彼女に振られた僕は、修羅場の洪水に押し流される(完)


 『ゆうまくんっ!』

 

 え、

 か、香奈っ!?

 

 ど、ど、どうしてここに?

 な、なんでそんな、ボロボロ

 

 「……いまさら、何の用ですか?

  春河先輩。」

 

 い、いずみさん?

 は、はるかわ、って。

 

 「……。」

 

 う、うわぁ、にらみあってる……。

 な、なんでこんなきまづいの。

 乗ってる人、みんな見てるんだけど。

 

 がたんっ

 

 ぷしゅーーっ

 

 ぇ。

 

 「……止まっ、た?」

 

 がちゃっ

 

 『……えー。

  ただいま、先行車両で人身事故がありました。

  当車両も停車致します。

  お急ぎのところ大変ご迷惑様ですが、

  いま暫く、お待ち下さい。』


 ………。


 あ。

 あぁ……

 うわぁぁ………なんてこったい。


 「ふ、ふたりとも、とりあえず、座って?

  その、見られてるから。」

 

 「………。」

 「…………。」

 

 な、なんでか知らないけど、めっちゃにらみ合ってる。

 聞こえてないのかなぁ。振り向いてもくれないし。

 め、めちゃくちゃ見られてるんだけど。お願いだからスマホで撮らないで。

 

 しょ、しょうがないな、もう。


 「ね、香奈。」


 「!?」


 もともと華奢な手だったけど、すっかり汚れて、かさついてしまっている。

 あんなに清潔感としっとり感にこだわっていたのに。


 「その、座って?」

 「う、うん……。」


 ぽすん。


 やっと長椅子に腰掛けてくれた…。

 ヨロヨロだし、服もところどころくすんでるし、

 眼も落ち窪んでるし、髪もボサボサだし、声も掠れてるし。

 ほんと、何があったんだろ。


 「ほら、いずみさんも、座って?」

 「いずみ、さん……?」

 「あ。諸橋さんのこと。

  ミスカ、下の名前で呼ぶの、ふつうでしょ。」

 「!?」

 

 か、香奈が?

 首から腰まで、僕の服を……

 う、うわぁ……ずぅっとにらみつけてってる。

 

 「そ、その、服……っ。」


 あ、気づいたね、やっぱり。


 「うん。

  いずみさんにコーディネートしてもらった。

  もう一年経ったから、着替えないとって。」

 「っ……ぅ……」

 「か、香奈の趣味とは、ちょっと、違うかな?」

 「………。」

 「あ、でも、ありがとうね、香奈。」

 「!」

 「香奈が服のこと、教えてくれなかったら、

  僕、アルバイトもできなかったと思うから。

  いまでも、感謝してる。たぶん、一生、感謝し続けるよ。」

 「そ、そう……。」


 「香奈は、いま……」

 

 ……どうみても、幸せではなさそうだ。

 好きな人のところにいけて、満足してると思ったのになぁ。

 

 「ほんとに、どうしたの?」


 「……。」

 

 す、すっごく唇噛んでる。

 血が出るんじゃないかな、あれ……。

 

 「い、言いたくなければ、べつに」

 

 「いい。

  ぜんぶ、言うから。」


 「う、うん。」

 

 

 「オトコに捨てられた。

  サークルでハブられた。

  バイト、クビになった。

  単位、ぜんぶ落とした。」

 

 

 「ぇ。」


 な、なんか凄いことになってない?


 「やっと。

  やっと、やっと、気づいたの。

  私、雄馬君に、ずっと、ずっと、ずっと、大切にされてたって。」


 「……。」


 「想い出になんか、絶対にしたくない。

  もう一度だけ、私を、信じて。

  もう一度だけ、私を、好きになって。」


 「香奈……。」



 「私、雄馬君を、取り戻したい。」



 ふんわりした、春の輝きのような姿は、どこにもなくて。

 見たことも無いような真剣な瞳で。


 香奈。


 「……いい加減にしてくれませんか。」

 

 「!」

 

 い、いずみさん?

 

 「もう、貴方のモノじゃ、ないんですけれど?

