第6話: 馬鹿だとは思うけど、理屈じゃないんだ
※夫婦のイチャイチャシーンあり、注意要
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『ノート』による『陣地』のクリエイト。
最初はどこまで可能なのかと不安を覚えていたが、実際に使い始めると、その有用性はこれまでの比ではなかった。
もちろん、『じたく』、『はたけ』、『家畜小屋』……『井戸』や『釣り堀』なんかも、絶対に替えられない唯一無二である。
というより、方向性の違いだが……とにかく凄いのは、だ。
クリエイトによって、行える事。何か一つ行う度に発生するアンロックによって……出来る範囲があまりに増えすぎているという点に尽きた。
単純に、建物を建てたり出来るだけではない。
範囲は『陣地』に限られるが、その影響力は土地の変化だけでなく、物理法則すら根本から変えてしまう。
まあ、法則なんて今更な話だが……たとえば、気温だ。
これはポイントの消費が激しいので確かめてはいないが、『ノート』の説明を読む限り、外気との温度差を変える事が出来る……らしい。
言うなれば、『じたく』と外との違いが、そのまま柵の内側と外側に広がる……といった感じだろうか。
つまりは、ポイントさえあれば『陣地』の外気温を絶対零度にまで下げる事が出来るし、反対に何百℃という高温にまで上げることが可能である。
他にも、内部だけ昼間のように明るい状態を維持したり、昼間なのに夜の中にいるかのように真っ暗な状態を維持することも可能で……そうそう、重力も変えられる。
これは下手すると死人が出る可能性があるので試してはいないが、一瞬にして数百Gの圧を掛けることも、瞬時に0Gにすることも可能。
他にも、一つ一つ挙げ出すとキリが無いので省略するが、出来る事が多過ぎる。ポイントが足りないので現状は無理でも、そう思ってしまうぐらいに色々出来る。
さすがに、生物の死者蘇生などは出来ないようだが……それでも、組合せ次第で無限にも等しいぐらいに応用が利くクリエイト機能は、正しく驚愕の一言であった。
……で、だ。
そうやってチマチマと『ノート』にてクリエイトを行い、『はたけ』や『家畜小屋』などで得た作物などを、次郎三郎たちの手で売り払う。
これがまあ、一見バレそうにも見えるが……意外とバレない。
次郎三郎たちの腕が良いのか、向こうが下手なのか……おそらく、両方なのだろう。
武芸を修めている専門家たちが見張っているとはいえ、彼らはあくまでも対人……戦場においての戦い方が主だ。
あっという間に捕縛されるか、切り捨てられている。幼少の頃より磨いている剣術の腕を、軽く見てはならない。
対して、次郎三郎たちの戦い方は……侍たちとは対極的だ。
闇夜に紛れて息を潜め、誇りも矜持もひた隠して目的を達成することを第一とし、必要とあらば狂人のフリをしてでも、娼婦のフリをしてでも逃げ延びようとする。
そんな忍者たちが本気になって影に徹してしまえば、見付けるのは至難の業……仕方ないと言えば、仕方ないのだ。
とはいえ、ここにそういった事に慣れている者(岡っ引きなどの、情報通)が居れば、少し状況は変わっていたのだろうが……で、話を戻そう。
幸いにも……という言い方もなんだが、出来の良い作物を買ってくれる者たちは江戸に限らず大勢いる。
まあ、無理もない。現代社会とは違い、ちゃんと3食取れる生活を送れない人たちが大勢いるし、むしろ、それが当たり前の時代だ。
そんな人たちからすれば、だ。
本来なら一個500円はする立派な作物を半額で手に入るとなれば……バレなきゃいいって感じでサラッと手を伸ばす者が後を絶たないのは当たり前である。
もちろん、購入者からバレるなんてこともない。
下手に露見して、自分たちが買えなくなったら困るから。
次郎三郎たちがどのように選別して売り払う相手を選んでいるのかは定かではないが、実質費用0で利益100%。
単価は安くとも、塵も積もれば山となるといった感じで……見張っている者たちは誰一人気付かぬうちに、『実らず三町』では通貨が溜まりつつあった。
