第5話 シグリズ:浄化と謎

 エイシャとナジャフ、グラーフとともに石室内へ瓶に入った聖水を振りいて浄化の儀式を準備していた。

 不死の魔物がこれ以上かないようにこの洞窟どうくつにある墓地すべてを清めようというのだ。


 当初カセリアが魔法を使って聖水をいったん宙に散らばせて固定し、雨のように一気に降り注ぐ手段を提案した。

 だがエイシャから「マナの力は奇蹟きせきに影響を与えますので」と言われ、結局手作業で時間をかけて振りいていくことになったのだ。


 そのためカセリアは聖水きに加わらず、石室の入り口で座り込んでいる。


 聖水を振りく手を休めずにエイシャはつぶやいた。

「あのシグリズは家族だったのかもしれませんね」


「大きいのが父さんと母さんで、小さいのが子どもたちってところか……」

 聖水の手を止め、とたんに後味の悪さを覚えた。

 いくら不死の魔物とはいえ、家族だったのなら互いの絆もあったのだろうか。


 その様子を見ていたカセリアから、

「気にすることはない。ドロチにでもならないかぎり不死の魔物に記憶は残らんよ」

 と声をかけられた。


 本当にそうなのだろうか。

 石室に踏み込んだ際、向かってきたのは大きな二体だけだった。

 あれは侵入者から子どもを守ろうとしていたのではないのだろうか。


「まぁ信じる信じないは隊長が決めればいい。ただ、これから先〈勇者隊〉として数多くの魔物と戦わなければならんのだ。魔物の事情をいちいち詮索せんさくして躊躇ちゅうちょしたら隊長が死ぬ番になる。それだけは心しておくんだな」


 カセリアは彼なりに発破はっぱをかけてくれた。


「ラスタール帝国が大陸を席巻するほどの魔物を調達できた要因として、アンデッド・モンスターや野獣を現地調達していたからといううわさもあります。ここにいた不死の魔物たちも元々この墓地に安置されていたものでしょう」

 ナジャフも懸命に聖水きを手伝っている。それにカセリアが答えた。

「そう思うと哀れだな」


「しっかりと天国へ送り出してあげましょう」

 五体のシグリズを墓地に埋葬しなおしたレフォアがエイシャに話しかけた。

「私にも手伝えることはありますか?」


 軍師に与えられた任務を終えて、俺たち六人に結束が生まれたようだ。

 自身の独断どくだん専行せんこうのせいで仲間を危険にさらしたことを反省することしきりだ。

 あれさえなければもっと楽に達成できたことだろう。



「それにしても恐ろしいのはあの軍師だな」


「え、どうしてですか?」

 皆がカセリアに振り向いた。


「まず、この依頼がおかしい。どうやってここにシグリズがいることを掴んだんだ? 現場にきた俺たちでさえ、ここまでこなければわからなかったというのに」


「そういえば妙ですね。たしか王宮の宝物庫に『遠見の水晶玉』が置いてあったと記憶しておりますが、あれは見たい場所を特定しなければ意味がないですし」

 ナジャフが答えた。


「〈遠視〉の魔法も同じようなものだ。最初からここが怪しいとにらんでいなければ、ここを〈透視〉しようと思いもせぬからな」


 実際にこの場に来なければここにシグリズがいることを確認できる手段がない。

 しかも石室までくる間にスカールやグレルの群れに襲われているはずなのである。


 軍師はどうやってここにシグリズがいるとの情報を得たのであろうか。

 付近には人里もないし、街道からは離れた場所にある洞窟どうくつなので、旅人や商人から情報を得るのも難しい。


「それに俺たちに与えられた宝具からしてもおかしなことだらけだ」


「この剣のどこがおかしいんだ?」

 腰から下げていた剣をさやから引き抜いた。


「渡されたときの言葉を憶えているか?」

 首を横に振る。


「あのときから疑問に思っていたのだ。『魔法を付与してある』『魔法がかけてある』『片方の刃には魔法を施し、もう一方は鋼の刃にしてある』ということを言っていた」


「それのどこがおかしいの?」

 レフォアには何がおかしいのかわからなかった。


「まるで軍師様自ら作ったかのような話し方じゃなくって?」

 エイシャが助け舟を出してくれた。


 カセリアはいくつかの道具を取り出した。

「俺もこのようにいくつか作ったことはあるが、マジックアイテムや宝具を作るには膨大な魔力と長い時間が必要になる。軍師はその座に就いてから一カ月ほどだ。そんな短期間ではトルーズの剣一本作るだけで時間がなくなる。とても戦闘指揮などしているひまはない」


 レフォアはなにか思いついたようだ。

「アイテムを作る専門の人をやとっていたということは?」


「それは無理だろう。とくにエイシャに渡された宝具は、現在の技術では作ることも不可能とされるたぐいの代物だ。そもそもオリハルコン金という金属はこの世界には数えるほどしかない。しかもそれを加工する技術など人間界には存在しないからな」


 カセリアの言うとおり、オリハルコン金は存在数がきわめて少ない。

 そのほとんどが各国の宮廷宝物庫に収蔵されているはずだ。

 「神の金属」と称されるように、奇蹟きせきを願うとどんなことでも叶うという言い伝えさえあるほど。

 その昔、ひとりの巫女みこが命と引き換えに神を降臨させたこともあると語り継がれてきた。


 金色に輝くオリハルコン金はあまりに強固なため加工する術がない。

 ダイヤモンドの十倍は固いとされている。


 ナジャフ、カセリア、レフォア、グラーフに渡された宝具もミスリル銀という魔鉱石を用いてある。

 鋼を遥かに凌ぐこの金属も、加工には多大な魔力を必要とした。


 さらに不思議なのは俺に渡された〈封魔の剣〉だ。

 魔力が付与されていない刃はただの鋼なのに、魔力がかかっている刃はミスリル銀で出来ている。

 単に鉄を精錬しただけでこのふたつを共存させることは不可能だ。


「城に帰ったら軍師様に聞いてみることにして、今は浄化を済ませましょう」

 エイシャの言葉で皆が作業に戻る。



 そんな中、王城でささやかな事件が起きた。



 王国軍師が姿を消したのである。





 了

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プレシア勇者譚〜勇者隊、初陣〜【カクヨムコン7短編賞応募作品】 カイ艦長 @sstmix

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