  チャライオトコに舞い上がって

  愚かにも雄馬君を振った、自業自得な春河先輩。」


 「……いずみさん、そこまで言わなくても。」

 

 「雄馬君、優しすぎるよ。

  このオンナ、雄馬君、モノとしか思ってない。

  自分の飾りだとしか思ってないよ。」

 

 「あ、貴方に私の何が分かるのっ!」

 

 「あんたみたいな自分勝手なオンナのことなんて

  分かりたくもないっ!!」


 「なっ!?」

 

 「じゃあ聞いてあげる。

  春河先輩、雄馬君のどこが好きなの?」

 

 「!」

 

 「ほら、答えられない。

  どうせ、手近な御成生、言うことを聞いてくれる、アクセサリーになる、

  操りやすそうなオトコなだけでしょう?」


 「ち、違うっ!」

 

 「違わないっ!!

  でなきゃ、チャラチャラしたモデルごときに誘惑されたくらいで

  大切な雄馬君を捨てるわけないっ!!」

 

 がたんっ!

 

 「ぇ。」

 

 がちゃっ

 

 『……

  えー、ただいま、先行車両で起きました人身事故により、

  線路内の安全確認を実施しております。

  お急ぎのところ大変ご迷惑様ですが、

  もう暫くお待ち下さい。』

 

 がちゃっ

 

 ………

 

 な、なんでこんなことになってるんだろ。


 「ふ、ふふふ……

  あははは………。」


 か、香奈??

 

 「……何がおかしいの。」


 「おかしいわよ諸橋さん。

  根本的に、おかしい。」


 「な。」

 

 「じゃあ、こっちも聞いてあげる。

  貴方、一年前の雄馬君の姿を見ても、同じことが言えるのかな。

  頭ボサボサにして、フケだらけで、目が充血してて、吹き出物だらけで、

  変な服を着て、誰からも声を掛けられなかった雄馬君に、

  田舎から出てきたばっかりの貴方、声、かけたかなぁ…。」

 

 「……。」

 

 「髪を切るよう言ったのも

  服を着替えさせたのも

  肌のケアをするよう言ったのも

  

  わかる? いまの雄馬君はね、が作ったの。

  貴方が好きな高宮雄馬君は、

  ぜんぶ、このが作ったのよっ!」


 ………あはは。

 ほんと、そうだよなぁ……。


 「……よくもまぁそんなことが言えますね。

  いっそ、哀れですらありますよ。」

 

 「っ!」


 

 「一年前の雄馬君は、いまの先輩の姿でしょうがっ!!」



 「!?!?」

 

 「鏡、見せてあげましょうか?

  だいたい、先輩が作った雄馬君はただの外面だけでしょっ!

  中身が先輩みたいにならなくて良かったですけど。

  好きなトコも言えないような腐ったオンナの



 がちゃっ

 

 『……

  えー、ただいま線路内の安全確認が取れました。

  当線はもう暫くで復旧致します。

  お急ぎのところ大変ご迷惑様ですが、

  もう暫くお待ち下さい。』

 

 がちゃっ


 「……本当は、

  もっと、場所を選びたかったけど。」

 

 ? 

 いずみさ……

 

 ぅっ!?

 ぅくっ!!!


 「!?

  あ、あな」


 し、し、舌……っ!?


 「……これが、わたしの、気持ち。


  高宮雄馬君、

  わたし、貴方が、好き。」


 『!?』


 「聞き上手なところも、頭が良いところも、

  人の悪口を言わないところも、

  優しいところも、一途なところも、

  綺麗な瞳も、声も、なにもかも、ぜんぶ。」

  

 「……い、いずみ、さん。」


 「ふふ。

  さすがに、電車内でディープキスするのは、

  東京でも、ふつうじゃないよ?」

 

 「……う、うん。」

 

 「わたし、このまま、雄馬君を奪い去りたい。

  次の駅で降りて、既成事実を作りたい。

  ね、いいでしょ?」

 

 「……いずみ、さん。」

 

 「……あはは。

  ほんと、鈍感すぎるよ、雄馬君。

  わたしのこと、考えもしなかった、って顔してる。

  髪型を替えたのも、話し方も、服も、ぜんぶ、雄馬君のためなのに。」


 え。


 がたんっ

 

 「!?」

 

 がたんっ……

 

 ぷしゅー……

 

 『……えー。

  ただいま安全確認が終了致しました。

  まもなく発車致します。ご面倒様でした。

  お急ぎのところ大変ご迷惑様でした。』

 

 がたんっ、がたんっ……

 

 ………。

 

 「雄馬君、

  わたし、きみの心、奪うから。」

 

 「!」

 「いずみさん……。」

 

 「ふふ、

  本当は、今日、

  雄馬君の家で、既成事実を作るつもりだったんだ。」

 

 「!?」

 

 「いまの春河先輩を振り落とすことはできても、

  雄馬君の心、奪えそうにないから。

  

