最終章 ありしひと(終)

 トーコの島に足を踏み入れたのは、二年ぶりだった。

 都から島が見える湾まで道が出来ていた。一日三本しかないが、蒸気による定期船も開通されていた。足を使う労もなく、島まではたどり着けた。

 島の人口はかなり増えていた。あの後、都からこの島へ移り住んだ者が大勢いたらしい。そのなかには元々、この島に住んでいた者も多いときいた。移り住んだ理由は、島の復興のためにと志願した人や、なかには二年前、都での出来事、その記憶から遠ざかるため、心の回復目的でやってきた人もいるらしい。

 島に簡素だが、船着き場も出来ていた。あの難しい海も、いまでは蒸気船のおかげで、命の掛け率も相当減ったみたいだった。

 あの日、すべての竜が去った後も探したけど、父さんの剣は最後までみつけられなかった。どこかへ消えてしまった。あるのはせんせいの剣だけになった。

 島は変わっていた。おれたちが手探りと、勘で、躍起になって復興もどきをした箇所は、ほとんどやり直されて、痕跡もない。暮らした家もすべて別の家に変わっていた。

 あの時はいなかった子供たちが浜辺や丘で遊んでいた。笑っている。

 村へ向かったが、トーコたちの家はなくなっていた。少し村のなかを歩いたが、ビットもみつからなかった。

 ふと、あの時、小さかった女の子に似た顏の少女をみかけた。ずいぶん大人なっていて、妙に声もかけづらく、迷っているうちに。どこかへ行ってしまった。

 島には小さな宿があると聞き、入り口まではいった。けど、けっきょく、最後の定期に充分間に合いそうだったので、引き返した。

 船までの時間があったので、最後に墓標の立っていた崖までやってくると、木製の簡素な墓標はすべてなくなっていた。そういえば代わりにか、村のなかに、島の犠牲者の名を刻んだ石碑があった。

 崖の上は何もなくなり、風が通り、遠くが見渡せる場所になっていた。恋人が恋人に、結婚を申し込めそうな景色だった。歴史を知らなければ、そう見える。

 墓標はなかったが、崖の上の一か所に花が固まって咲いている箇所があった。二年前にはなかった。誰かが植えたらしい。

 植えたのが彼女であって欲しいなと、わがまま空想し、そんな自分に対し、苦笑した。

 風の行き先へ顏を向けたとき、誰かがこちらにやってくるが見えた。目の前に来るまで、それがトーコだと気づけなかった。二年後の彼女は、髪が短く、危うさはすべて消えていた。陰は少しだけ残っている。

「ああ、どうも」

 たどたどしく頭をさげた。すると、彼女も会釈をした。

 彼女は「ひさしぶりですね」といった。声には二年前になかった、明るみが含まれていた。

 嬉しくなった。よかった、なにかが終わった気がした。

 そういえば、おれはこの島にいたとき、彼女をなんて呼んでいたっけか。トーコ、と呼んだことはなかったかもしれない。たぶん、彼女を呼ぶときは「あの」と「すいません」とか、なんとか名前で呼ぶことを避けていた気がする。

「トーコさん」

 いまは平気で出来てしまった。

「ヨルさん」

 彼女が名前を憶えていてくれたことはちょっとした贈り物だった。

「村の方で、いま貴方がこの島に来ているって話をきいて」

「ああ、それは、なんというか」どう答えるか考えて「ええ」けっきょく、ぼんやりした反応しかしなかった。

「ビットはこのいま島にはいないんですよ。勉強のため大陸の方で暮らしてます」

 彼も元気にやっていそうでよかった。いまのビットを見てみたかったし、話をするの面白そうだったな。そんなことを考えながら「そうですか」といった。

「わたしは、もうすぐ結婚をします」

 彼女が海を見ながらいった。

「すごいな」言って、おれは少し笑った。

「はい」

 一緒になって、彼女も少し笑った。

「そうだ、リスのこと覚えてますか」

 おれが聞くと、トーコは「はい、もちろん」うなずいてみせた。

「あいつ、いま貿易業っての、やってるんです。ほら、最近、大陸同士がまえより、なんていうか、活発になったっていうんですかね。抜け目ない奴ですから、儲かってるらしいです。ただ、この前会ったとき、なぜか石鹸を買わされました」

「せっけん」彼女はそういって、また笑った。

「セロヒキってのもいたでしょ、あの人は元の店で料理人やってます。自分の店を持つまではまだまだかかりそうで。いっきに稼ぐために、船員にでもなろうか悩んでました」

「セロヒキさんのこともよく覚えています」

「フリントって海賊もいたじゃないですか。あの、遠目から見てもいんちきっぽかった人。あの人は相変わらず海賊みたいです」

「あんな人、わたし、いままで見たことなかった。役者さんみたいだった」

「ヘルプセルフは引退しました」

「あの時の怪我で、ですか」

「いいえ。ほら、この二年で竜の数がずいぶん減ってったでしょ」

「はい」

「二年前、あの戦いの後、人間はかんたんに竜を殺せる方法を知った」

 どんな巨大な竜であろうと、竜に竜の一部を食わせると、動けなくなり、無力化できる。それは深い専門の知識がなくとも仕留めることが可能となる。その情報は一挙に大陸中に知れ渡った。瞬く間に、手順も確立されてしまって、いまではもう竜は以前ほど人間の脅威ではなくなってしまった。

「もう彼が竜を殺す必要はなくなった、ってのがおおきいんだと思います。これはヘルプセルフが言ったわけじゃなく、おれの勝手な想像ですけど、この世界で竜を殺すのは彼の役目じゃなくなった」

 トーコは「竜は減ったときいてます」そういった。

「ええ、その影響で、いまではどの大陸へ行っても、そこにある竜払いの協会はずいぶん小さくなっててて、なんだか世界がやせたみたいになってて。まるで老衰です」

 竜払いが集まっていたあの酒場も、いまで普通の人々がやってくる店になっていたことを思い出す。

「いろんなところを旅されてきたんですね」

「ええ………はは、終わらなくなってしまって」

 苦笑して答える。

 ため息を吐きそうになるの誤魔化すため、別の話題を持ち出して少し笑ってみせた。「ああ、そうだ、そのヘルプセルフですが。いまは学校の先生になるため勉強してました。もしかしたら、この島で子供たちと一緒にいた時間がきいてるんですかね」

 誤魔化しは彼女も見抜いていそうだった。下手だったし、しかたない。けれど、ただ微笑んでくれていた。

「さっきの竜が減ったって話ですが、最近は痛いくらい感じるんです。人間に竜がきかなくなってしまったせいか、どの大陸へ行っても人間同士の争いが増えてるみたいで。前まで竜がいた土地だったのに、竜がいなくなって、そういう場所で人間同士が」

 そういえば、ここに来る前、都で、竜の骨を使った首飾りが露店に並んでいるのを見た。

 そろそろ、船の時間だった。行かねば。

「ああ、あとホーキングは」

 一瞬、言葉に迷った。

「彼とは、いまも友だちです」

 それから子供みたいに彼女へそう言っていた。


 了

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竜払い サカモト @gen-kaku

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