生きたい
ひわたしつばめ
生きたい
「「おはよう」」
「「おはよう」」
「「おはよ」」
「「おはよう」」
「「おはよー」」
「「おはよう」」
「「おは」」
「「おはよう」」
「おはよう」
「「……どっち?」」
さっと通り過ぎていった彼の右肩を私が、左肩を二花がつかんで引き留めた。
どっち? と聞くのはマナーが悪いと言われてしまうが、識別するための腕輪がないと見た目では分からないため聞くしかなかったのだ。
「左京」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、私と二花の手を両肩から払って彼は自分の席に向かった。
「えー! 左京?」
正直とても意外だったので大声をあげながら彼を追いかける。席に座ると左京は口の端を皮肉っぽくあげた。
「不満?」
「不満ってわけじゃないけど」
「でも前にどうでもいいって言ってたから」
ひねくれていて理屈っぽい性格の左京は、自分で決められることでもないのだからどうでもいいとずっと言っていた。だから左京が残るとは誰も思っていなかったのだ。
「ああ……まあ、言ってたけど」
「けど?」
身をのり出して聞くと左京はうっとうしそうに顔を背けた。
「一花お前うるさい、ほっとけよ」
「うるさくない。けど、何?」
「周り見ろよ。お前らくらいだよ、話しかけてくるの」
言われた通りに周囲に目を向けると、教室にいたクラスメイトは戸惑うような怯えるような不思議な面持ちでこちらを遠巻きにしていた。
「それがどうしたの」
「いや、お前、だから…………二花、どうにかしろよお前の片割れだろ」
苛立ちをぶつけるように深くため息をつくと左京は途中から黙ってやり取りを眺めていた二花に助けを求める。
「無理」
「諦めんな……」
微笑んで一刀両断された左京は机に突っ伏し、黙り込んでしまった。このまま何も話してくれなさそうな様子に焦れて、私は背中をべしべしリズミカルに叩きながら問いかける。
「左京左京左京、ねえ、どうし、」
「一花、二花。ホームルーム始めるぞ、席に着け」
「「はーい」」
左京から聞き出したいことがあったのに、チャイムの音と一緒に教室に入ってきた田中先生に中断させられてしまった。抵抗しても無駄なので不承不承自分の席に向かう。
普通は一人になると教室には来なくなるから、こうやって終えたばかりの同世代の話を聞けるのは貴重な機会なのに残念だ。
「左京は……まあ、たまにあることだから気にしないように」
教卓席から見渡して教室中からちらちら左京に向けられている生徒たちの視線に気づくと、複雑そうな顔を一瞬浮かべた後、田中先生はクラスに呼びかけた。
「たまにってどういうことですか?」
「一花」
隣の席から二花が声を潜めてとがめてくるのが聞こえたが無視して私は言葉を続けた。
「私たち明後日が誕生日なんです。だから教えてください」
「……個人の問題だ。ここで教えるようなことじゃない」
「えー! けち!」
「一花」
先ほどよりも大きな声で隣からもうやめるように名前を呼ばれる。仕方なく口を閉ざすと、小学生に向けるような目をして田中先生がこちらを見ていた。
「けちじゃない。一花お前本当に明後日で十八歳になるのか、八歳の間違いじゃないのか」
呆れた調子で先生が言うと、くすくす笑う声がそこかしこであがった。
教科書で学ぶくらいには昔、大規模なパンデミックが世界を襲った。どこかの化学実験所の爆発事故が起こしたそれは、人の遺伝子を歪めたらしい。
はじめは、実験所があった国にだけそれは起こった。
爆発事件から三カ月たって実験所にほど近い市の病院から耳を疑うような報告があがってきたのだ。
エコー検査の結果、同時期に妊娠した妊婦の全員が双子を授かっている、と。
一体何が起きているのか誰も判断ができなかった。機械の故障ではないのかと思われた。しかし全ての病院の機器が同時に故障したとは考えられない。
