choice.42 そして選んだ未来へと(4)

「はぁ……」


 デートの帰り道、俺の隣を歩く封伽が大きな溜息を零した。さっきまでの幸せに蕩けた姿はどこへ消えたのやら、今は暮れなずむ街並みによく映える物憂げな表情を見せている。


 封伽が右手で自分の下腹部を優しくさすりながら、俺に非難するような視線を向けてきた。とは言っても、もう片方の手は繋いだままなので、迫力にはいまいち欠けてしまうのだが。


「……アンタのせいで、まだお腹が重いままだわ」


 彼女の右手の下、というか腹の中に入っている『それ』を憂うように封伽が言う。


「俺のせいにするなよ。大体、封伽だって乗り気だっただろ」

「それはそうだけど、そもそも誘ったのはアンタでしょ? ……もしアタシのお腹が大きくなっちゃったら、そのときはちゃんと責任取りなさいよね」

「ああ、そんときはちゃんと……って、なあ封伽」


 封伽が怒っている風でもなかったので、ここは適当にあしらっておけば良いかと返事しかけて──俺はそこで、ふと気になってしまったことを尋ねる。


「お前……わざとやってないか?」

「え、何が?」


 だが、その疑問に封伽はただ首を捻るだけだった。

 まあ、実に曖昧な問い方になってしまったことは認める。


 ただ、何と言うか説明しづらいのだけれど……さっきの会話(特に封伽の台詞)が、言葉だけ切り取ると妙な意味に取れないこともない気がしたのだが。


 ……いや、単純に俺の心が邪なだけか。

 そりゃあ思春期の健全な男子ですもの。不埒なことも考えたりしますよ。ええ、そこに恥じることなどありませんとも。


 きっと多くの読者にとっては、俺が何を困惑しているのかなんて分からないのだろう。うん、それで良いと思う。


「……ん? ──ッ!?」


 と納得しかけたところで、封伽が顔を赤らめながら、声にならない奇声を上げた。繋いでいた手さえも解かれて、わなわなと震えながら口元を抑える役を務めている。


 察するに、俺の疑問をこそ疑問に思って、さっきまでの自分の発言を思い返してみたのだろう。そして俺と同じ発想に辿り着いてしまい、今に至ると。

 さすがは脳内ピンクの封伽ちゃんだというべきだろうか。どうしようもない羞恥で、みるみる顔が赤くなっていく。


「あ、アンタ馬鹿じゃないの!? そ、そんな意味で言ってないし、というかアタシはまだ……って、何言わせんのよ!」


 時間差こそあれ、自力で同じ答えに思い至った封伽も同レベルだと思うのだが……しかし、テンパると怖いくらいにポンコツ化するな、こいつ。自爆しかけやがった。


「何も言わせようとはしてないっての。封伽が勝手に言いかけただけで──というか、んなこと言われなくても知ってるよ。まだ奪ってないし」

「うぐ……」


 交際を初めて一週間も経ってないわけだし、そもそも俺達はまだ高校生の身。色んな意味で、ふしだらな展開はまずい。


 ちょうど今みたいな──週末に彼女をスイーツビュッフェに連れて行って、調子に乗って食べ過ぎた封伽を諭しながら家路につくような、そういう青春っぽい感じで良いだろ、今は。


 ついでにこの羞恥を戒めとして、封伽が今後は食べ過ぎその他を自重してくれるようになれば御の字だ。


 再び手を握り直して、俺達はまた歩き始める。俺の手もなかなかに熱くなってしまっている自覚があったが、繋いだ手はもっと熱くなっていた。


「でも、そこは『奪う』じゃなくて『貰う』って言いなさい……今は駄目だけど、そのうち、ちゃんとアンタにあげるから……」

「その話まだ続いてたのかよ」



「──ふうん、思ってたより面白いことになっとるやん」

「面白がるな」


 ある日の昼休み、俺は瑞浪緋色さんと二人きりで、もはや因縁の地と言ってもいい場所・学校の屋上で話をしていた。

 とは言っても、ここに来るのも随分と久し振りだけれど……封伽に想いを告げた時が最後だから、もう三ヶ月ほどは来ていない計算になるだろうか。


 そんな場所で俺達が何をしているのかと言うと──俺は故あって、付き合い始めて以降の俺と封伽のことを、大まかにではあるが瑞浪さんに話していたのだった。

 そして全ての話を聞き終えた彼女がニヤニヤしながら口にしたのが、冒頭の台詞である。


「そりゃ他人事やし面白がるよ。そもそも、面白がるために聞いたようなもんやし……君も大変そうやねえ」

「事あるごとに瑞浪さんに報告義務が発生する現状も、悩みの一つではあったりするんだがな」


 今回は久し振りのことだとはいえ。


「別に義務やないよ。君が珠洲ちゃんのこと訊いてくるから、じゃあ砺波さんとのこと話してってお願いしただけやん? そういう意味では、君は君の意思でウチに話してくれたわけで」

「それはそうなんだが……」


 確かに、こちらは申し出を受けてもらっている身。だから残念なことに、あまり大きなことは言えないのだった。


「で、珠洲ちゃんのことやけど──やっぱ君としても、自分が振った相手がどうなったかは知っておきたいんや?」

「まあ、下世話な好奇心だって自覚はあるよ」

「自虐的やねえ。そこは『気にかけてあげる優しさ』ってことにしておいてええんやない?」

「本人に訊こうとしてない時点で、下世話だろ」

「あはは、それは確かにそうかも」


 そう瑞浪さんは快活に笑う。

 そして、まるで何でもないことのように次の言葉を放った。


「──珠洲ちゃん、今はウチと付きうとるで」


 ……。

 …………はい?


 まあ三ヶ月も経ってるわけだし、他の誰かと付き合ってる可能性は想定していなくもなかったけど……え?

 衝撃が大きすぎて、台詞の中身をすぐには咀嚼できない。


「まあ女の子同士やし、君が驚いてまうんも無理ないわな」

「いや、確かにそれはそうなんだが……驚きすぎて、もう性別とかどうでも良いことにすら感じてしまうんだけど」


 つーか、何してんだよ。

 いや、俺が口を挟むようなことじゃないけどさ。


「ついでに告白してまうと、実はウチ、既に十回くらい世界を歪めてもうてるんよね。いやー、君から話には聞いてたけど、珠洲ちゃんって一体何者なんやろね?」

「その話を平然と出来る瑞浪さんもな!?」


 ついでに告白することじゃないだろ、どう考えても。


「あ、でも、最近はそんなことも少なくなってきてんで? あのタイムリープ、回避方法はちゃんと見付かったから」

「それも『ついで』感覚で話すことじゃないだろ……」


 少し前の俺にとっては、そんなの喉から手が出るほど欲しかった情報じゃないか……まあ、瑞浪さんに出来るからと言って、俺に同じことが出来るとは限らないけれど。


「ちなみに、どんな方法なんだ?」

「言ってまえば簡単なことやで? ほら、あれって珠洲ちゃんの望みが大きく関わってるわけやろ? せやったら、珠洲ちゃんの思考を誘導して、珠洲ちゃんの望みとウチの望みが一致するようにすればやな──」

「それはもう洗脳の域だろ!?」


 いや、瑞浪さんのことだし、非道いことはしないだろうとは思うけれども……御帳さんは無事なのか?

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