リストカット


 私はいつも制服のスカートのポケットにカッターナイフを入れている。大丈夫、心配しないで。これは他の人を傷つけるためのものではないから。どちらかというと、他の人を守るためのものだ。


 授業中、私はスカートの上から無機物の固い感触を確認して心の安寧を保つ。

「――さん」

 先生に私が指されて我に返る。でも、いつも通りどこを指されたのかわからない。場所が分からなくても私には教えてくれる周りの人などいない。そして、どこをやっていたのかわかってもその問題は私には難しくてわからない。


「すみません、わかりません」

 私は俯いて小声で発言する。

「あなた、いつもそうじゃない。高校受験だってあるのに……」


 先生も仕方ないわね、で済ませてくれない。私には何を言ってもいいと思っているのだろう。クラスの人たちも喜んでいるような雰囲気すら感じる。私は体を縮めてお説教が終わるのを待つ。


 何か、物を壊したいような人に殴りかかりたいような、急に椅子から立ち上がって暴れたいようなそんな衝動に駆られる。私はぐっとその衝動を押し込めるために両手をきつく握りしめる。お説教が終わるのを待って私はそっとポケットに手を入れる。そして、周りから死角になるように机の中に左手を置いて、右手で音が鳴らないようにゆっくりとカッターの刃を出していく。左手の手のひらを上に向け、カッターの先で軽くなぞった。傷が治りかける度に何度もやっているから、ちょうど良い力加減はわかっている。


 赤い血が白い手首に滲む。鮮やかなその色は、くすんでモノクロに近い無機質な教室の中で一際輝いていた。


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狭間漂う 郷野すみれ @satono_sumire

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