イチゴの真の果実
その日、真紗子は、イチゴを食べていた。ただその食べ方は異様だった。イチゴの表面にある粒々を一つずつ裁縫用の針でほじって取り、それをテーブルの上に並べていくのだ。
しかも、その粒の向きをきちんと揃えて並べていく。一つ取ってはテーブルの上に置き、向きを整え、それが定まってから次の粒を取る。取ってはテーブルの上に置き、向きを整え、それが定まってから次の粒を取る。取ってはテーブルの上に置き、向きを整え、それが定まってから月の粒を取る。
それを延々と続ける。
イチゴの果実のようにも見える部分は実は果実ではなく、めしべの土台部分である<花托>が肥大化したものであり、果実ではないのに果実のようにも見えることから<偽果>とも称されるのだという。そして表面にある粒々の一つ一つが本来の<果実>であり、その中に<種>がある。真紗子は、その、
<イチゴの真の果実>
を取り出し、並べているのだ。表情を変えることなく、淡々と。淡々と。淡々と。淡々と。ただひたすら淡々と。
それらは一粒辺り二百から三百粒あるとされ、あまりに果てしなく無為にも思える作業を、真紗子は続ける。
そしてすべての粒々を取り除いた偽果の部分を口へと運ぶ。
別にこれまでずっとそうしてきたわけではない。ただこの日突然、そんなことを始めただけだ。けれどメイドは真紗子の奇行を咎めるでもなくただ好きにさせ、その間に自分は他の仕事をしていた。普通に食べているなら食べ終わるまでリビングの隅に控えて待つのだが、さすがにこのようなことには付き合っていられない。
いつしかテーブルの上にはびっしりと<イチゴの真の果実>である粒々が並べられ、しかもそれらはきっちりと同じ方向を向いていた。
こうして十個のイチゴを食べ終えた時、テーブルの上には二千五百八十二粒のそれが並べられていた。
なのに真紗子は、実に四時間をかけて並べたそれらには一瞥をくれただけですぐに関心を失ったかのように、首のない人形を抱いて、ソファーの方に移った。
するとメイドがやってきて、イチゴが盛られていた皿を手に取り、布巾で、真紗子が並べたイチゴの粒々をあっさりと拭き取ってしまう。
けれど真紗子も、それに対して何の反応も示さない。並べ切った時点で本当に興味が失せしまったようだ。
このように、真紗子が関心を持つものは、何か特定のものではなかった。その時に瞬間的に関心を持ち、本人の中で完結したら関心が失われるらしい。
メイドはそれをよく理解しているのだと思われる。
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