3の猫の運命
寺音
問題編
世の中には、運命的な出会いというものが存在するらしい。例えば街角でぶつかった男女が恋に落ちたり、同じ本の背表紙に触れた男女が恋に落ちたり。とにかく、そう言う運命的な出会いというのは結構その辺に転がっているものなのかもしれない。
一通り課題を終わらせて、
「秋の夜長、しかも今日は金曜日だ」
清く正しい高校生であると自負しているが、今夜ばかりは夜更かしをしようと椅子から立ち上がる。いそいそとすぐ横の本棚へと向かうと、積ん読状態になっていた文庫本を手にした。大好きな作家の新作ミステリー小説だ。ベッド脇に腰を下ろしページを開く。
その胸踊る瞬間に水を差し、勉強机のスマートフォンが断続的に震え始めた。
「……誰だよ。いや、待て。この妙なタイミングはまさか」
一人、こう言う間が悪い時に連絡をしてくる男がいるのだ。本を手に持ったままスマートフォンを手に取ると、画面上に予想通りの名前が表示されていた。ああやっぱりな、と頭を抱える。出たくないが、出ないなら出ないで面倒なのがヤツだ。銀之園は諦めて通話ボタンをタップする。
「あのなぁ。こんな時間に電話を鳴らすなよ、金田一君」
『やっと出たと思ったら怒られた!? いや、確かにこんな時間にかけたのはちょっと悪いなと思ってたけど——て、今違う名前で呼ばなかったか!?』
よく一息の間にここまで話を変えられるものだ。銀之園の脳内にキャンキャンとほえる豆柴の姿が浮かんだ。もちろん、イメージだ。
『俺の名前は、
電話の相手は
「いや、願望が口に出てた。それより、何の用だよ? 緊急じゃなかったら切るぞ」
『えっと、緊急というか、今すぐ聞いてほしかったと言う意味では緊急なんだけど』
またか。銀之園はこっそりため息を吐く。一つ年下のこの従兄弟は、何かと都合をつけて電話をかけてくる。
「いいや、とりあえず話せよ」
なんだかんだで彼はこの従兄弟に甘い。それに好奇心もあった。金田はトラブルメーカーで、引き起こす出来事は小説よりも奇なり、なのだ。
『そっか、ありがとう哲! 実はクラスメイトの岡本から、叔父さんの飼い始めたばかりの子猫が迷子になったから、探すのに協力してくれって頼まれたんだけど』
先週の金曜日だったかな、と金田は独り言のように付け加えた。
「その猫がまだ見つからないのか?」
『いや、違うんだよ! 猫は見つけたんだ、それもこの俺の活躍によってな!』
「なら、良かったじゃないか」
片手で文庫本のページを少しめくった。目次を見るだけでワクワクしてくる。ああ、早く読みたい。
『見つけたんだけど、違ったんだよ! 俺はちゃんと送ってもらった写真と同じ猫ちゃんを見つけたのに、違うって言われたんだ! これが良かったなんて言えるか!?』
はあ、と疑問の声が銀之園の口から漏れた。眉を顰めて、文庫本を机の上に置く。
「いや、普通に考えてお前が間違えたんだろ? お前、所属するミステリー研究部で、『三分で解ける謎を三時間かかっても解けない謎に変える男』とか言われてたし」
何やら長々しい通り名が付いているが、要は事をややこしくする天才ということだ。
『そんなこともあったけど、今回は俺が正しい! 今岡本に送ってもらった写真と、俺が実際に見つけた猫ちゃんの写真送るから見比べてみろよ』
耳元のスマートフォンが二回振動した。早速写真を送ってきたらしい。銀之園は通話をスピーカーに切り替えて、メッセージアプリを開いた。
まず一枚目の写真は、男性と子猫のツーショットだった。三十代後半から四十代前半程の男性が猫を頬に寄せ、こちらに視線を向けてにこやかに微笑んでいる。これが話に出てきた岡本君の叔父さんだろう。
『そうそう、中々男前なその人が
撮影場所はリビングだろうか。後ろにダイニングテーブルと、複雑に板が組み合ったキャットタワーが見える。そこでは二匹程他の猫が遊んでいる様子が確認できた。どうやら複数の猫を飼っているようだ。
「なあ、一太郎。この叔父さんのワイシャツのポケットなんだけど」
『ああ、それな。なんかその叔父さんって言うのが、猫大好きで猫が生きがいって感じで、いつも服のポケットに猫の気を引くものを入れてるんだってさ』
改めてワイシャツの右胸に目を遣ると、そこにあるポケットからネズミの人形が飛び出している。これが気を引くためのオモチャなのだろう。
『それより、猫の方をしっかり見ろよ。三郎さんが抱っこしてるのが、猫の
「英三郎……」
三郎叔父さんの飼っている猫の英三郎。油断していると逆になりそうだ。
その英三郎はふわふわと触り心地が良さそうな子猫だった。全身雪のように真っ白だが、両耳と尻尾の先だけ黒色だ。
『俺はこの模様と付けてる首輪を手がかりに探したんだ。青色の首輪にチャームがついてるだろ? 三郎さんが名前に因んでつけたんだってさ』
確かに英三郎の首輪に金色のチャームが付いていた。写真では数字の3に見える。
「成る程」
『で、二枚目の写真を見ろ! そっくりって言うか、同一人物、じゃないや、同一……猫物?』
何やらブツブツ言い始めた金田を無視して、銀之園はもう一枚の写真を表示した。
その写真は子猫がどこかの塀の上に座り、こちらへ視線を向けている写真だった。金田が発見時に撮影したのだろう。その猫は全身真っ白だが両耳と尾の先だけ黒い。そして青色の首輪に数字の3のチャームが付いていた。
銀之園の目から見ても、二枚の写真に写る猫は全く同じに見えた。
「あー、これはまさか……?」
『まさにドンピシャの猫ちゃんを見つけて、岡本もスゴい喜んでくれて……。それなのにいざ叔父さんの所に連れて行ったら、全然違うって言われた!? 何だそれ、俺はちゃんと写真通りの猫ちゃんを見つけてきたってのに! 案外その叔父さんが、自分の猫の区別出来てないんじゃないのか』
ギャンギャンとこれまた仔犬が吠えるように喋る金田。銀之園は少しスマートフォンから顔を遠ざけ、再びこっそりため息を吐く。
「とりあえず落ち着け。そう言えば、三郎さんは具体的にどこが違うかとかは言ってなかったのか?」
『あー、なんか岡本の話だと、昨日の夜に叔父さんの所に連れて行ったら、開口一番違うって言われて? そしたらまたその猫が逃亡しちゃって、叔父さんは猫を追いかけて行っちゃったらしい。それで聞きそびれたって。岡本には猫がどうなったかも含めて、叔父さんに確認してみるって言われたけど……全然連絡が来ねえから、モヤモヤして哲に電話した』
正解はしばらくお預けか。しかし、銀之園はある程度の確信を持ってこう考えていた。やはり、金田自身が重大な間違いを犯している、と。
「一太郎お前——やっぱり探してきた猫、間違ってるぞ」
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