第2話 無二のペンフレンドから宇宙の旅人に

      


 けれど、わたしたちのあいだには、どんなえにしが結ばれていたのだったか……。

 あなたからとつぜん手紙をもらったのは、50代も半ばになってからだったよね。


 そのころのわたしは、仕事の関係もあって地元の紙誌を中心にコラムを書くようになっていたんだけど、同じ県内でも、高速道路で1時間ほど離れた居住地の図書館でたまたま目にしたから懐かしくなって……と生真面目なペン字が認められていた。✑


 それからだったよね、月に一度か二度、ときには三度の文通が始まったのは……。


      *


 あなたはいつも便せん10枚前後にわたる、分厚い手紙を送ってくださったよね。

 あなたの意見は驚くほど正鵠を射ていて、その辺のテレビ解説者なんかよりずっと論理が明快だったし、ときに異論を展開したり誤植(ほら「入魂」のルビのこと覚えているでしょ?(笑))を指摘してくれたときも行間には人肌の温もりが満ちていた。


 でも、わたしたちはなぜか互いのプライベートや生活のことは書かなかったよね。だから、わたしは相当年上のご夫君やお子さんたちのこと、実家の医院を廃業されたことなど知らなかったし、わたしの家庭の事情も、あなたは知らなかったはず……。


 頻繁に往復する手紙でやり取りするのは政治や社会、文化のことだけだったけど、書いても書いても書き足りない思いだったことは、あなたも同じだったでしょう?


 それでも、リアルに逢って話そうと、どちらからも一度も言い出さなかったのは、その必要を感じないほど、封筒と同じくらい分厚い信頼が培われていたからだよね。


      🍃


 ふたりともおばあさんになるまで、無二の親友でいられると信じて疑わなかった。

 だから、あなたからの手紙が、あるとき、ぷっつり途絶えたときは動転した……。


 何度手紙を出し直しても、律儀なあなたから返事が来ない。

 不安が最高潮に達したところへ、1通の白い封書が届いた。

 見慣れない差出人名、それはあなたのご夫君だったの……。


 ――妻の病気が分かったときは、すでに手遅れでした。(´;ω;`)ウウッッ

 家族に看取られ、最期は「みんなありがとう」と言って、安らかに旅立ちました。

 先日、遺品を整理していたら、あなたからの手紙がたくさん仕舞ってありました。

 生前のご懇意を初めて知ったので、まことに遅ればせながらお知らせいたします。

 

      ****

 

 あれからわたしには親友がいません。

 生活を語り合う友人は何人かいます。

 でも、人生を語り合える親友は……。


     ****


 いま、わたしは、あなたをひそかに「ソラフキンさん」と呼んでいます。🎸

 そうです、自由と孤独と音楽を愛し、リュックサックひとつで世界中を旅して、「ふるさと? それは宇宙そらさ」なんて格好いいことを言っている、例のあの……。

 

 ――心が通じ合った親友こそ、宝石にもまさる、真の宝ものなんだよね。💎

 

 そんな気障きざなこと、あなたはどう見たって言いそうもないけれど、あのひしゃげた三角帽子をかぶり、ぽろんぽろんとアコスティックギターをかき鳴らしながら、少しはにかんだ表情で「See You Again」とつぶやくあなたがわたしには見えるのです。


 そのときがやって来たら、今度こそリアルに逢って、存分にお話をしましょうね。

 ボックスプリーツの女子高生にもどって、夕方の公園でブランコを漕ぎましょう。


 篤実な公務員夫妻を悲しませた「赤木ファイル」に象徴される公文書改ざん疑惑の根源となった森友・加計両学園問題、当該首相主催の私的観桜会への税金流用問題、新型ウィルスへの無策で多くの国民の尊い命を奪った繋ぎの政権が、感染爆発が予想されるなか、党利党略という全き私欲のため強引に開催した東京五輪への大罪……。


 そして、厚かましくも「ご破算で願いましては」を計った衆議院議員選挙に、1億国民はまたしてもNOを言えなかった事実、言うまでもなく一連の経緯の仕掛人は、生前のあなたが強く忌避してやまなかった「昭和の妖怪」一派であること etc……。


 どこから話したらいいか分からないほど、灰色の現代史が降り積もっているの。❄

 聡明な漆黒の眸を見開き、熱心に聞き入るあなたのすがたが目に見えるようだわ。


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ソラフキンさんへの手紙 🌌 上月くるを @kurutan

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