真っ赤な血
その日、真紗子は、裁縫用の針で、自分の人差し指を突いていた。そして出てくる真っ赤な血を、ただじっと見詰めている。
さらに親指で圧迫すると、玉のようになった血がさらに膨れ上がり、重さに耐えきれなくなったのか真紗子の指を伝って彼女の服の上に落ちた。もっとも。服そのものが血のように真っ赤なことで、さほど目立たない。
普通に考えれば<自傷行為>のはずのそれについても、メイドは止めようとはしなかった。止めても無駄なことを知っているからだ。放っておけばそのうち飽きてやめる。真紗子は別に自傷行為で誰かの気を引こうとしてるわけではないからだろう。ただ興味本位でそうしているに過ぎない。
生まれた時から彼女を見てきたメイドにはそれが分かってしまう。
真紗子が生まれたのは、母親が十四歳の時だった。真紗子の母親はメイドの娘であり、そしてこの家の先代の主人がメイドに産ませた子だった。だからメイドも、自分の娘が妊娠したことにもさほど驚かなかった。どうせまっとうな恋愛や結婚ができるとはそもそも思っていなかったからだ。むしろこの歳まで生き延びたことが不思議でさえある。子供がこんな環境にいれば精神を病んで死んでしまうに違いないと思っていた。
なのに、適性があったのか生き延びて、異母兄と興味本位で関係を持ち、真紗子を妊娠した。しかしすぐに飽きたのか、異母兄との関係は数ヶ月で消滅し、妊娠したという事実だけが残った。
堕胎しようにも病院に行くことを頑なに拒むため仕方なく放置。メイドと一緒に住んでいた離れの風呂場で一人で出産。気付いたメイドが処置をしたものの、結局、病院には一度も行っていない。
『死んでも構わない』とメイドも思っていたものの母子ともになぜか生き延び、それでいて生まれた赤ん坊の世話をしようとはしないため、メイドが代わって真紗子を育ててきた。
さりとて、メイドとしてもやはり、
『早々に死んだ方が苦しまずに済む』
と考えて、熱心には世話をしていない。にも拘らず、真紗子は生きた。通常の半分しかミルクももらえていないというのに、泣き喚くでもなくもらえたミルクだけで生きて見せた。
真紗子はいわゆる<サイレントベビー>と呼ばれる赤ん坊だったと思われる。もっとも、この<サイレントベビー>というもの自体がそもそも医学的に確立された概念ではなく、定義も曖昧で、ただ、
『なんとなくそういうものらしい』
というイメージでしかないのだが、泣かない、笑わない、しゃべらない、という真紗子の様子は<サイレントベビー>と言われる印象そのものだったのは事実であろう。
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