週末の天気予報は恋日和
紫恋 咲
第1話 天気予報
「ピロリロリーン……ピロリロリーン…」電話が鳴った。
「はい、こちらは気象庁特別広報課です」
「もしもし、気象庁さん?」
「はい、特別広報課です」
「今度の週末、武蔵野の天気はどうですか?」
「はい、台風の影響もあり関東は広い範囲で雨となる予報です」
「ええっ……それは困るな」
「現在の予報ではそうなっています」
「そうか………今度の週末は武蔵野ツーリングなんだよ」
「そうですか」
「バイクだからさ、雨は困るわけ」
「そうですか、それは残念ですね」
「残念で済ます訳?」
「はっ?」
「残念で済まされちゃあたまんないなあ」
気象庁特別広報課は有料の天気予報を出している。
安全な船の航行や、交通の危険察知だったり、必要な所へ普通の天気予報より緻密な予報を出している。
かかってくる電話は会社の社長だったり、企業の責任の重いポジションの人などが多い。
たまにゴルフ場周辺の天気予報を聞く事もあるが、政治家の秘書からの問い合わせもあるので、丁重に対応することが基本となっている。
「何とか晴れにしてよ」
「えっ?」
「高い金払ってんだからさあ気象庁には………頼むよ」
「そう言われましても……」
「何か裏技とか無いの?」
「裏技ですか?」
「コンピュータで微妙に雨雲の位置をずらすとかさ」
「は?」
「自衛隊を派遣して台風を攻撃するとか……」
「何を仰っているのか解りかねます」
「だから……何とかならないの?」
「私共は予報を申し上げるだけなので、天気を変えることは出来ません」
「分かってるよそんな事は!馬鹿にしてんのか!」
「いえ、馬鹿にしてません」
「でしょうね……冗談だよ」
「それでは失礼いたします」
「ちょっと待ってよ」
「他に何かございますでしょうか?」
「俺はツーリングの幹事をやらされてる訳」
「はい?」
「だから……俺の予想では数日前まで晴れることになってたんだよ」
「はあ……」
「この電話は録音してんだよ」
「そうなんですか?」
「それで、『週末の天気は晴れです』って言って欲しいわけ」
「えっ???」
「それをみんなに聞かせたら、『気象庁の予報がハズレたんなら仕方ないよね』って解決するんだ」
「はあ……」
「だから、『こちらは気象庁です、週末の天気は晴れです』って言って欲しい訳」
「それは無理です、ご協力出来ません」
「冷たいなあ……」
「嘘の予報はできません」
「だから……嘘も方言って言うじゃない」
「はい???」
「だから融通をきかせてよ、君の一言で問題が解決するんだから」
「無理です」
「君は真面目だけど不器用で、面倒とか押し付けられるタイプなんじゃない?」
「はあ、仰っている意味がわかりません」
一瞬ドキッとした、まさに今の私の状況をズバリ言い当てられた気がした。
気象庁特別広報課に入社して四年経っている、真面目で不器用な私はいつも面倒を押し付けられている。
今日も面倒な外部からの電話対応を押し付けられている、しかも他の人はお昼休みだ。
自分でも不器用なのは実感しているのだ。
「真面目なのは良いけどさ、それだけじゃあ長い人生を生きてくのは大変だよ」
「そう言われましても……」
「この後も、みんなから良いようにされる人生でいいの?」
「………………」
「君の声から大まか予想できるんだよ」
「何がですか?」
「色んな事」
「はい?」
「可愛いタイプで、身長は155センチ位じゃない?」
「えっ…………」
「年齢は多分……25・6歳くらいかなあ……」
「声でそんな事がわかるんですか?」
「俺の専門分野だからね」
「専門分野?ですか…………」
「髪はやや赤くて肩までくらい、仕事の時は後ろにまとめてる」
「はあ……」
「口の開き具合で本人の自信とかもわかるんだ、恐らく都内のいい大学を出たんだろう?」
「電話の声だけでそんな事がわかるんですか?」
「自信の無い人は声がこもりがちになるからね」
「…………」
「バストのサイズはEカップ」
「えっ???」
「嘘!今のは希望的観測」
「失礼します」
「待ってよ、まだ大事なことが残ってるんだ」
「何でしょうか?」
気持ち悪いほど予想が当たっている。
思わず、話を聞いてしまった。
とりあえず何とか終わらせたいと思った。
「仕事だと真面目で不器用なのは辛いと思う、しかしこれがプライベートなら全く話は別だ」
「はあ……」
「俺がもし家庭を持つなら、真面目で不器用な方が安心できる」
「どうしてですか?」
「その方が信頼関係が築きやすいし、不安無く生活できる」
「そういうものですか?」
「そうだよ、長い人生を二人で歩いて行くには、不器用も立派な魅力だ」
「不器用も魅力ですか?」
「不器用だったら守ってやりたくなるし、それで必要とされれば生き甲斐になる」
「生き甲斐ですか?」
「そうさ、守ってやることは、いや守ってやれることは立派な生き甲斐だ」
「そういう物なんでしょうか?」
「君は先程絶対に嘘の証言をしなかった、だから信頼できる」
「それは仕事ですから」
「言い方で解るんだよ、君の性格が」
「本当ですか?」
「週末雨ならツーリングは諦める、その代わり俺とデートしてくれ」
「は?」
「だから結婚を前提に付き合って欲しい」
「えっ…………」
「だから、俺と付き合って下さい」
「何を言ってるんですか?会ったことも無い人に」
「今しばらく話しただけだが、君の素晴らしさは解ったつもりだ」
「この短い時間でですか?」
「ああ、充分君の魅力は伝わった」
「………………」
「昔は何も知らず嫁に行った時代もあるんだよ、それを考えればこれだけ話せたらいいんじゃ無い?」
「無理です」
「どうして?こんなに一生懸命、誠実にお願いしてるのに」
「普通に考えて、会ったことも無い人にお付き合いします、そんな返事はできないと思いますけど」
「スマホのマッチングアプリより、実際に話した方が確実だと思うけどなあ」
「私はマッチングアプリなどは使いません」
「だから、そう言うとこが好きなんだってば」
「もう切りますよ」
「どうしてもお付き合いは無理ですか」
「会ったことも無い人といきなりは無理です」
「仕方がないですね………じゃあ後ろを向いてください」
「えっ???」
後ろを振り向くと同僚の高瀬さんがスマホを片手にこちらを見ている。
高瀬さんはかなりカッコいい、社内の女子も認めている、しかし極度のあがり症で人前ではどもってしまう。
そのせいか普段は『話しかけるなオーラ』が出ている。
「残念だねえ……」と言われているが、仕事もできるし優しい人だ。
しかし、あのあがり症の高瀬さんが、電話だとこんなに話せるなんて……
しかもどんな思考をしてるんだろう?話してる相手が高瀬さんだと解ると、かなり話は面白かった。
「あのう……高瀬さんですか?」
「は、は、はい、高瀬です」
「本当に?」
「あのう……に・日曜の…朝10時から……ももも・最寄でまま待ってます……よ・よかったら駅名を……教えてください」
「うそ!」
「あ・あのう……ゆ、勇気を出して…こ、告白したんです……けど……む、無理ですか…」
「所沢駅です」
「あ、ありがとう…に、にに日曜に、ま、待ってます」
高瀬さんは恥ずかしそうにしている。
私は思わず吹き出してしまった。
それを見た高瀬さんは顔を赤くしてオフィスを出て行った。
日曜は予報通り雨になった。
でも私は駅に向かう準備を始めた。
週末の天気予報は恋日和 紫恋 咲 @siren_saki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます