髪の毛
また別の日、真紗子は今度は、自分の髪の毛を一本一本抜き始めた。そしてそれを床に並べていく。
一本抜いては丁寧に床に置き、また一本抜いては丁寧に床に置く。
これを延々と繰り返す。一時間。二時間。三時間。
だがさすがに自分の髪の毛ともなると、次第に右のこめかみ近くの生え際の髪が、まばらになってきた。その辺りだけが、まるで円形脱毛症のように髪の毛がなくなっていったのだ。
なのに真紗子はそれをやめようとしない。そしてメイドも、真紗子の異様な姿に気付きながらも止めようとはしなかった。止めたところで彼女がやめるわけじゃないことを知っているからだった。
ただ、何本もを一気に抜くわけではないので、薄くなった範囲はそれこそ五百円玉くらいの大きさだっただろうか。
そして四時間。
それまで延々と髪の毛を抜き続けた真紗子の動きが突然止まった。
「……」
無言のまま、床に並べられた自身の髪の毛を見る。それは、遠目にはまるで黒い玄関マットのようにも思えた。
けれど真紗子はどうやら関心を失ったらしく、やはり首のない人形を抱いてソファに座った。
するとしばらくしてメイドが現れ、床に並べられた髪を箒で掃いて塵取りにまとめ、さらに粘着テープで残ったものも綺麗に取り去って、リビングを出ていった。その後で食事を持ってくる。
今日のそれは、山盛りに盛られたサクランボだった。右のこめかみ近くの生え際が薄くなったままで、それを気にすることもなく彼女はサクランボを食べ始めた。しかも今度は、その種をテーブルに並べ始める。不潔なようにも感じる行いではあるものの誰も気にしないし咎めないので、真紗子は種を円を描くようにして並べていった。そして一周すると内側に潜り込むようにしてさらに並べていく。<渦巻き型>に。
ただ、サクランボの数自体は数十個だったため、イチゴの真の果実を並べた時のような、ある種の壮観さもあるほどの光景にはならなかった。
種の向きだけは綺麗に揃えられていたものの、ただ汚らしいそれでしかない。
これも、サクランボを食べきると興味が失われたのか、放置。首のない人形を抱いてリビングを出ていった。そして今度は、風呂場に向かう。
彼女は、数日に一回しかシャワーを浴びようとしない両親とは違って、風呂には毎日、自分から入りに行く。もちろんメイドがきちんと用意をしてくれている。
だがその風呂場は壁も床も浴槽も真っ赤で、あまりにも異様なそれだった。
真紗子は脱衣所で人形を洗面台の上に置いて自ら服を脱ぎ、体は洗わずそのまま浴槽に浸かる。
真っ赤な風呂場の中に真っ白な肌の少女が浮かび上がっているのであった。
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