他に不思議な現象が起きた原因が考えつかないため爆発した実験所に調査が入ったが、要因がなんだったかについては百年以上たった後にも解明されなかった。
妊婦の腹の中にいるのは本当に人間の子どもなのか。
口にしなくともそんな疑問が調査をすすめる者たちの間では渦巻いた。しかし、だからといって憶測だけでこれから産まれてくる命を殺すことはできない。
不自然な双子の妊娠に恐れを抱きながらも、大人たちはじっと子どもが産まれて来る日を待ち受けるしかなかった。
戦々恐々しながら一日一日を過ごし、出産の日は来た。そうして一番はじめに早産で取りあげられた赤子は、二つの目を持ち、二つの耳を持ち、一つの鼻、一つの口、両手両足を持つ、なんの変哲もない人間の赤ん坊だった。一人目だけでなく、勿論二人目もそうであった。
見た目が完全に人間であることに関係者は安心した。が、真実自分たちと同じ生き物である保証はない。疑念も恐怖も根底にあった。それでもやはりなんの罪もないたくさんの子どもを殺すことはできない。それにその頃にはもう、その国では産科医がエコー検査で見ている画像の全てで双子が確認されるようになっていた。
恐怖に駆られ子どもを殺してしまえば、国の未来がなくなってしまう。子どもの消えた国などゆるやかに滅亡する以外に道はないのだ。
一つの国からはじまったそれは、少しづつ世界に広まっていった。
それが感染なのか、なんなのか、実際のところは誰にも分からない。ただ抗いようもなくそうなっていった。
根底にぬぐえない恐れがありながらも月日は経過していく。やがて最初に産まれた子どもたちが十八歳の誕生日を迎える日がやって来た。もう双子は珍しくもないどころか、双子で産まれることが当たり前となっていた。
その国では一日の出産人数は当時三千人ほどだったそうだ。双子になったため単純に倍にはなったらしいが、それだけの人数が一つの国の中で産まれていた。
同日、同時刻に、それは起こった。
三千人の十八歳になった子どもが、人を刺した。
三千人の十八歳になった子どもが、刺殺された。
同時に悲鳴があがった。同時に通報の電話が鳴り響いた。同時に赤い血が、同時に赤いサイレンが、晴れた美しい空の下、国中を染めていった。
赤く濡れたナイフを、包丁を、はさみを、人を殺せるだけの様々な鋭利な道具を手にした子どもたちは、皆どこかぼうっとしていた。大人が彼ら彼女らに近づき声をかけたり張り飛ばしたりして我に返らせると、どの子も自分の行動に驚愕し悲鳴をあげた。
自分の意思でしたことではないと必死に叫んだ。
本人たちが一番何が起きたのかよく分かっていなくとも、大人は子どもたちを隔離するしかなかった。なにせ、人を一人殺しているのだ。しかし事情聴取をしてもまともな返答を得られることはなく――翌日。
同日、同時刻に、惨劇は繰り返された。
次の日も、次の日も、次の日も、それは起こり続けた。防ぐ方法はなかった。だってそれは、個人の自由意思のもと行われているわけではないのだ。
だから世界は、それを受け入れるしかなかった。
息を潜め壁に張りつく。タイミングが大事だ、でなければ逃げられてしまう。力なく歩く足音がゆっくり近づいて、あと、三歩、二歩、一歩。
「確保おおおおお!」
勢いよく影から飛び出すと私は対象を羽交い絞めにした。じたばた抵抗しようとした対象は自分にしがみつく人物の正体に気づくと抵抗を止め、肩を落とす。
「まだいたのかよ……」
「当たり前でしょ! まだなにも聞いてないもん」
「二花! ちゃんと手綱握っとけ!」
左京は学校の裏門の壁に寄りかかったままこちらを静観している二花を見つけると、声をはりあげた。
「無理」
「お前の片割れだろ、」
「ねえ! どうして左京は学校に来たの?」
左京の発言を遮って疑問を投げつけた。またうだうだ会話をしてうやむやにされたまま聞き逃したくはなかったのだ。
