choice.43 そして選んだ未来へと(5)

「ねえ、ふと思ったんだけどさ……」


 突然に封伽が、躊躇いがちにそう話を切り出してきた。

 俺は怪訝に思いながらも、「何だ?」とだけ先を促す。


「アタシ達、付き合い始めてから三ヶ月も経つわけじゃん? なのに、その……あんまり変わってなくない?」

「変わってないって、何が」

「関係性というか、距離感? とにかく、そういう感じの」

「ああ……」


 その言葉に、俺はなんとなく曖昧に頷いてみせた。

 確かに、付き合った当初はそんなことを悩みもしていたな……互いに今後どう接していくか、みたいな感じで。


 しかし流れで頷いてみせたものの、俺としてはもうそんな悩みは消え去っていたし、今の今まで忘れてしまっていたくらいなのだが。

 だって、俺達の関係が前のままだなんてことはないのだし。

 付き合う前と比べるまでもなく、距離は近付いている。


 封伽が俺の家に来て朝食を作ってくれるのは日課のようになっているし、今だって封伽が俺の家に遊びに来ているという状況なわけで……前までの俺にしてみれば、こんな光景は思いも寄らないものだっただろう。


 仲が良くなかった時代を埋め合わせるかのように一緒にいてばかりだったから、二人でいる時間も累計ではかなり長いし……それに、キスだってもう何度となくしている。


 だから俺と封伽の関係は、どう考えても大きく変わったと言えるだろう──唯一変わらないのは、それは封伽がたまに俺に対して暴言を吐くことくらいだ。

 あれだけは、封伽が俺を嫌っている振りをしていたときの名残である……本人いわく「癖になっちゃった」らしい。とはいえ別に悪い気はしないから、矯正しようとも思わないのも事実。


 けれど俺がそう言うと、封伽は違うと言いたげに首をぶんぶんと振った。

 所在なさげに指を弄びながら、俯いてか細い声を零す。


「それはそうなんだけど、その……もっと欲しいっていうか……」

「もっとって……」


 ──もっと。

 その言葉が意味するモノが何なのかは、羞恥に塗れた封伽の顔を見れば分かるのだけれど……分かりたくなかった。

 キスの先──それはつまり、あの……アレだ。ふっちでアダルティで不純異性交遊的でR指定的なアレだ。

 曲がりなりにも全年齢を謳ってる作品では、やるべきじゃない行為アレだ。


 少女の唐突な「お願い」に、俺は二の句が告げなくなる。


 ただ、黙っているだけでは事態が動くはずもない。解決どころか、むしろ悪化することもしばしばだ──それは、三ヶ月前の一件で嫌というほど思い知らされた教訓。


 恥ずかしさに耐えきれなくなった封伽が声を荒げて俺の弾劾に乗り出すのは、時間の問題だった。


「──ああもう、とっとと察しなさいよ! バカなの!? アタシだって恥ずかしいんだからね!?」

「察してるし、恥ずかしいのは封伽の頭の中だよ……」


 察してしまったからこその絶句なんだよ、これは。

 いっそ、ここでとぼけられるほど純真無垢でいたかったな。


 と、そんなふうに恋人の相変わらずなピンク脳っぷりに呆れていると、封伽が非難するような視線を向けてくる。そんな眼で見られるようなことを言ったつもりはないのだが。


(まあ、封伽がこんなことを言い出す理由も、分からなくはないんだけどさ)


 自惚れっぽくなってしまうが、それでも客観的に見て、俺は封伽にとって「ずっと好きだったけれど、距離を詰めるわけにはいかなかった相手」だったわけだ。

 その俺と念願叶って付き合うことになって、それまで出来なかった分の埋めわせとばかりにグイグイと距離を近付けまくって、今に至る。


 思いっ切り近付いた先で「さらに近くへ」と欲が出てしまうなんてことは、人間としては自然なことだと思う。

 ……冷静に分析すると恥ずかしいな。


「……アンタは、アタシのこと好きじゃないの?」

「えらく話が飛ぶな」

「飛んでない。早く答えて」


 封伽がぷっくりと頬を膨らませて、拗ねたように言う。

 その膨らみを指で突いてやりたい衝動に駆られながら、俺は渋々その問いに答えることにした。


「──好きだよ。好きに決まってる」


 そんな問、考えるまでもなく答えられる。


 俺が選んだのは、他でもない砺波封伽だ。俺が封伽を愛していないなんてことは、たとえ世界が歪んでもあり得ない。


 そこに「はい/いいえ」なんて選択肢の挿し込まれる余地はどこにも無いし、仮に選べたとしても俺の答えは一つだけだ。

 かなり変則的ではあるけれど、答えが実質一択しかないという意味では、これも『茶番選択肢』なのかもしれなかった。


「うん……アタシも、アンタのこと好き。大好き」


 俺の答えに、封伽がはにかんで応える。その笑顔と愛の言葉に、俺の胸も高鳴っているのが分かった。照れ臭さと喜びとかないまぜになった多幸感が、胸を満たしていく。


 けれどそこで、偽りのない笑顔を貼り付けた封伽の顔に、微かなかげりが差し込んだ。


「だから……もっと、欲しいなって……」


 そして封伽が続けて呟いた言葉は、さっき俺を絶句させたのと同じ台詞。

 おかえり……別に帰って来なくても良かったのに。というか何なら帰って来てほしくなかった。


 いやまあ、言わずもがなだとは思うけれど、別に封伽とそういうことをするのが嫌ってわけじゃないんだよ?


 むしろ正直に言ってしまえば、したい。「したいかしたくないかで言えば」とかを越えて、普通にしたいさ。俺も男だ。

 それに、据え膳食わぬは何とやら。愛する恋人がここまで積極的に誘ってくれているのなら、乗るのが男としての義務なのかもしれない。


 かもしれない……のだが。


「はぁ……」


 思わず、俺は溜息を零す。


 恋人のこの誘いに乗るか、反るか。

 それは、実に『選択』の難しい二択だった。


──────────────────────────

完結だよ!

いや最終章だけで30,000字が見えたときには「これどうやって収集つけるんだ……?」ってなったし、本当にこの締め方で良いのかとか散々悩む羽目になったけれども、これにて完結だよ!


ちなみに一昨日と昨日は10,000字越えてましたが、今日は違います。ギリ9,700字です(それはもう1万なんよ)。


まあ後書きが長くなってもアレなので、ここではこのくらいにしておきます。

細かい話は近況ノートにて! そちらも読んでいただけると、作者が泣いて喜びます!


そんなわけで一旦最後になりましたが……拙作『俺の恋愛は茶番選択肢で定められているらしい』を読んでいただき、本当にありがとうございました!!

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俺の恋愛は茶番選択肢で定められているらしい 華月紅奈 @kitsuka-akatsuki

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