それが普通
真紗子らのしていることは、清潔であることを良しとする者達からすればおよそ嫌悪の対象にしかならないだろう。しかし彼女らにとってはそれが普通だった。
自らの髪を抜いて床に並べ、結果、右のこめかみ近くの生え際が円形脱毛症のようになってしまった真紗子だが、さすがに若さゆえか一ヶ月もすれば短い髪の毛で覆われ、地肌は目立たなくなってきた。
とは言え、その部分だけ極端に髪が短いので、違和感は拭えない。拭えないもののこの家から出て他人の前に出るわけでもないため、気にする必要もなかった。
すでに自分の髪の毛を抜くという奇行も収まっている。それが収まらず続けられていればもしかすると本当に脱毛症になっていたかもしれないものの、どうやらそれは回避されたようだ。
ただ今度は、キッチンに行って冷蔵庫の製氷室を勝手に開け、氷を勝手に食べるという奇行が生じていた。
<異食症>
そう呼ばれる病態がある。本来は食べるものではない、食べても意味のないものを食べずにはいられなくなる病的な行動を指す。砂やプラスチックの小片や金属片や髪の毛などを食べてしまう場合もある。氷を食べずにいられないというのも、異食症の典型的な症状の一つと言われている。
ストレスが原因とされることも多いが、中には他の疾患の影響で生じることもあるそうだ。氷を食べるのは、貧血症の者にもみられるとも。
真紗子の場合も、<赤い食材>を特に好んで食べるという極端な偏食があるため、貧血を起こしている可能性はあるだろう。なお、赤い食材を執拗に好んで食べる傾向にはあるものの、実はそれ以外は食べないわけでもない。食べる時はそれ以外のものも食べる。氷を食べるのもそれだろう。
そこでメイドは、通信販売でかき氷器とシロップを取り寄せ、たっぷりと赤いシロップを掛けたかき氷を用意した。すると真紗子はそれを食べ、氷そのものを勝手に食べることはなくなった。同時にメイドは、たっぷりとケチャップを掛けたオムライスを用意した。中のライスにもたっぷりとケチャップを使って赤くしたものだった。
すると真紗子はそれも食べた。ただし彼女にとってはあくまでかき氷がメインであり、オムライスは副菜のようだったが。
また他にも、トマトをたっぷりと使った真っ赤なスープも出したりもした。こちらも真紗子は食べてくれた、
これが功を奏したのか、いつの間にか真紗子はかき氷を食べなくなった。もちろん氷を食べるわけでもなく。
ただし、イチゴやプチトマトやサクランボと言った赤い果実だけで一食済ませるということについては、治ることはなかったが。
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