……どうしてそんな事をしているのかって、それは『ノート』の恩恵はあくまでも『陣地』の内側に限られるからだ。
つまり、神の御業の如く色々出来るのは柵の内側だけで、一歩でも外に出れば、白坊たちはまともな戦力も武装もしていない、無力な集団でしかなくなってしまう。
そのため、金が必要だと白坊たちは判断したのだ。
まだ用途は決めていないが、無くて困ることは多々あっても、有って困る事は少ないのが金だ。
何をするにも金があると便利……それは現代社会においても、この『剣王立志伝』風の異世界においても変わりなく……毎夜毎夜、せっせと金策に励んでいるわけであった。
「ふ~む……」
さて、そんな日常の中……時刻は夜。
サナエとモエが、一足早く夢の中に旅立っているのを尻目に、白坊は……『ノート』を片手に、どうしたものかと考え込んでいた。
理由は、単純に……次の一手に対しての迷いである。
と、いうのも、だ。
次郎三郎たちの情報工作によって、江戸の町民たちの間では幕府に対する不満がジワジワと燻り始めている。
それ自体は、良い。しかし、それが何時までも通じるかと言えば、そんなわけもない。
元々、白坊がやっていることは、町民たちの心にあった種火に、ふうっと息を吹き掛けた程度のことだ。
一瞬ばかりは明るく熱を放つだろうが、それだけでは火は付かず……そのうち、鎮火してしまうだろう。
そうなるのも、仕方がない。
『実らず三町』という絶対的な逃げ場があるからこそ、白坊は強気でいられるが……町民たちには、それが無い。
やはり、侍は怖いのだ。
だから、怒りが燃え上がっても、恐怖によって冷まされてしまう……ゆえに、白坊は次の一手を考えているわけであった。
(しかし、本当に怖いぐらいにこっちの作戦が上手く行くな……上手く進み過ぎて、逆に怖くなるんだけど)
(う~ん、罠じゃないよな……こっちを泳がせているだけで、こっそり包囲網を作っているとかじゃないよな?)
(外部の協力者がいないから、得られる情報なんてほとんどないし……とりあえず、使える金が増えるのは順調なんだが……)
その際、何度も白坊は不安を覚えてしまい、思考が止まってしまうわけだが……実は、向こうのみならず、白坊自身も気付いていない事があった。
そもそも、だ。
織田信長たちを始めとして、侍たちは誰一人白坊の本心に気付いていないのだが……白坊の狙いは、幕府を傾けさせる事ではないし、打倒織田信長でもない。
あくまでも、白坊の目的は『おまえら、俺らに手を出したら分かってんだろうなあ?』みたいな感じで……要は、脅しであり、嫌がらせなのだ。
自分たちに手を出したら最後、相応の痛みを覚悟しろよという意思表示であり、実力行使であり、噂云々は、その過程の一つに過ぎない。
そう、『信長あの野郎ボコボコに殴り倒してやる!』という怒りは消えていないが、そこではない。
変わったのは、気を使うのを止めただけ。
この方法だと色々影響が出ちゃうよなあ……という情けを止めただけで、根っ子の目的は何一つ変わっていない。
すなわち、『自分たちの生活を守り、幸せに暮らしていく』、それだけなのだ。
だから、この世界の特権階級であり支配者である侍たちが、『実らず三町には手を出さず、放っておく!』と宣言し、公に認めるのであれば……白坊はもう、それ以上をする気はなかった。
(でもなあ……それだけは絶対にありえないよな……どう、落としどころを作るべきか……)
しかし、ソレが如何に難しく、この世界において許されない大罪であるかを体感的にも客観的にも理解している白坊は……ふう、とため息を零すしかなかった。
……何時の時代も権力者が最も恐れることは、自らの権力を盤石のモノにしている、体制そのものの崩壊だ。
体制が機能しているうちは、それこそ国民に餓死者が多発しても、権力者側の命や生活基盤は早々に揺るがない。
何故なら、体制は基本的に権力者を守る構造であるがために、誰もが大なり小なり権力者を生かす行動を取るからだ。