  ……心配、なんでしょ?」

 

 あはは。

 まいった、なぁ……。

 

 「もちろん、いま、受けてくれても嬉しいよ。

  わたしの告白。」

 「だ、ダメっ!!」

 「か、香奈。」

 「都合、良すぎますよ春河先輩。

  キープしてただけのくせに。」

 「き、キープなんかじゃないっ!」

 「キープ?」

 「雄馬君は知らなくていいの、知らなくて。」

 

 ぷしゅぅ……


 『ご利用ありがとうございました。

  大変ご迷惑様でございま

 

 「じゃね、雄馬君。」

 「ぁ。」

 「! な、なにを」

 

 ぇ!?

 

 「きゃっ!」

 

 どすんっ

 

 か、香奈ごとホームに降りちゃった!?

 

 「いまの春河先輩に、雄馬君の家、

  教えるわけにいかないから。」

 「い、いずみさんっ!」

 「! は、はなし

 「香奈っ!?」

 「メッセージ、送るから、

  ちゃんと、見てね。」

 

 い、一緒に降りないとっ

 

 「だめ、雄馬君っ!

  こっちに来ないで、お願いっ!!」

  

 「い、いずみさんっ!」

 

 「は、はなしてぇぇっ!?」

 

 しゅーーっ

 

 がたたん……

 たたん……


 ………

 ………



 どさっ



 は、はぁぁぁぁぁぁ……。

 じょ、情報量、多すぎ……。



 ……見られ、まくってる。

 い、いったん、つ、次の駅で降りないとっ……。


*


 「は、はなしてぇぇっ!?」

 

 しゅーーっ 


 がたたん……

 たたん……


 ………

 ………

 

 行った、か……。

 

 「ぁ………っ。」


 ……まったく。


 「なに、世界が終わったみたいな顔してんですか。」

 「!?」

 

 どさっ

 

 「ふぅ。

  泣きたいのはこっちですよ。

  今日、勝負下着まで着てたのに。」

 「!!」

 「見ますか?」

 「み、見るわけ無いでしょっ!?」


 ああ。

 ホントはこういう感じなんだな、春河先輩って。

 愛想笑いしてるトコしか、見たことなかったから。


 「春河先輩、全部、自業自得です。

  わたし、先輩のこと、大っ嫌いですから。

  

  はっきりいって、先輩が野垂れ死のうが自殺しようが、

  わたしには、なんの関係もないんですけれど、

  雄馬君、本当に哀しむと思いますから。」


 「………。」


 なんていうか、顔そんなでもないけど、仕草が可愛いんだよね、この人って。

 こんだけ化粧も髪もボロボロになってるのに、

 唇を噛んで俯いてる姿が絵になるのは、ずるい。


 「とりあえず、診断書を取りましょう。」

 「ぇ。」

 「親への説明、身体の不調にするしかないでしょ。

  わたしの身内に医者がいますから、相談しましょう。」

 「ど、どうし、て」

 「言ったでしょ? 雄馬君が、哀しむからですよ。

  やれやれ。ほんと、春河先輩なんかには

  さっさと匙を投げて欲しいんですけれどもね。」

 

 「………

  ……………


  わかった。

  ありがと、諸橋さん。」

  

 「あれ?

  先輩、プライド、ないんですか?

  あんなになじられた舐めくさった後輩相手に。」

  

 「要らない。

 

  私、つまらないプライドのせいで、

  大切なもの、ぜんぶ失いそうになったから。」

  

 「もう失ってると思いますけど。」



 「もう一度、雄馬君に愛して貰うだけ。」



 「……先輩、強くなりました?」

 「そうかも。つい二分前から。」


*


 「ご指名、誠にありがとうございます。

  今日、カットのほう、担当させて頂きます藤野楓です。」

 「よろしくお願いするわ。」

 

 あー。いい服着てんなー。

 ゴージャスって感じだなー。夜の六本木ふんぞりかえって歩いてそう。

 どうしてあたしにしたんだろ。指名料ケチるってタイプじゃなさそうだけど。

 

 「香月様、私どものカタログをご覧頂いていると思いますが、

  今日はどういった」


 「貴方の好きに切って。」

 「ぇ。」

 

 ま、マジで言ってんの!?