「……知ってどうするんだよ」
「だから明後日なんだって、自分もそうなるかもしれないんだから知っておきたいじゃん」
私か、二花か。どちらになるのかは分からないが、左京以外に次の日も一人で学校に来た子はこれまでにいなかった。そんなイレギュラーがあるなんて誰も言っていなかったのだ。
今日をのぞけばあと残り二日しか二花とは一緒にいられない。そんな中、不安を抱えたままいたくなかった。
「…………納得できなかったんだよ」
「なにが?」
「全部だよ、全部。なにもかもが納得できない」
「なにそれ左京のくせに子どもみたいなこと言って、どうしたの?」
普段なら納得できないと言う相手を鼻で笑うような奴なのだ。
「うるせえよ! お前が聞いてきたんだろ!」
「なんで怒ってるの?」
彼が感情のまま声を荒げる姿なんてはじめて見た。
「だっておかしいだろ! なんで、なんで右京が死ななきゃならないんだよ、なんで俺が生き残ってんだよ、なんで俺が右京を殺してるんだよ、なんで右京が死んだってのにどいつもこいつも平然としてんだよ! お前もだよ! なんでお前も当然のように受け入れてんだよ。おかしいだろ、おかしいだろうがこんなの! なんでこんなことが起きるんだよ、なんで俺たち――俺が右京を殺さなきゃならなかったんだよ!」
慣れない絶叫をしたせいで苦しそうに息を切らせた左京の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
必死な彼の様子に可哀想だなという気持ちがわいたが、それでも言っている内容は私にはさっぱり理解できないものだった。
「だって、そういうものでしょ? 今更どうしたの?」
左京は、まるで崖から突き落とされたような、宇宙人とでも会話をしているかのような、そんな顔をした。
「……………………だよな」
諦めが込められた声音は左京らしいものではあったけれど、何かとても言ってはならないことを自分が口にしてしまったような気がした。
どうフォローすればいいのか分からないけれど、とにかく慰めた方がいいのだろうか悩んでいると、ふらふらさせていた右手を二花にぎゅっと握られた。
私はいつも彼女に手を握られる瞬間に、きっとこれが私たちの正しい形なんだなと思う。私と二花は手を繋いでいるのが、一緒にいるのが正しい形なのだ。
「左京、もう来ない方がいいよ。このまま学校に来る限り同じ思いをすると思う」
二花の言葉がそうさせたのかは分からないけれど、次の日、左京は学校に来なかった。
今日の夕飯は豪勢だった。なにせ、家族四人で過ごす最後の夜だ。
テーブルの上には私と二花の好きなものばかり並んでいて、デザートにはお気に入りのケーキ屋さんの宝石みたいなホールケーキまで出てきた。
いちいち葬式をしていられない現代では、こうやって十八歳の誕生日の前日に家族で精一杯お祝いをするのが一般的だ。
お父さんもお母さんも大好きだよ今までありがとうと何度も何度も私たちに言った。ちょっとおおげさだなと思ったが、親孝行もしておこうと思ってこちらこそありがとうと、ちゃんと口にしてみた。
お風呂には前に友達がくれたバスボムを浮かべた。甘い花の香りが浴室に充満して気持ちが良かった。風呂あがりに自分の肌の匂いを嗅ぐとほのかに良い香りがした。自分から良い香りがすると、とても嬉しい気持ちになるものだ。
満足した気持ちのままベットにもぐり込んでアルバムをめくっていると、二番目にお風呂に向かった二花が部屋に戻って来た。二花は私よりきっちりしているので部屋に戻ってくる時にはもう髪の毛をちゃんと乾かしている。
「どうしたの一花」
二段ベッドの下段でアルバムを眺めている私に気づくと、二花は不思議そうな顔をした。
本来であれば私は上の段で寝ている。子どもの頃どうしても上段が良かった私は、泣き落して二花に譲ってもらったのだ。
