エピローグ
早いもので、私ももう中学三年生。
高校受験まで後少しとなった十二月の初め、学校の近くにある本屋で、参考書を探していたんだけど。
むむ、取れないー。
目当ての参考書は見つかったんだけど、あったのは棚の一番上。中学生の間全然背が伸びなかった私じゃ、背伸びしたって取ることはできない。
どこかに踏み台でもないかなあ……。
「取りたいのはどの本?」
困っていると声をかけてきたのは、一緒に来ていた紅山君。今や身長190センチもある彼は、すぐに目当ての参考書を取ってくれた。
「ありがとう。いいなあ、紅山君は、背が高くて」
「そう? 結構不便なことも多いんだけどね。さっきも店の入り口で、頭ぶつけちゃったし」
上三白眼の眼を細めながら苦笑いを浮かべる紅山君は、やっぱり可愛い。
この事を桃ちゃんや花ちゃんに話すと、言いにくそうに「いや、可愛いくはないでしょう」って言われちゃうけど、私にとっては世界一可愛いし、そして格好良いのだ。
紅山君と知り合って、前世のことを思い出してから二年が経った今。私達は、お付き合いをしています。
周りからは、美女と野獣なんて言われることもあるけど、紅山君は野獣なんかじゃなくて、素敵な男の子だよ。
あ、美女の方は、あながち間違いじゃないけどね。おほほほほ。
紅山君は紅山君で少しずつだけど理解者を増やしていき、今では友達だっている。
この前は紅山君のクラスの女子が、「話してみたら意外と良い奴」って言ってるのを聞いちゃった。「意外と」は余計な気もするけど、恐れられていた頃と比べたらずっと前進してるよね。
そんな事を思い出しながら、参考書を手にしてレジに向かう。けどその途中ふと、一冊の本が目に飛び込んできた。
どうやらクリスマスに向けて絵本の特集がされているらしく、たくさんの絵本が平積みにされていたけど、気になったのはそのうちの一冊。
『蟹の恩返し』。これが私達の、前世なんだよね。
何となく絵本に手を伸ばして、表紙をじっと眺めていると、隣から紅山君が覗きこんでくる。
「やっぱり、昔のこと気になってる?」
「うーん、どうだろう?」
二人とも記憶は甦ったものの、意外にも前世の事を話題に出すことはあまりなかった。
当初こそ気にしてはいたけど、あの記憶は私達のものであって私達のものじゃない。今では別の人の記憶なんだって思えてる。
それは少し寂しくもあるけど、きっとこれでいいんだ。
だって紅山君のことが好きなこの気持ちは、前世なんて関係無い。今の私のものなんだって、胸を張って言えるから。
絵本を元あった場所に戻して、紅山君に振り返る。
「行こうか」
「そうだね」
絵本のコーナーに背を向けると、二人並んでレジへと向かって行った。
私達だけが知っている、『蟹の恩返し』の真実。
それは一人の娘と心優しい蛇の、結ばれなかった悲恋のお話。けど物語には続きがあって、それは私達の手で今も綴られている。
今度の物語は、きっとハッピーエンド。
強面だけど優しい、蛇の眼をした王子様が、私の隣で笑っている限り。
了
蛇の目をした王子様 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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