解答編


『はあ!? 何だそれ、どう言うことだよ、ちゃんと写真と同じだっただろ!?』

「同じだから問題と言うか、逆によくもここまで同じ猫を見つけられたと言うか」

 乾いた笑い声を発して、銀之園は金田にこう告げた。

「この三郎さんと英三郎のツーショット写真は自撮り——まあ、インカメラを使って撮影された写真なんだよ」


『ん? それが、何か関係あるか?』

 金田はピンとこなかったらしい。銀之園はこう言い添えた。

「自撮り写真は左右が反転するんだよ。鏡みたいに」

 耳元で間の抜けた声が聞こえた。ポカンと口を開けた金田の姿が目に見える様だ。

「最近は機種によって設定を変えられる様にもなってるけど。普段あまり写真を撮らない人とかは、指摘されないと気がつかないかもな」

『ああ、そうか。前友達と自撮りした時、なんか違和感あるなと思ったのはそれかぁ』

 思い当たる節があったのか、金田は独り言の様に呟いて、数秒間を空けてこう尋ねてきた。

『でも、何でその写真が自撮り写真で、左右逆だって分かったんだ? 撮るとこ見てた訳でもないし、文字とか分かりやすいモノが逆になってた訳でもないだろ?』

 銀之園は通話を繋げながら、ツーショット写真の問題の箇所を拡大した。

 やはりこれは不自然だ。


「叔父さんが着ていたワイシャツの胸ポケットだよ。この写真だと、ポケットが右胸についてる。洋服の胸ポケットは基本一つしかない時、左胸にしか付いていないんだ。制服のカッターシャツとかも左だろ?」

『確かに、言われてみればそうかも』

「もしかしたら、敢えて右胸にポケットをつけたシャツをオーダーメイドした可能性も考えたけど。写真が自撮りで左右反転してるなら、話の辻褄は合いそうだなと思ってさ」

『なるほどー。えっと、この写真の左右が逆だから、つまり……?』

 まだ金田は正解に辿り着けそうにない。

「とりあえずお前、数字の3を左右逆にしたらどうなるか見てみな」

 えー、と不満そうな声が聞こえたが、次いでゴトッと言う音と何かカリカリ言う音が聞こえた。恐らくスマホを置いて、数字の3を紙にでも書いて確認している。少し間があって、思わず後ろへ仰け反る程の大声が聞こえてきた。

『——ああ!? そう言う事か!?』

 ここまですればよく分かるだろう。

「急に大声は止めてくれ。まあ、これで分かっただろ?」


 首輪のチャームは数字の3ではなく、Eだったのだ。


『じゃあ、俺が探さないといけなかったのは、Eのチャームをつけた猫ちゃんか!? ええっ、ちょっと待て!? 何で都合良く3の首輪つけたそっくりの猫ちゃんがいたんだ!?』

「いやそれ俺が聞きたいわ!! そのおかげでややこしいことになったんだろうが」

 鏡に写したような猫を発見する確率とは、それこそ普通に迷い猫を見つける確率より低いのではないだろうか。ちなみに、チャームの文字が名前に因んだものだと言うのは、三郎の3ではなく英三郎のイニシャルだと思われる。

『えー、うわー。岡本から突っ込みがなかったことを見ると、アイツも気がつかなかったんだろうな。早く教えてやろう! 哲、ありがとう、またな!』

「は? ちょっと」

 呼び止める間もなく、言い捨てるように通話が切られてしまった。


 嵐の様だ。銀之園は疲れを感じながら、スマートフォンの画面を暗くした。時計の針の音が普段より大きく聞こえる。

「まあ、良いや。それよりやっと読める」

 これからがお楽しみだ。胸躍らせ文庫本に手を伸ばした。今回の物語のテーマは運命についてである。一体どんな謎が待っているのだろう。最初の一文を読み始めたその時、再びスマートフォンが着信音を奏でた。

 無視をしようかと思ったが、永続的に鳴る音が煩く彼は諦めて通話ボタンをタップした。

 案の定、一太郎からの電話だった。


『やべーよ哲! 岡本から連絡きてて、まあ、とりあえず猫が違った理由はお前の言う通りだったんだけど。叔父さんも普段自撮りなんかしないから、写真が左右反転してるのは気がついてなかったらしい。後、猫二匹とも見つかったって。英三郎と俺が見つけた猫ちゃんな』

「あー、それは良かったな。でも、その報告は、できれば通話以外で欲しかったけどな」

『いや、ごめん。でも何というか』

 金田の声にいつもの勢いがない。何か、戸惑っている様だ。

『俺が見つけた猫ちゃんも結局迷い猫だったんで、警察とか問い合わせて無事に飼い主さんの元に帰せたらしいんだけど……。その飼い主が三郎さん好みの美人で、これをきっかけにすっかり意気投合して今良い感じ? らしい?』

 何だ、その展開は。

『だから三郎さんが、今度俺にお礼をしたいって言ってるらしい。とりあえず、俺まだ話の展開に追いつけないんだけど、どうしたら良い?』

 いつの間にかこの従兄弟、子猫を見つけただけでなく、恋の相手まで見つけてしまったらしい。

「うん。それは、素直に受け取っとけ」

 銀之園はそれだけ言って通話を切った。静寂が部屋に満ちる。


「運命的な出会いってヤツかな。まあ、こう言うこともあるか」

 意外と二匹の猫が逃げたのも、何か運命的な力があってのことだったのかもしれない。

「俺が今気になってるのは、本の中の”運命”だけどな」

 ぼんやりそう呟くと、銀之園哲は改めてミステリー小説のページを開いた。


 今度は誰にも邪魔されないことを願いながら。

 

 

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3の猫の運命 寺音 @j-s-0730

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