「私は今日寝ないから、二花も寝ないでね。ここで朝まで話そう」
「嫌だよ、明日寝不足で過ごさなきゃいけなくなるじゃん」
そう言うと、無情に二花は私から布団をひっぺがそうとした。
「やだやだやだ! だってこうやって一緒にいられるのは最後なんだよ」
「だからなに」
「二花は情緒がないよ! 私のくせに!」
「私は一花じゃないよ」
「二花は私でしょ? それで私は二花だよ」
「……そうだね」
渋々だが同意した二花は部屋の電気を消すと、私のいるベッドにもぐり込んできた。
「真っ暗にしたら寝ちゃうかもしれない、ちっちゃく明りつけてよ」
「私のくせに我儘だなあ、眠くなったら寝ちゃいなよ」
意地悪なことに二花は明りをつけてはくれなかった。まあでもそれくらいはいいだろう。
「左京、今日は学校来なかったね」
「……うん」
「昨日さ、左京がなにを言いたかったのか二花には分かる?」
どうしてあんなに彼が怒っていたのか結局よく分からないままだ。
「ううん……私にも、分からない」
二花は理解していたような気がしていたので少し意外に思った。でも、彼女が言うならそうなのだろう。それに、それよりも話したいことがあったのを思い出した。
「知ってた? 一波さあ、右京と付き合ってたんだって」
「ああ、だから一波まで今日学校休んでたんだ」
「馬鹿だよねえ、十八歳前に誰かと付き合うなんて」
どちらがいなくなるのか分からないのだから、恋するのも、ましてや付き合うのなんて今するべきことじゃない。もしかしたら一波は残るなら右京だという自信があったのかもしれないが、結果はご覧の通りだ。
「一波って早生まれだっけ、右京と半年も差があるから焦ったんじゃない?」
「離れている間に取られちゃうかもって?」
誕生日とともに私たちは学校を卒業する。そして、希望や適性によって職業別にコースが別れ、それぞれの進路をすすんでいくのだ。そうすれば今までのように同じ教室にはいられなくなる。それに、人によってはそこで一年近くの差ができる。
変だなと思うが、学校だけは昔の形態のままなのだそうだ。今に合わせて変えちゃえばいいのにと私は思うのだけれど、そうそう簡単に変えられるものでもないらしい。
「実際どうかは知らないけど、焦ったのかもね。検査やら進路やらで忙しくなるし、しばらくは連絡も取れないようになってるし、その間に、とか。それに一波は……右京だって信じてただろうしね」
「いやまあ、確かに私も右京なんじゃないかなあとは思ってたけどさ、予想なんて全然役に立たないじゃん。それにその考えって左京にも右京にも失礼だよね」
「自分だって思ってたのに?」
「思ってたけど! 一波とは状況が違うよ。だって一波は、行動にうつしてるじゃん。どうせ、右京ならきっと大丈夫だよ。とかそんなことをヒロインみたいに泣きながら本人に言ったと思うんだよね。うん、一波ならそんな気がする。私だったら、例えいいなあって思ってる相手でも二花じゃなくて一花が残るから大丈夫だよなんて言われたら許せないもん。だって、二花は私だよ。よく右京は一波と付き合ったよね。それもちょっと信じらんない」
「右京がなにを考えてたのかは……私にも分からないな」
左京と右京は、顔はそっくりなのに性格はあまり似ていない珍しいタイプの双子だった。右京は爽やかなスポーツマンタイプで、裏表がなくて、人の中心にいるのが似合う男の子だった。
将来についてもちゃんと考えていて、学校の先生になりたいと誰かと話していたのを私も聞いたことがある。隠しごとをしない人だった。だから誰にも伝えずに隠れるように一波と付き合っていたという話を聞いた時は驚いたのだ。
「ねえ……なんで左京だったんだろうね」
「さっき失礼だって言ってなかった?」
「いやそうじゃなくて、なんかさあ、基準? とかって本当にないのかなって思って。だって世の中がこうなってから何年もたってるのに、統計? とか取れてないのおかしくない?」
