首のない人形
その<首のない人形>は、真紗子の母親が母屋の部屋に移って早々に首が取れたらしく、例の<ウォークインクローゼットのようなスペース>に放置していたのを、食事を運んできたメイドが目撃していた。どうやら真紗子は、いつの間にかそこから自分で持ち出したらしい。
ただ、奇妙なことに、その時点の真紗子の身長では決してドアノブには届かないはずだったのだ。しかしそれは、すぐに理由が分かった。真紗子は、手元がU字型に反り返った靴ベラを使ってドアノブを開けるという芸当をやってみせたのだ。
レバー型のハンドルだったがゆえのものではありつつ、まだ三歳になったばかりの彼女のそれに、メイドは舌を巻いた。体は小さくほとんどしゃべらない上に感情もロクに見せないにも拘らず、どうやら頭はよいらしい。
そんな真紗子の様子に、メイドは、
『こんな家に生まれなければ幸せにもなれたかもしれないのに……』
などと考えたりもした。
そうだ。この家に住む者はことごとく正気を失う。まともな言動をしなくなる。先々代の主人は、戦時中から隠し持っていたらしい拳銃で自身の頭を撃ち自殺した。そのようなことをするくらいだから元々おかしかったのかもしれないが、その先々代の主人の死を境に、一層、おかしくなったらしい。
戦後の高度成長期に事業を成功させたことで大変な資産家になり、その後も株の配当金だけで生活が成り立つくらいにもなった。けれど、経済的には豊かになるのに比するように、家の中は異常になっていったのだという。
先代の主人の妻も、財産を目当てに結婚したような女だったらしいが、その望みを叶えて贅沢な暮らしを満喫していたらしいが、長男を生んだ辺りから言動が怪しくなり、それまで大切にしてきたはずの貴金属やブランド物の服やバッグには目もくれなくなり、自室の壁も調度品もすべて真っ赤に変えてしまったと思えば、勝手に風呂場まで真っ赤にリフォームしてしまった。
それからわずか数年で、風呂場で心停止した状態で発見され、救急搬送されたものの死後数時間が経っており、病院で死亡が確認された。その時点では変死扱いではありながら、司法解剖の結果、薬物やアルコールの影響はほとんど見られず、ヒートショックによる急性心不全との判断が下され、病死と断定された。
当時の妻は抗うつ剤を服用していたが用法用量は守られており、酒を飲んでいた形跡はあっても精々がほろ酔い程度の濃度だったのだ。
こうして母親を亡くした長男ではあったものの、もうこの時点で長男も普通ではなかったようだ。
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