第2話 佐伯くんは多分表情筋が死んでいる
「気になる、とは」
佐伯くんが真顔で私に尋ねてくる。その答え、できれば私も知りたい。気になる、とは一体。
「ええーっと、それは〜、」
気になるっていうか、さっき初めて名前出てきたんだけど。それくらい興味ないんだけど。
持ってない答えは出せない。助けを求めてえっちゃんをちらっと見ると、えっちゃんはテーブルに置いたスマホを見ながら
「好きなんじゃん?」
などというとんでもない大嘘をつきだした。
「あ、そうなの」
「えっ! いや! ちがう!!」
リアクションの薄い佐伯くんに私が大慌てで否定すると、えっちゃんはスマホをなにやらポチポチと触ってから、
「ごめーん夕梨香、旬がもうすぐ仕事終わるっていうから、あたしそろそろ帰るね」
と、立ち上がってしまった。
「えっちゃん!?」
「あ、佐伯ちょっと悪いんだけどさあ、途中まででいいから、夕梨香のこと家のほうまで送ってあげてくれない? 大通りのほうを通るんだけど、この子ナンパを断るのが絶望的に下手くそなんだよね。あたしのポテト、残りあげるからさ。じゃあね夕梨香、おつかれ〜」
「えっちゃんさまああああ!!」
えっちゃんは、流れるようにそれだけ言うとポテトを置き去りにして本当に帰っていってしまった。
残された私はどうすれば。
あるのは二人分のポテトと紙コップと、まともに話したこともない佐伯くん。佐伯くんは、えっちゃんの残していったポテトの袋を覗き込んで
「二本しかないし」
と言いながら二本まとめて口に放り込んだ。
「あの、なんか、ごめんね佐伯くん、えっちゃんが……」
取り敢えず、恐る恐るそうっと話しかけてみる。佐伯くんが私を見るから、目があった。横長の四角いメガネ、フレーム細いな。
「いやいいよ、まあ、島谷だし」
佐伯くんって、表情筋が死んでるんだろうか。笑うの嫌い? 苦手? なのかな。そして佐伯くんのなかのえっちゃんってどんなイメージなんだろう。島谷だし、で済むんだ、今の。
「谷口さんは食い終わった? それ」
それ、とテーブルを指されて、見れば私のポテトはまだちょっと余っている。
「あ、まだあるけど、ちょっとだけ。いる?」
私が袋の口を佐伯くんのほうに向けると、佐伯くんは
「いや、送っていけって言われたから、それ食い終わらないと帰れないから」
だから早く食え、と。
「あ、ハイ。食べます」
冷えてきたポテトを一本ずつ取って慌てて口にぽいぽい突っ込む。っていうかちょっと待って。
「あの……佐伯くんさ、大丈夫だよ、送らなくても。私も流石にひとりで帰れるし」
わざわざ本当に送ってもらう必要なくない? よく考えたらえっちゃん過保護だな。
「でも、ナンパで絡まれるんでしょ」
「絡まれることも時々あるんだけど、毎日じゃないし。えっちゃんの断りかたならいつも見てるから、多分大丈夫だよ」
だって歩いてる間に佐伯くんとなに話せばいいのかわかんないもん。それに、佐伯くんの家がどこなのかも知らないから、もし万が一反対方向だったりしたら申し訳なさすぎる。
「なら、帰るけど」
「うん。呼び止めちゃってごめんね。また明日ね」
「じゃあ、お疲れ、谷口さん」
佐伯くんは立ち上がって、椅子をもとに戻してから、なにも言わずにえっちゃんのトレーを片づけてくれた。
そのままフードコートを出たのを見送って、私も最後のポテトを食べ終える。紙コップの水を飲み干して、立ち上がった。
佐伯くんって、話せばそんなに怖い感じじゃなかったな。表情筋死んでたけど。お笑いとか見ても笑わないのかな。
さっきのことを思い出しながらてくてく歩く。小石を蹴り飛ばしてしまって、あっと思って足もとを見れば、ローファーがくたびれてきたのが目に入った。新しいの買おうかな。これまでは可愛いからと思って茶色を選んで履いてきたけど、次のはえっちゃんと同じ黒にしてみようか。
せっかく大通りまで来たところだし、ちょっと靴屋さんに寄り道――
「すーいませーん、彼女さぁ、ちょっといい? 今って学校帰りですか? その制服はどこの高校? 今からどっか寄るの? もし時間あったらさ、オレらとご飯食べに行かない?」
きたあ〜……。
なんで今日来るの。肩掛けかばんの肩紐をぎゅっと握りしめてそっと顔を上げると、目の前にはすーごーく体格のいいお兄さんふたりが通せんぼをしていた。やばい、いかついタイプの人たちだ。
「あ、いや、結構です……」
「そーんなこと言わないでさ、ちょっとだけいいじゃん。付き合ってよ。ご飯食べるだけ、ね? オレら奢るよ。なに食べたい? なんでも言って」
一歩下がると一歩近づいてくる。一歩右に避けようとすると一歩同じ方向に通せんぼされる。にこにこされたらされただけ怖い。
落ち着いて落ち着いて。えっちゃんの断りかたをちゃんと思い出して。そう、えっちゃんはこういうとき、いつも真正面から相手の顔を睨んでこう言うんだよ、それはそれはドスの効いた低〜い声で
「しつっっっこいな。本っ当に邪魔なんだけど。警察呼ぶぞゴルァ」
って。
でっ、できるわけないじゃーん!!
そうだった、そんなん私にできるわけないじゃん! ああもうどうしよう、道行く人たちが助けてくれたことなんて一度もないよ。こんなことならえっちゃんが言ったとおり佐伯くんに送ってもらえば良かった。これじゃ靴屋さんどころじゃないよう。
「あ、カラオケ好き? カラオケにする? 座ってゆっくり喋ろうよ、名前なんていうの?」
「ああいえあの、カラオケはちょっと……」
「じゃあそこらへんのファミレスとかどう? 歩いて疲れたっしょ、座ろうよ」
ああもうだめだあ、どうしたら……助けてお巡りさーん!!
「夕梨香!」
怒涛の勢いに押されて肩を触られそうになったとき、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。男の人の声だったから、パニックになりそうな頭でえっちゃんかなパパかなと思いながら振り返ると、なぜか佐伯くんだった。
「なにしてんの。それ知り合い?」
それ、とナンパしてきた人たちに指を向ける佐伯くん。すごい失礼な態度を取るのは、あれかな、この人たちに喧嘩売るつもりなのかな。
「し、知らない人……」
私が情けない声を出すと、佐伯くんは呆れたようにため息を吐いた。それから、ずかずか近づいてきて、私の腕をぐいっと掴んで自分のほうに引き寄せた。
「わっ、」
「終わったよ、買い物。待たせてごめん」
「へっ、」
わあああああめっちゃ抱き寄せられる!! めっちゃ抱き寄せられる!! なんか佐伯くんふんわり良い匂いする!!
「なに、彼氏?」
ナンパしてきたいかついお兄さんたちが機嫌悪そうに聞いてくる。そしたら佐伯くんは、もっとしっかり私のことを抱きしめてきた。なにこれやばいドキドキする。
「はい」
えっ。
「待ち合わせしてただけなんで。じゃあ」
佐伯くんは相変わらずの無表情でそう言うと、わたしの肩を抱いたままふたりを避けてすたすた歩きだした。なにこれなにこれなにこれ。
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