佐伯くんがよくわからない

夏緒

第1話 えっちゃんは格好良い

 揚げたてのフライドポテトは熱い。

 トレーの上に乗った、Lサイズの厚紙の袋に入ったそれを一本、指先でつまんでかじる。学校終わりのポテトほど美味しいものはこの世に存在しないと思ってる。

 賑やかなフードコートの端っこで、私は目の前の席に長い脚を組んで座ってるえっちゃんにそっと、

「あのさ、宇野くんがね、」

と声をかけた。

「ああ、」

 えっちゃんはまだ私がなにも言ってないのに、

「あれでしょ、昼休みにでっかい声で騒いでたやつ。ナマでやらせてくれない女だったから別れた〜、って」

と、私と同じように自分のポテトをかじりながら、おどけるみたいに宇野くんの真似をした。流石えっちゃん。お見通しだ。

「そう、それ。騒いでたっていうか、席が近いから聞こえちゃったっていうか……。えっちゃんさあ、ああいうのってどう思う?」

 恐る恐る親友さまのご意見を伺うと、なんでもぶった切ってしまうえっちゃんさまは今回も容赦なく宇野くんのことをぶった切った。

「え、糞だと思う。もしくは人の形をしたゴミだと思う。元カノって吉田ちゃんでしょ、そんなやりとり大声でばらされて可哀想。あと夕梨香は本当に男の趣味が悪すぎる。あれは席が近いからじゃなくて、教室中に聞こえてたよ。オレはバカでーす、っていう自己アピールなんじゃん?」

 がっくりと落ちそうだった肩が本当にがっくり落ちてしまう。

「やっぱそうだよねええ……」

 えっちゃんの言ってることは多分正しくて、私はきっと男子を見る目がない。あーあ、せっかくイケメンだったのに。彼女と別れたって話だったから、聞き耳を立てていたらこれだよ。

 彼氏が欲しいだけなのに、高二の五月はフライドポテトだけが美味しい。

「夕梨香さあ、宇野の顔が良いのはわかるけど、あいつ本当に顔しかないじゃん。いい加減顔だけで選ぶのやめな? まあ顔を気にすんなとは言わないけどさあ、あれは流石に中身スッカスカよ? チンパンジーのほうがまだ頭いいわ」

「それはあんまりだよえっちゃん」

「いやいや」

 私はもう一本ポテトをつまみながら、改めてえっちゃんを見た。

 えっちゃんは一年のときからずっと格好良い。

 おしゃれなショートヘアにいつもしっかりメイクをして、透明ピアスをつけている。ブレザーの制服の着方も、なにがどうなってるのかわからないけど、なーんか着こなしてるし、背が高くてスタイルも良い。モデルさんみたい。

 サバサバしてて、誰とでも仲良くできて、イケメンの社会人彼氏がいる。

 まさに理想。まさに憧れ。

 私とは大違い。

「えっちゃん格好良い」

 私がいつも通りまじまじとえっちゃんの顔を眺めると、えっちゃんはいつも通り呆れたように笑う。それからテーブル越しにこっちに手を伸ばしてきて、冷え性の指先で私の顎をくいっと引いた。えっちゃんが前のめりになってきて、顔が近づく。

「まーた言ってる。比べないの。この谷口 夕梨香って生き物が島谷 えつこのお気に入りなんだから、ヘンに変わろうとしないで。髪の毛ちょっと伸びたね、肩についてる」

「この長さ、毎朝の寝癖が芸術的なんだよね。やっぱり切ろっかなあ」

「いいんじゃん、そのまま伸ばせば。癖毛だからそのままでも可愛いよ」

 そう言ってえっちゃんはまたさっきと同じように椅子に座って、背もたれにしっかり体を預けながらもう一本ポテトを食べた。

「でも、宇野は駄目だって。あんなふざけたやつにあたしの可愛い夕梨香はやれないよ。下手に声かける前に本性知れて良かったじゃん、他を探しな」

「簡単に言わないでよう」

 紙コップに注いだ冷水機の水をちびちび飲む。私だってえっちゃんみたいにイケメンの彼氏が欲しいもん。でも、世の中そんなに甘くはないでしょ。だってさ、顔も良くて性格も良い人なんて、そうそういなくない?

