申し遅れました。ワタクシ時空を超えてやって参りました。

シカタ☆ノン

申し遅れました。ワタクシ時空を超えてやって参りました。

 来週の学会に向けて論文を読み返していた大槻(オオツキ)教授は、成功を確信して高らかに笑い、その勢いで手に持っていたコーヒーを白衣の上にこぼした。

 その様子を見ていた研究室の学生は、一瞬嫌な顔をして心の中で舌打ちした。


 「おい、君、この白衣を洗っておいてくれ。」と言って、大槻教授は白衣を脱ぐとテーブルの上に放り投げた。

 大槻教授が白衣を投げて寄越すのは、これで今週二度目だった。

 白衣だけではない、飲み終わった水のペットボトル、丸めたメモ紙、夜食で食べた弁当のゴミ・・・、全てテーブルの上に放り投げる。

 いつものお決まりの言葉と一緒に。

 「おい、君、片付けといてくれ。」

 学生が名前で呼ばれたこともないし、礼を言われたこともない。


 大槻教授の無法ぶりとケチは学内でも有名だ。

 学生がお盆に広島へ帰省すると聞けば、厚かましく『もみじ饅頭』をお土産にリクエストする。

 「餡子だけじゃなく、クリームやチョコの混じったバラエティーバージョンを頼むよ。」

 そのくせ、取引業者が持ってくるお土産はちゃっかり独り占め。

 もちろん、自分が学会で地方へ行ってもお土産を買ってくることはない。

 夜食で弁当を注文する時は1円単位で自分の分だけきっちり支払い、出前にかかる費用は学生持ちである。


 黙って言う事さえ聞いておけば単位はくれるので、研究室の歴代の学生はみな腹を立てながらも卒業まで我慢するのだった。


 ☆☆☆


 学生がコーヒーで汚れた教授の白衣を持ってコインランドリーに出かけてから3分もしないうちに、研究室のドアが再び開いた。

 『ギィィ・・・』

 (やけに速いな。忘れ物か?)と論文を見ていた大槻教授が顔を上げて入口の方を見ると、ゴーグルを付けてライダースーツのようなものを身に纏った緑色の髪の女性が立っていた。

 

 女性は驚いて口をポカンと開けたままの大槻教授を見つけると、慌ててゴーグルを外しながら「大槻教授ですよね!お会いできて光栄です!私、与田ギーサ(ヨダギーサ)と言います!」と言って教授に駆け寄った。

 「なっ、なんだね、君は!ぶっ、部外者は立ち入り禁止だよ!!」

 「ああ、すみません!つい興奮しちゃって。順を追って説明しますね。実は私は100年後の未来から大槻教授に会いに来ました。普通の人に突然こんなことを言うと信じてもらえないでしょうが、大槻教授ならこの意味が分かりますよね!そう、そうなんです。大槻教授の長年に渡る研究は成功するんです!」

 

