平穏に暮らしている

かように、なんとも異様な家庭ではあったが、それでも、一般常識からは遠く外れていても、そこに暮らしている者達にとっては、特に問題なかったのかもしれない。働く必要も学校に行く必要もなかったのだから。


確かに、現在のあるじであるはずの男の実子の真紗子に戸籍すらない状態ではいずれ破綻するのは目に見えている。このままでは相続すらできないのだから。しかも、現状で男の成年後見人を務めている弁護士もすでに六十を過ぎているので、いつまで続けられるかも分からない。


今の日本社会で生きていくには問題だらけでありつつ、当人達には危機感のようなものはまるでないらしい。ただ今この時が充足していればそれでいい。それ以外には何も望まない。


そんな生活を可能にするだけの資産があったことと、他者との関わりを極力避けようとする現代の空気が、真紗子達のような人間を生んだのだろうか?


それがどうであれ、彼女達は何か不満を口にするでもなく、ひたすら毎日を平穏に暮らしている。


そう、


『平穏に暮らしている』


のだ。


メイドは思う。


『この方達を見ていると、<幸せ>とは何なのかが分からなくなりますね……』


そんなことを考えているメイド自身、すでに正気ではないのだろうが。


そして真紗子はまた、リビングのソファに座り、首のない人形を抱いたまま、虚空をただ見詰めていたのだった。




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蟲夢 京衛武百十 @km110

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