しかし、体制が崩れてしまえばどうなるか……それは、権力者たちの安全が脅かされることに繋がる。
民衆が利を得るのではない。民衆だけでなく、権力者も死ぬ。
そう、体制が崩れた時、初めて権力者たちは民衆の立場に近付くのだ。あっさりと、強者のさじ加減一つで殺される、この世界の弱者の立場に。
そして……この世界はまだ安定していない。
ゲームであれば、天下統一が果たされたら『GAME END』。そこで物語は終わるが……この世界は、ゲームである印象を覚えることはあっても、ゲームではない。
天下統一が成された後も、現実は続いてゆく。だって、ここは現実なのだから。
そう、ゲームではないのだから、起こる可能性があるわけだ。下剋上なり何なり、体制を崩壊させる出来事が、何かしらを切っ掛けにして。
だから、織田信長は、白坊を危険視した。
自分たちの力では制御しきれない、神通力と称するしかない力……『稀人』である、白坊だけが使える力を恐れたのだろう。
そして……この世界に限らず、こういう争いはナメられたら負けなのだ。先に引いてしまえば、序列が生まれてしまう。
単純に、強い弱いの問題だけではない。
下手すれば、現在の体制そのものに尾を引いてしまうぐらいに根深い話であり……だからこそ向こうは、わざわざ帯刀した侍たちにて『実らず三町』を囲うという脅しまでしているのだろう。
……向こうの言い分は、簡潔だ。
『調子に乗った態度を見せるなら、こっちもやっちゃうよ(チラチラ……チラチラ)』、である。
なので、白坊としても嫌がらせを止めるつもりは全く無い。
そっちがその気なら、こっちもその気じゃい……そう言わんばかりにポイントを使い、これ見よがしに生活もどんどん改善させて行っているわけだが……さて、だ。
(……なんだろう、一つ何か作ると、そこから連鎖的に何十個も出来る事が増えてしまうせいで、むしろ何にポイントを使えば良いのか分からなくなってきた)
白坊が『ノート』を片手に唸るのも、ただ優柔不断だというわけではない。
例えるなら、家を『畑』を一つ作ったら、そこから派生する形で土の柔らかさ、水はけ、成長速度から作物の強さ、果ては、栽培できる植物を限定させるに至るまで、一気にズラーッと選べるようになるわけだ。
白坊たちだけが使える『じたく』だけはほぼ全自動だが……それはおそらく、例外扱いなのだろう。
『井戸』でも『釣り堀』でも、設置すると派生する項目が生まれてしまうわけで……まあ、所詮は凡人であり素人である白坊に、最適解なんて選べるわけがないのであった。
ゆえに、しばしの間、あ~でもない、こ~でもない、ウンウン唸って考えていた白坊は……一つため息を零して、『ノート』を閉じた。
──とりあえず、今日はもう遅いし明日になって考えよう。
そう結論を出した白坊は、枕元の行灯(実は、ミニらっきー地蔵にて入手)の火を消そうと手を伸ばし……ふと、寝床よりこちらを見上げているミエと目が合った。
「起こしたか?」
「いいえ、起きていました」
「すまない、もう寝るよ」
「謝る必要はありません。私たちのために、色々考えてくれているのですから」
「そう言って貰えると、気が楽になるよ」
本心からそう言えば、ミエはフフッと笑みを零したあと……そっと、自身が使っている布団をめくった。
「──ちょ」
その瞬間、思わず白坊は声を詰まらせた。
どうしてかって、それは白坊の視界に晒されたそこは……股間を覆い隠す褌以外に遮る物が一切無い、瑞々しい裸体があったからだ。
以前に比べて明らかに肉が付いたその身体からは、今にも淡く弾けそうな活力が滲み出ており……っと。
「さあ、こちらへ」
「──っ!」
「貴方様は、いつも女子のように顔を赤らめますね」
「……言うな」
思わず、白坊は顔を逸らした。
嫌ではない。単純に、気恥ずかしいのだ。
いくら精神的な年齢が上とはいえ、元々が、異性より求められた経験など皆無なオッサンなのだ。
そりゃあ、経験が無いわけではないし、行為だってこれまで幾度となく行ってきてはいるが……それはそれ、これはこれだ。