 大槻教授はあっけに取られながらも、さっきまで見ていた自身の論文に目をやった。

 論文のタイトルは『時間的閉曲線とタイムトラベル』だ。

 大槻教授は足の力が抜けてヘナヘナと椅子に倒れ込んだ。


 「た・・・、確かに今回の論文は自信作だ。しかし、自分で言うのも恥ずかしいが、理論だけの積み上げで実証実験と呼べるものはほとんど実施できていない。」

 「来週の学会で報告される大槻教授の論文を読んだアメリカのケスラー社の『シーロン・タスク』社長が興味を持ったところから大きな発展に繋がります。」

 「あの『シーロン・タスク』が私の研究に・・・?」

 「アメリカに拠点を移して潤沢な研究費とあらゆる実験が可能な研究施設で、大槻教授は人類史を大きく転換させる研究成果を次々と発表されます。」

 「アメリカ・・・、潤沢な研究費・・・。」と呟いて、大槻教授はゴクリと生唾を飲み込んだ。


 「しっ、しかし、君の話が本当として、過去の人間に未来を告げてもいいのか!?」

 「もちろんダメです!だからこれを使います。」と言って、ギーサは胸のポケットから銀色のボールペンのようなものを取り出した。

 「それはもしや・・・、ニューラライザーか?」

 「さすが大槻教授、よくご存知で。これで私と会った記憶は後で消去させて頂きます。一応タイムトラベルをするときのルールですので。」

 「あの映画に出てきたやつそのものだな。」

 「ええ、これはあの映画をマネして作られたレトロ仕様のものなので。オシャレで気に入ってます。」


 ギーサは大槻教授の大ファンで論文は全て穴が開くほど読んでいて、タイムトラベルは高額だったがどうしても会いたくて、せっせとバイトをしたお金で会いに来たという。

 ギーサが言うには大槻教授は超有名人なので、記憶がないだけで自分以外にも過去に何人か会いに来ているのではないかとのことだった。


 自分が近い将来大富豪になって歴史に名を刻むと知った大槻教授は、それまでとコロッと態度を変えて「せっかく遥々未来から来たんだから、なんでも聞きなさい。」と椅子にふんぞり返って言った。

 途中でコインランドリーから学生が研究室に戻って来ると、「おお、君、ちょうど良かった。これでお客さんにケーキでも買ってきてくれないか。もちろん君のもな。」と言って大槻教授は自分の財布から1万円札を取り出して渡した。

 学生は(雪でも降らないか?)と傘を持って出かけた。


 大槻教授が上機嫌で椅子に戻ると、ギーサが青ざめた顔をしていた。

 「ん?どうしたんだい。」

 「私は大失敗を冒してしまったかも知れません・・・。」と言って、ギーサは自分の財布から札束を取り出して大槻教授に見せた。

 「これは?」

 「私の時代のお金です。さっき大槻教授が学生さんにお金を渡すのを見て重大な失敗に気付いたのですが、この時代のお金に換金してくるのを忘れてしまいました。大槻教授に会えることで気が動転してました。どうしよう・・・。」

 「なんだそんな事か、いくら必要なんだい?私が換金してあげるよ。ガッハッハ。笑」

 「本当ですか?じゃあ、アラスカに行かなければならないので、お言葉に甘えて30万円ほど換金して頂けますか?なぜアラスカかと言うと・・・、」

 「いやいや、説明しなくても分かるよ。私の考えでは・・・、装置の整った未来では自由に時間と場所を指定してタイムトラベルできるが、この時代からだと太陽風を利用しなければ未来に戻ることはできない。太陽風の有無はアラスカのオーロラで判断する。違うかい?」

 「流石です!その通りです!」

 「ガッハッハ!そりゃそうだろう。太陽風とオーロラの話は、前回の論文で私が主張した内容の一部だからな。ガッハッハ!笑」


 ふんぞり返ったまま椅子から立ち上がった大槻教授は、「ガッハッハ!」と高らかに笑いながら金庫を開け、30万円を持って戻って来た。

 ギーサは未来のお金を30万円分数えると、礼を言って換金してもらった。


 「あっ!いけない、もうこんな時間だ!ついつい楽しくて長居をしてしまいました。お会い出来て本当に嬉しかったです。ありがとうございました!」

 ギーサは慌てて席を立つと、来た時と同じようにゴーグルを装着して深々と頭を下げて帰っていった。


 「あっ、ニューラライザー・・・。」と大槻教授が言った時にはもうギーサの姿はなかった。

 「まあいいか。記憶が消えるとこの未来のお金も捨ててしまうかも知れないしな。・・・っと、もうお金の心配はいらないか。ガッハッハ!笑」

 大槻教授はギーサから受け取った未来のお金を金庫にしまったが、薄いピンク色のそのキレイなお札を一枚だけ抜いて財布に入れた。

 「これが夢じゃなかった証拠に肌身離さず持っておこう。」


 ☆☆☆


 自信たっぷりで学会の発表を終えた大槻教授は、同じく自信満々で発表していた高宮(タカミヤ)教授に声をかけられた。

 高宮教授とは長年のライバル関係で、かつて学生だった頃は同じ研究室で切磋琢磨した仲であるが、大槻教授は高宮教授の高飛車な態度とケチなところが大嫌いで、二人の『犬猿の仲』は研究者の間では有名である。


 「お前が声を掛けてくるなんて珍しいな。」

 「まあ、そう言うな。ちょっと飯でも食いに行かないか。」


 (高宮のやつめ、私の論文が良すぎて流石に無視できなかったな。そうだろう、そうだろう。何と言っても、私はこの後あの『シーロン・タスク』から声を掛けられるんだからな。)


