気持ちの悪い赤ん坊
真紗子は、赤ん坊の頃から明らかに普通とは違っていた。彼女に比べれば母親である女の方がまだ普通だっただろう。
まるでそこに何かがいることを見て取っているかのようにじっと何もないところを見詰めていたりもした。
そして、泣かない。おむつが汚れても泣かない。まだ生まれて数週間の時点でも、夜の十二時から朝の六時までミルクの時間が空いても泣かない。
『死んでる……?』
あまりに静かすぎることでメイドがそう思って覗き込むと視線を向けるので生きてることは分かる。とにかく、赤ん坊らしくない赤ん坊だった。
それでいてなぜか、首が据わったり、一人で座れるようになったり、ハイハイを始めたり、立ち上がるのは、明らかに一般的に言われているものよりも早かった。
メイドがゾッとしたのは、暗闇で自分で頭を持ち上げてこちらを見ていた時だった。真紗子の母親が持っている人形がいつの間にかそこに置かれていたのかとさえ思った。まだお座りもできないのに、頭だけしっかりと持ち上げて見ていたのだ。
さらに、お座りができるようになると、部屋の隅で石仏のようにじっと動かずに虚空を見詰めていたりもした。
ハイハイを始めると今度は、壁に頭がぶつかっているのにまだ前に進もうとぐいぐいと頭を押し付けていた。その所為で額の皮膚が裂けて血が滲んでも、痛みを感じていないかのようにさらに押した。
掴まり立ちができるようになった時も、立ったまま一点を見詰めてることがよくあった。力尽きて尻もちをつけばそのまま横になって今度は天井をじっと見つめる。
とにかく気持ちの悪い赤ん坊だった。
その一方で、しゃべり出したのは二歳を過ぎてようやくだった。ただし、しゃべる単語は、
「まさこ」
自分の名と、
「なち」
という、人名なのか地名なのかはたまたそれ以外のものなのか分からない単語の二つだけだったが。
あとは、しばらくしてから「あか」と言い出した。しかも、赤い色にやたらと興味を示し始めた。特にその頃には、前の主人の亡くなった妻が依頼してリフォームしたという真っ赤な風呂場にいつの間にか入り込んでいたことが何度もあった。そして服も赤いものしか着なくなったのは、それ以外は着せても脱いでしまうようになったのは、この頃からだった。
そして、三歳になってすぐ、いつの間にか首のない人形を抱いていた。メイドはその人形に見覚えがあった。真紗子の母親であり自分の娘が一時期大事にしていた人形だった。だが、首が取れてしまったとかで興味を失い。放置していたものであった。
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