正直、歳若いとはいえ、現代であれば学校などで話題になるような美少女から真正面に誘われて、動揺するなというのが無理な話であった。
「別に、気分が乗らないのであればかまいません。ただ、今の貴方様にはこれが必要かと思いまして」
言われて、白坊は再びミエを見やり……そういう意味ではない事に気付いた白坊は、促されるがまま……その肌色の中へ顔を埋めた。
合わせて、細い両腕がソッと白坊の頭へと回り……緩やかに、白坊の頭を胸の内へと抱え込むように抱き締めたミエは、縋りつくように頬をくっつけた。
「貴方様……いつも、ありがとうございます」
「……どうした、急に?」
尋ねれば、「当然の、お礼でございます」改まった様子でそう言われた。
「前にも、貴方様に似たようなことをおっしゃったと思いますが……誰かを守り、面倒を見るというのは当然の事ではありませんし、並大抵のことではありません」
「…………」
「貴方様は、それを当たり前のように行ってくださいました。それだけで、貴方様は十二分に凄い御方なのです」
その言葉と共に、指先に力が入る……のを感じ取った白坊が顔を上げれば、ちゅっ、と優しく額に唇が落とされた。
「だから、慣れない事、無理な事を、なさらないでください。少なくとも、私の前でだけは」
「ミエ……!」
「そもそも、貴方様にはそんな大それた事が出来るような度胸も野心もないでしょう?」
「ミエ?」
感動のあまり滲み出ようとしていた涙が引っ込んだ。
思わず白坊が目を瞬かせれば、「伊達に、貴方様と
「私も、同じです」
「え?」
「上に立つとか、立場がどうとか、正直よく分かりません。だって、私ってば元々は飯屋の娘なんですよ」
「…………」
「それが今や、私よりも頭が良くて体も強い次郎三郎さんたちが、私に向かってペコペコと頭を下げるわけです」
「あ、うん」
「考えると、不思議な話ですよね。別に、私が何かをしたってわけじゃないのに、あの方たちは私を一段上の扱いにするわけです」「うん」
「私が、たまたま貴方様の奥様だった、ただそれだけ。私自身は何一つ偉くなったわけでもないし、何かを成したわけでもないのに」
「…………」
「正直、堅苦しくて仕方ありません。私ってば、あの人たちが思うような凄い人ではありませんし、あの人たちに頭を下げられるような人間でもございませんから」
「それは……その、ごめん」
「謝らなくてけっこうですよ、仕方がない事だって分かっております。序列は、大事ですから」
ですが……ポツリと、ミエは呟いた。
「忘れないでください。私も、貴方様も、所詮は只の人。天下を取る器でもなければ、それを支える女傑というわけでもございません」
「……それ、自分で言うのか?」
「誰よりも自分を分かっているのは、自分です。自分の事が分からないなんて言う御人は、醜悪な自分から目を背けているだけですから」
その言葉に、白坊は……なんとなく、尋ねた。
「ミエは、自分の事を分かっているのか?」
「もちろん、打算と下心で貴方の良心に縋りついて、時々こうやって身体で縛り付けようとする醜い女でございます」
すると、あんまりな自己紹介をされて……思わず、白坊は目を瞬かせた。
「いくら何でも言い過ぎだろ」
「いいえ、事実です」
「そうなると、俺はその
「あら、気付くのが遅うございましたね」
ぎゅう、と。
これまでで一番強く、ミエは白坊の頭を抱き締め……瑞々しくも膨らんだ乳房を、むにゅっと押し付けた。
「ですから、そんな変わり者を逃がすような阿呆は致しませんし、慣れぬ事で疲れた変わり者を慰めて差し上げるのも、妻の役目でございます」
「……そこまで気張らなくてもいいんだが」
「私が気張らないと、貴方様は背負わなくてよい物までどんどん背負おうとするでしょう?」
「……そうか?」
谷間の中で首を傾げた「──いっ!?」瞬間、ミエの足が白坊の……を、叱るようにグイッと押し付けられた。
「背負っていなかったら、ここが何時まで経っても柔らかい理由はなんでございますか?」
「いや、それは、突然なことに気が……それに、病み上がりみたいなものだし……」