 ニヤニヤする大槻教授を他所に、高宮教授は居酒屋に入ると1本3万円もする焼酎を注文した。

 「おいおい、相談もなしにそんな高価な焼酎を頼むなよ。」

 「まあまあ、今日は記念日なんだ。お前とは色々やり合ったが、今考えるとお前がいたから今日までやってこれたとも思ってな。俺の奢りだ。」

 

 (高宮のやつ、相当私の論文に感動したみたいだな。やっと実力の差が分かって素直になったってところか。)


 「よし、分かった。飲もうじゃないか。だが、ここは私が奢る。」

 「いや、俺が奢る。」

 「黙れ、私が奢ると言ったら奢る。」

 「いいや、俺が奢る。」

 「ケチのくせに今日に限ってなんだ!」

 「俺がケチなら、お前はどケチだ!」


 一緒に飲んでいる間中このやり取りを繰り返した二人だったが、二人とも頑固で決着がつかず、とうとう大槻教授は「分かった!正直に話そう!」と言って、未来人から聞いた『今から自分が成功者になる話』を高宮教授に聞かせた。


 高宮教授は顎が外れるほど口を大きく開けて驚いた顔をしている。

 「こんな話、タイムトラベルを長年研究してきた我々以外は誰も信じないだろう。でもお前なら理解できるだろう?そうだ、証拠を見せよう。未来のお金があるんだ。」

 そう言って、大槻教授は鞄から財布を取り出して、その中のキレイな薄ピンクのお札を引き抜いてテーブルの上に載せた。


 「これだよ。未来のお金だ。・・・おい、見ろよ。これが動かぬ証拠・・・」と大槻教授が話している最中に、高宮教授は胸のポケットから財布を取り出して、その中から同じ薄ピンクのお札を出して大槻教授に見せた。


 「お前、それは・・・。」

 「俺にはパインアップル社の『スティーブン・ジョップス』から声が掛かるって・・・。」

 大槻教授は、先ほどの高宮教授に負けずとも劣らないほど大きな口を開けて驚いた。

 あまりのショックに声が出ない・・・。

 二人とも口を開けたまま天井を見つめた。


 しばらくして、どちらともなく言った。

 「女の名前覚えてるか・・・?」

 「確か・・・、与田ギーサ。」

 「与田ギーサ・・・、ヨダギーサ・・・。・・・おい、逆から読んでみろよ。」

 「サーギダヨ・・・、詐欺だよ・・・。」


 「クックック・・・。」

 「ハハハ・・・、ガッハッハ!」

 「なあ、ここの勘定どうする?」

 「割り勘だよ!」


 「まんまとやられたな。・・・探すのか?犯人。」

 「・・・いや、やめとこう。」

 「研究室の卒業生あたりだろうな。」

 「お互い嫌われてるもんな。」


 「お前、自分の研究室の学生の名前一人でもフルネームで言えるか?」

 「・・・いや、・・・覚えてない。お前は?」

 「俺も同じようなもんだ。こないだは子供の誕生日を忘れてカミさんにこっぴどく叱られたとこだ。お互い研究以外見えてないもんな、昔から・・・。」


 「学生に酷く接してきた罰が当たったな・・・。」

 「俺は家族に対しても酷かったと思うよ。」

 「・・・改心するいい機会かもな。」

 「・・・ああ、高くついたもんだな。笑」


 ☆☆☆


 -15年後-

 「さあ、みなさん、今日は素敵なゲストにお越し頂きました!ご紹介します、ノーベル物理学賞を受賞されました、大槻教授と高宮教授のお二人です。」

 大喝采に迎えられた大槻教授は深々と頭を下げ、高宮教授は少し足腰の弱った大槻教授を支えながら観衆に会釈をした。

 

 「今回の受賞はお二人の強い協力関係がなければ成し得なかったと言われていますが、過去にはお互い挨拶もしないほどのライバル関係だったとお聞きしました。一体どのようなきっかけで今日の関係が出来上がったのでしょうか?」

 二人は顔を見合わせて微笑み合った。

 「言うかい?あの話を。」

 「やめとこうよ。誰も信じないさ。」


 二人を慕って会場に集まった研究室の学生たちは、ステージ上でボソボソと笑顔で会話する老人二人を見てクスクスと笑った。

 二人の上着の内ポケットには、今日も薄ピンクのお札が大事にしまってある。


 終わり




 いつもお読みいただきありがとうございます。

 次回作にもお付き合い頂けると嬉しいです。

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