「それはそうだね……どうしたの? 変なものでも食べた?」
本気で心配そうに二花が言うから怒る気もおきなかったけど、抗議のために彼女の二の腕をちょっとつねる。
「私のこと馬鹿にしすぎじゃない?」
「ごめんごめん許して」
ちゃんと二花が反省しているのが分かったので二の腕から手を放す。
「……二花さ、自分だと思う? それとも私だと思う?」
子どもの頃からそれがいつか来ることだと分かってはいるのだが、いざ明日となると少し怖くなった。死ぬ、のもちょっと怖いし、二花が隣からいなくなるというのはもっと怖い。
「……一花は?」
「私が聞いてるんだよ、二花」
「そんなの考えたって仕方ないでしょ」
「でも、だって考えるでしょ?」
そういうものだからどうしようもないのだが、二花がいなくなるなんてどうしても想像がつかない。
「二花がいなくなるなんてたえられないよ」
口にしてしまうと気持ちが込みあげてきて、涙が目からこぼれた。タオルケットに顔をうずめて涙をすい込ませる。身体が熱い。きっと二花には泣いているのがばれているだろう。
黙ってタオルケットで涙を隠していると、もぞもぞ隣から動いてる気配を感じた。どうしたのだろうと思った瞬間に、二花の両腕がぎゅっと私を抱きしめる。
「私も、一花がいない毎日なんてたえられないよ」
私が強く抱きしめ返すと、二花も両腕にもっと力を込めた。少しの間、私と二花はじっと黙ったまま一つの生き物になろうとするかのようにお互いを強く抱きしめた。
「左京はきっと……すごく右京のことが好きだったんだと思う。ひねくれてるからそんなところ誰にも見せなかっただろうけど」
腕の力をゆるめると、二花はそんなことを言った。
「私だって二花のこと大好きだよ! 二花もそうでしょう?」
「勿論」
「じゃあやっぱり分からないじゃない」
「……一花は、さ。未来に不安ってある?」
「あるよ。明日、二花がいなくなるかもしれない」
即答すると二花は苦笑した。
「それ以外で」
二花以外で……と考えると、とくになにもない自分に気づく。そもそもが楽天家なのだ。思い悩むなんてこととは縁がない。
「えーっと、二花は?」
「聞いたのは私だよ、一花」
さっきの仕返しのように含みのある笑い方をされた。周りからは私が二花を振り回していると思われているが、やっぱり二花は私なのだ。
「……とくにないです」
「そんな気がした」
分かっていながら聞いてくる意地悪さにむかっときてくすぐり攻撃をすると、二花もやり返してきた。負けじと私もくすぐり返す。そうしている内にいつの間にか私は眠ってしまった。
本当は朝まで起きているつもりだったのだが、二花とじゃれている内に疲れたのかうっかり眠ってしまったのだ。
誕生日の朝は、いつものアラームで目を覚ますことになった。
起きた瞬間に悔んでうめいている私を見て二花は呆れた目をしていた。
朝ご飯も私と二花が好きなものでいっぱいだった。それが起こるのは正午なので、これが人生で最後の食事になるかもしれない。そう思うと、いつもよりゆっくりご飯を食べていた。
正午までに施設に向かわなければならないので、食後のお茶もせずに身支度にうつった。
せっかくだから自分が一番可愛く見える格好をしたいと思い、二花とお揃いのワンピースを選んだ。血まみれになってもいい服装を、と言われてはいるのだが、二花とお揃いができるのは最後なのだからいいのだ。
別れるにしても、死ぬにしても、可愛い自分の方がいい。
どうあっても片割れを殺そうとするそれからは抗えないのだと世界が諦めた結果、誕生日の正午には施設に集まってそれが行われるようになった。
避けられないことなのだとしても人が人を殺す瞬間など誰も積極的に見たくはないのだ。