「病み上がりだと分かっているのに、こんな時間まで考え事をしているお馬鹿さんは何処のどなたですか?」
言われて、ウッと言葉を詰まらせた白坊は「……ミエだって、いきなりされたら驚くだろ」、意趣返しのつもりで、ミエの褌の中に手を突っ込み。
「え、濡れ──」
瞬間、温かい粘液が指に触れたことに、白坊はビクッと肩を震わせ……次いで、己を見下ろす生温い視線に気付き、そっと手を抜いた。
「前は、こうして抱き合っただけで貴方様は御立派でございました。御存じの通り、私も色々と喜びに目覚めておりまして……で、貴方様?」
「は、はい」
「こうして身体を火照らせた妻が傍で待っていることにも気付かず、夜更けまで考え事をしている……それでも、根を詰めてはいない、と?」
「…………」
「火を点けるだけ点けて、放って置くのは些か酷い話だとは思いませんか?」
「……ご、ごめんなさい」
「謝るくらいなら、もう少し自分を労わってくださいな」
そう、苦笑交じりに言われてしまえば……もはや、白坊は何も言えなかった。
実際、ミエの言う通りだ。
途中からミエはその気になっていたのに、股に指を突っ込むまで気付かなかった時点で……いや、そもそも、だ。
──こうまで煽られて、引き下がっては男が廃る!
ミエの身体に視線を向けた白坊は、内心にて溜息を……よりも、ふんすと気合を入れた。
「……ミエ」
「はい、なんですか?」
「頑張るから、一緒に頑張ってくれるか?」
その言葉と共に、グッと体勢を動かされ……仰向けにされたミエは、己を見下ろす白坊を見上げ……パチパチと、目を瞬かせた。
「え、あの、煽った手前ではありますけど、御無理は駄目ですよ?」
「無理などしちゃいない。ただ、男には時に無茶を押し通さなきゃならん時もあるんだ」
「……それ、こんな時に口にする言葉なんですか?」
ジトッと呆れたように目を細めるミエに、白坊は。
「こんな時にこそ言わなければ、何時言うんだ?」
ニコッと、笑みを浮かべて頷いた。
「……ふっ」
「?」
「ふふ、ふふふ……」
「??」
「ふふふ、うっふ、うふふふふ……ご、ごめんなさい、あははは、ほんと、ごめんなさい……!」
「???」
白坊としては大真面目に言ったつもりなのだが、ミエはピクピクと総身を震わせながら、両手で笑い声を抑えていた。
何が面白いのか白坊には分からなかったが、ミエにとっては相当に面白く笑い転げることなのだろう。
しばしの間、膝を抱えるようにして身体を丸めていたミエは……ようやく波が過ぎ去ったようで、涙が滲んだ目尻を指で拭い……ふう、と息をついてから、改めて仰向けになると。
「それでは、一緒に頑張りましょう」
フワッと頬を淡く染め、細い両腕を伸ばしてきた。
その、あまりにいじらしい誘い方に、白坊も思わず笑みを浮かべると、そっとミエへと唇を落とし、そのまま首筋へと。
「──ん?」
唇を近付けた際に、ふと、視界の端……『はたけ』へと通じる障子扉の向こうに見える違和感に、そっと顔を上げた。
……気のせいかと思ったが、違う。うっすらとだが、赤い光が見える。
「……どうしましたか?」
緩やかに閉じていた目を開き、不思議そうに首を傾げるミエに……白坊も、首を傾げた。
「いや、外に赤い光が……」
「光、ですか……あ、本当ですね」
指差された方を見やったミエは、のそっと身体を起こす。
ミエにも見えるということは、見間違いではない……そう思った白坊は、また己の見知らぬナニカが起こったかと一瞬身構え──だが、違った。
「──火事?」
ポツリと、隣で零された言葉に、白坊はバッと勢いよく顔を横へ向ける。
向けられたミエは、「子供の頃に、見た事があります」暗がりでも分かるぐらいに顔を青ざめさせ──っと、その時であった。
『──白坊様! ミエ様! 御就寝中、失礼致します!』
中に入る事が出来ないからか、外より、次郎三郎の声が白坊とミエの耳に飛び込んできた。
その声色は、そういった機微にも疎い人にも分かるぐらいに緊張感を孕んでおり、眠っていたモエやサナエが、フッと目を覚ますぐらいに大きかった。
『江戸の方にて