「じゃあ、えっちゃんならどんな人がいいの?」

「あたし? あたしは旬だけいたらいいよ。夕梨香には〜、そうだなあ、佐伯とかどう?」

「佐伯くん?」

 佐伯くんは、えっちゃんのひとつ前の席の人だ。えっちゃんが教室の一番後ろの席で、その前が佐伯 圭一郎くん。男子の中でも背が高くて、短めの髪の毛に四角い銀色のメガネをかけてる。確かにイケメンかもしれないけど、クールというか、仏頂面というか、話しかけにくいというか、タイプじゃないというか、なんていうか……

「喋ったことないんだけど……」

「いや、あんた宇野ともろくに喋ったことないでしょ」

「そっ、そうだけど、でもなんか佐伯くんてさ、怖そうじゃない?」

 そうなのだ、なんとなく怖そうなんだ。近寄りがたいというか、硬派というか、なんていうのかわからないんだけど。でも、そういえばえっちゃんは普通に話してた。でもでもそれは多分えっちゃんだからだ。

「別に、そんな怖いやつじゃないよ。どっちかっていうとインテリなんじゃん? だからまあ、夕梨香の趣味とはちょっと違うかもしれないけど。夕梨香は陽キャ好きだもんね、話しかけられないくせに」

「ひと言余計――」

「あ、噂をすれば。おーいさーえーきーい!」

 えっちゃんが声を張って遠くに手を振った。振り返ると、フードコートの向こうを歩いていたらしい噂の佐伯くんがこっちを見ている。えっちゃんが大きな声で呼んだから、佐伯くんはこっちに向かって歩いてきた。


「声がでかいよ島谷。周りに迷惑だろ。と、谷口さん。こんにちは」

「あ、こんにちは」

 寄ってきた佐伯くんに、全然にこにこしない顔で挨拶された。近くに立つと佐伯くんってほんとに背が高い。私もそんなに低いわけじゃないけど、でも今、すごい見上げてる。佐伯くんは肩掛けかばんをちゃんと肩に掛けていた。宇野くんはいつも肩掛けかばんは無理やり背負っている。

 えっちゃんは佐伯くんと私のやりとりに笑った。

「いやいや、さっきまで同じ教室いたし。こんにちはじゃないでしょ。佐伯こんなところでなにしてんの」

「島谷がでかい声で呼ぶからわざわざ寄ってやったの。きみらはなにしてんの」

「ポテト食ってんの。ほれ、佐伯にも一本やろう」

「どうも」

 佐伯くんはえっちゃんの差し出したポテトを受け取った。あれ多分しなしなのやつ。えっちゃんしなしな嫌いだからな。

「ところで佐伯さあ、」

 えっちゃんがもぐもぐしながら佐伯くんに、まあ座んなよと隣の席の椅子を指したから、佐伯くんはその指された隣の席から椅子を持ってきて私たちの間に座った。

「なに」

「うちの夕梨香いらない?」

「は?」

「へ?」

 えっちゃんの言葉が理解できない佐伯くんと私は疑問の声を揃えた。えっちゃんは佐伯くんに向かってにっこり笑う。

「夕梨香って谷口さん? いや、いらんけど。なに?」

 しかも速攻でいらんって言われた……。なにこれ、ここはいきなり事故現場なの? 突然すごいナイフ飛んでくるじゃん。

 えっちゃんはぶっ刺された私のことをお構いなしに、私にさっぱり理解できない私の話をする。

「やー、実はさ、夕梨香が佐伯のこと気になるんだって」

「え、私そんなこと言ってな……」

 咄嗟に否定しようとすると、佐伯くんが私を見る。えっちゃん一体なに言ってんの。そんな、こんなほぼ赤の他人です状態の人にそんなこと言ったら気持ち悪がられちゃうじゃないの、佐伯くんすごいこっち見るじゃん。そしてもしかして違うって言ったらこれは失礼だったりする……!?

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