双子一組に一部屋与えられ、誰の目もない場所でそれは行われる。部屋には鋭利なナイフが置かれていて、その瞬間になれば自動的にそれは起こるのだそうだ。
せめてもっと苦しくないようにと試行錯誤された時代もあったらしいが、どうしてか銃や薬ではそれは起こらず、いつもナイフなどの刃物が使用された。
「大好きだよ二花」
「大好きだよ一花」
家を出る前に二花を抱きしめる。次にこの部屋に戻ってくる時にはどちらかがいないのだ。
施設は無機質な建物だった。白と灰色のコンクリートでできた建物は病院ともまた雰囲気が違っていて、とても陰鬱な気配がした。
案内されて入った部屋は、机が壁際に一つある以外はがらんとしていた。
殺風景で窓のない部屋だった。置かれている机は年季がはいっているようで染みがついている。机の上にはナイフが一本置かれていた。
「あと何分?」
「十分」
「こんな感じなんだね、なんかもっと特別感とかあるんだと思ってた」
「まあ、毎日のことなんだろうしこんなもんなんじゃない?」
「案内してくれた職員さんめちゃくちゃ無表情じゃなかった? ぴくりとも動かないの」
「仕事なんだからそんなもんでしょ」
「……ねえ、二花。私に何か言っておきたいことってある?」
「もう昨日散々話したじゃん」
「話したけどさあ、だってあとちょっとしか時間ないし」
「一花は?」
「私? 私はね…………二花のことが大好き」
「それはさっきも聞いたよ」
「だってこれが一番言っておきたいことだもん。二花のことが大好き大好き大好き」
と、私がまだ繰り返そうとしたところで正午のチャイムが鳴った。
冷水を浴びせられたような気持ちになる。手がかすかに震えた。だが、時間になったというのに何も変化が訪れない。何かこう、スイッチが入って、私が私ではなくなるのではと思っていたのに何も起こらないのだ。
「ねえ、二花これ私ってどうすれ、ば――」
お腹がとても熱かった。痛いよりも、ずっとずっと熱かった。
「あー、そっか。残るのは二花か……」
立っていられなくて崩れ落ちるように床に倒れ込む。横になった視界にナイフを手に持ってぼうっと立ちつくしている二花の姿が見えた。
「うん……そうみたい」
「……なんで?」
ただ純粋な疑問だった。二花を恨んでいるのではなく、当事者になった彼女なら答えを持っているのではないかと思ったのだ。
「多分、私が死にたかったからだよ」
「……え?」
「私、死にたかった。ずっと死にたかった。だって生きていたくない。こんなめちゃくちゃな世界で、大人になんかなりたくない。でも、だから、そのせいなんだよ。死にたい方が嫌でも長く生死について脳が考えてるから……こうなっちゃうんだよ」
二花は私を刺しても泣いていなかった。ただぼうっと倒れる私を眺めている。
人が世界を狂わせたのか、世界が狂ったから人も狂うしかなかったのか、どちらなのかは私には分からない。でも、どうやら世界も人も狂っているらしいということは分かった。左京の叫びの方が正しかったのだ。
さっきまで、あんなに熱かったのに今はとても寒い。
「二花……大好きだよ」
最後の力をふりしぼって二花に声をかけると金属がぶつかるような音がした。なんの音だろうとぼんやりした頭で考えていると、二花が私の身体を抱き起こす。
「一花、一花、一花」
答えてあげたいけれど、もう返事もできない。
二花はこれからどうするんだろう。左京のように泣くのだろうか。それとも、皆のように普通に大人になるのだろうか。
べったりと血で服を汚しながらも私を抱きしめる二花がいつか笑えるようになればいい――そう、願い、気づく。
なるほど、私は確かに生死への執着が強くなかったのかもしれない。
最後に微笑みを浮かべて、私は眠りについた。
生きたい ひわたしつばめ @nokishitatsubame
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