『既に、若い衆が確認しに向かっております! 『実らず三町』を囲っていた者たちは全員、江戸の方へと戻りました!』
『風向きからして、こちらに向かってくる可能性は低いとは思われますが、どうなるかは分かりません!』
『万が一を考え、食料などを『釣り堀』の辺りへ移動させるべきだと具申致しますぞ!』
──そうしてから、二つ、三つ、ゆっくりと間を置かれた後。
『只今戻って来た若い衆の話によりますと、どうやらこの失火……ただの火事ではございませぬ!』
『江戸の各所に、怪しい人影有り! 交戦こそしておりませぬが、立ち振る舞いからして只者ではないとのこと!』
『おそらく、この火事は失火ではなく、何者かの放火と思われます! それも、計画されたモノだと思われます!』
そのまま、矢継ぎ早に報告を続ける次郎三郎の声に──白坊は、バッと立ち上がった。
「──貴方様」
けれども、それ以上動けなかった。
そうするよりも前に、背後より掛けられたミエの声に……自分が何をしようとしていたのかに、気付いたからだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ミエは、何も言わなかった。
白坊も、何も言えなかった。
けれども、沈黙の時間は……おおよそ、30秒もなかっただろう。
「正直に、仰ってくださいな」
その問い掛けは、とても静かで……なのに、弱くはなくて。
「正直に、なってくださいませ、貴方様」
そう、背中に掛けられた問い掛けに……白坊は、一つ、二つ、三つ……大きく深呼吸をすると。
「……助けたい」
ポツリと、本音を零した。
「何が出来るかなんて分からないし、何も出来ないかもしれないけど、助けたいんだ」
「今さらなんだって話だけど……色々されたけど……ぶっ殺してやりたい気持ちはあるけど」
「でも、死んでほしいわけじゃない。それは、嘘じゃない」
「苦しんで欲しいわけじゃないんだ。それも、嘘じゃない」
「そりゃあ、信長のやつは100回ぶん殴っても足りないぐらいに憎らしいし、切り捨ててやりたい気持ちは本当だ」
そこまで告げた辺りで、白坊は振り返る。
「でも、こんな形で終わってほしくない」
その、瞳を真っ向からミエは見返す。
全く、目を逸らさない。白坊も、同じく。
「我ながら、意味の分からない事を言っていると思う。自分でも、よく分からないんだ、どう言葉に現したら良いの
かが分からない」
けれども、はっきりと……白坊は言葉にした。
「だけど、ここで行かなかったら……俺はたぶん、この先一生後悔し続けることになると思う」
……。
……。
…………少しばかりの間が、二人の間を流れた。
「……本当に難儀な御方ですね、貴方様は」
それは、大きくもなく小さくもない……まるで、思わずといった調子で出たかのような、そんな感じの独り言で。
「──サナエ姉さん、刀を持ってきて」
その事に、白坊が何かを言うよりも早く、ミエはサナエに指示を出す。
「あい!」
寝ぼけ眼ながらも、元気に返事をしたサナエが、ドタドタと刀が置いてある部屋へと駆けて行く……のを尻目に、ミエは……改めて、白坊を見上げた。
「約束してください、貴方様」
その目には、一抹の寂しさと不安と……覚悟が、あった。
「必ず、生きて戻ると。戻らなければ、私は貴方様の後を追います」
「──分かった」
ミエの願いに力強く頷くと共に、「はい、コレ!」サナエが持って来た刀を受け取ると。
「次郎三郎さんたちには、私から話しておきます」
「──ありがとう、行ってきます」
行ってらっしゃいませ。
その言葉を背に受けた白坊は、障子扉を蹴破らん勢いでスパンと開いて外に飛び出し──そのまま、一息で『はたけ』を囲う柵を飛び越え──江戸の町へと駆けだした。
はるか後方に、慌てて追いかけようとする次郎三郎たちと、それを呼び止めるミエの声を背に感じながら。
異世界云々よりも前に、説明してくれ 葛城2号 @KATSURAGI2GOU
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