたりがけの机が主だったので席の都合で二人ずつに分かれた。そしたら、入った順番などにより私と彼が同じ席になった。その時点で私と彼は、同い年のリプでも実際にも話が弾む仲の良い相互さんだった。
「え、僕たぬきそばを頼んだはずなんやけど……」
困惑したように見下ろす彼の前には、湯気を立てた美味しそうな、天かすの載ったたぬきそばがある。
「たぬきそばじゃない?」
私は首を傾げる。そうこうしているうちに、私が頼んだきつねそばが来た。
「わーい! あ、待っててくれてありがとね。食べよう?」
「いや、そっちがたぬきそばやから!」
「え? それがたぬきそばで、こっちがきつねそばだよ? 天かすと油揚げ」
私は彼と私のそばを指差しながら見比べる。
「地元や住んでるところでは、油揚げの載ったそばをたぬきそばって言うんやよ……。やってしもうた」
「そうなの⁈ そんなに食べたいなら油揚げ半分あげるよ。その代わり天かすちょっとちょうだい」
「え? いいん? ありがとう」
食べながら話が弾み、おしゃべりの合間に
「こっちの方がいろんな味を楽しめてお得だね」
「そうやね。でも、お昼のリクエスト言ったり聞いたりする時は気をつけなあかんなあ」
「うんうん」
などというやりとりをしていたら、何か気を遣ったような他の人たちにその後いつの間にかさりげなく二人きりにされて……という話はまた別の話。簡単に言うとそこで彼に告白されたので、今こういう関係になっている。
***
「あの時に食べたそばのつゆの味もびっくりしたんよね、味が違って。でも、ここに売ってて食べる赤いきつねとか緑のたぬきも、なんか地元で食べてたものと若干味が違う気がするんやけど、気のせいなんかな」
「そんなことある~? 気のせいじゃない?」
私は返しながら手元にあるスマホで検索してみる。すると、どうやら地域ごとに4種類の味に分かれているらしい。
「えっ! 違うんだ‼︎」
「ほら、言うたやん。僕も調べよ」
しばらく無言の時が過ぎる。
「関西と西日本で違うんだね。よく味の違いわかったね……」
「そっちは東日本しか食べたことない?」
「うん、多分そう。口に合うかはわからないけど、西日本の味も食べてみたいな」
「それならお互いの地域のカップ麺を送り合ってみる?」
「いいね!」
ピピピっとタイマーが鳴り、3分を知らせた。おしゃべりはここで終わりだ。私は熱々の容器を持って、キッチンからリビングの机に移動する。
まだ、先のことなんてわからない。どちらの味をよく食べるようになるかも。でも、こんなくだらないことで言い争ったり、日常を共有したりできることがどうしようもなく嬉しい。いつか彼の隣で一緒に同じ味を食べられることを夢見て、お箸を持って手を合わせる。
「いただきます」
遠距離恋愛と味の違うカップ麺【「赤いきつね」「緑のたぬき」幸せしみるショートストーリーコンテスト 応募作品】 郷野すみれ @satono_sumire
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