 怖すぎっだろ、こ

 

 「同僚に、どうしても落としたい人がいるの。

  知り合いから、貴方はそういうの、得意だと聞いたから。」

 

 ……どういう手合いから広まってんだよ。

 さすがにお知り合いはどなたでしょうとか聞けないわー。

 ま、指名料貰えりゃなんでもやるわ。

 

 「……左様でございますか。かしこまりました。

  恐れ要りますが、その方の人となりや好みなど、お伝え頂ければ、

  ご希望に添えるかと思いますが。」


 「そうね。

  ……………

  ……………

  ……わからないわ。」

 


 「は?」



 「そ、そういう話、彼としたこと、ないもの。」


 「さ、左様にございますか。」

 

 や、ヤバイヤバイヤバイ。

 思わず地が出ちまうトコだった。

 

 「ご、ごめんなさいね。めんどくさい客で。」

 

 ホントだよ。

 んでも、そんな悪い客って感じもしねぇよなぁ…。

 

 「い、いえ、とんでもないことでございます。

  で、では、香月様からご覧になられたその方のお人となりなどを

  お伝え頂きまして、そこからイメージさせて頂くことも。」

 

 「そ、そうね……。

 

  人の悪口を絶対に言わない。

  誠実で、純粋で、一途で、話を聞いてくれて、

  観察力も勇気もあって、毅然としてて、頭も良くて。」


 うわ、内面だけでこんだけ出てくるって、

 マジでベタ惚れだ。


 「戸惑った顔が可愛くて、つい苛めちゃいたくなる。」

 「……で、ちょっと、鈍感?」

 「そうね。

  ……どうして分かるの?」

 「職業的な経験からの想像にございます。」


 あいつにソックリだからな。


 「分かりました。

  香月様のご要望に精一杯お答えさせて頂きます。」


 そういや、前もこんな客いたわ。

 いいとこのお嬢様っぽかったけど、リピートしてくれっかなぁ。


 「本当に、宜しくお願いするわ。

  貴方だけが頼りだから。」

 

 こんな美人にこんだけ期待されちまってりゃ、燃えるしかねぇわ。


 「どうぞお任せ下さい。」


 あたしの持てる技術をすべて注ぎ込んで、

 雄馬みたいなオトコを落としてやる。

 

 今度来たら、髪型の好み、聞いてみようかな。

 なんも言わなそうだけど。

 

 ……逢いたい、な。

 今度、いつ来てくれるんだろ。


 !

 まずい。

 手が、止まってた。


 「…では、まずシャンプーさせて頂きます。

  どうぞこちらに。」

 

 まずはこのミッション、きっちりやらせて貰うわ。

 きっと、雄馬がくれた仕事だから。


*


 (私、雄馬君を、取り戻したい。)


 (雄馬君、

  わたし、きみの心、奪うから。)

 

 ……こ、こまった。

 ほんと、どうすればいいんだろ……。


 いずみさん、本気だったなぁ……。

 どうして、僕なんかのこ


 「あ、あれ?」

 「えへへへ。」

 

 く、桑原さん??

 

 「明日、塾で逢うからって、帰ったんでしょ?」

 「あはは。帰ったとは、誰も言ってないよー。

  いやー、人身事故、大変だったねー。」

 

 あ、あのねぇ……。

 

 「ここまで来て貰って悪いけど、

  家、あげられないからね?」


 「あ、うん。

  ただの確認行為だから。」


 な、ナニソレ。


 「せんせーがまだ童貞かな? っていう。」

 「な、なんてこと言うの。」

 「あははは、まだだ。良かったー。」

 「僕を揶揄ってなにが楽しいの。」

 「楽しいよー。だって。

 

 ぇ…

 っ!!??

 

 「な、な、な」

 

 き、き、き、

 

 「わたしが制服じゃなくて良かったねー。

  淫行防止条例で逮捕されちゃったね?」

 「え、そ、な、なに」

 

 

 「だから、わたし、好きだもん。

  高宮先生のこと。」

 

 

 「っ!?」

 

 「明日の塾じゃ、もう遅いかなって思ったけど、

  間に合って良かったー。じゃ、ねー。

  ばいばーい、っ。」

 

 ちょ、ちょっとっ!?

 

 ………

 

 い、いっちゃった……っ………

 

 

 

 ぺたん

 

 

 

 あ。

 

 や、やばい、

 こ、腰、抜けた、みたい……

 う、う、動けな……っ!

 

 た、たすけ……っ!

 

 

 

 

 「ゆ、ゆうまくんっ!?」

 

 

 !?

 

 

 

 

 

 彼女と別れた僕は、修羅場の胎動に気づかない

 完

 

 

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彼女に振られた僕は、修羅場の胎動に気がつかない @Arabeske

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