2-21 友だち
「本多さん、いらっしゃいませ」
「お邪魔します、先生」
カウンターで新しく入荷した書籍のバーコード貼りをしていた土居原先生に、自分は軽く会釈して挨拶を返すと、図書室内を見渡した。
一教室ほどの小さな図書室だ、一度右から左へと視線を動かせば大抵のものは見逃すはずはない。しかし自分は何度も視線を左右に動かし、蕪木の影を探す。いつもなら丘に立つ一本の木のようにすぐに見つけられる存在を、今日は見つけられなかったからだ。
「蕪木さん、今日は来ていませんねえ」
「……そう、なんですね」
蕪木を探していることを察したのだろう、土居原先生は自分へ教えてくれた。
あの蕪木が姿を見せないほどの大事な用となれば、十中八九部長とのデートだろう。
「…………」
心がすうっと冷たくなる。
そこにあるはずの存在がないことが今は喜びであるはずなのに、どうしても哀しく思えてしまうのは、自分勝手なのだろうか。
そんな自分の思いを察してか、土居原先生は作業の手を止めると、自分へと問いかける。
「本、貸りていきますか? それとも、私で良ければお話の相手になりますが」
「うーん。せっかくのお誘いですが、今日は帰ります」
「分かりました。また、来てくださいね」
結果として冷やかしになってしまった自分を土居原先生は責めるようなことは言わず、年齢故に浮かべられる柔らかな笑顔で自分を見送ってくれた。
図書室で過ごさないとなると時間を持て余す。あまりに図書室で過ごすことが当たり前になりすぎて、それ以外のことを考えてこなかったからだ。
「しょうがねえな」
オカルト研究部の集まりの無い今日、万次郎はおそらくショッピングモールの雑貨屋でバイトをしているはずだ。 そこに冷やかしに行ってやろうと決めた。
その時、電話がかかってきた。
画面に映された名前は蕪木わた。
自分は思わず落としそうになったスマホをしっかりと持ち直し、左耳に当てた。
「わたし蕪木わた。今大ちゃんの隣に居るの」
「……分かっていたし、分かっているからわざわざメリーさんのように電話を掛けてくるんじゃねえよ」
「あら。せっかく冗談を言ってあなたの心を和ませてあげようかと思ったのに。ユーモアがないわね」
「悪かったな」
「ええ。今度ユーモアが身に着く参考書を貸してあげるわ」
「…………」
貸してあげるって。持っているのかよ。
「というか、部長と一緒に居るならなんでおれに電話を掛けてくるんだよ」
「あら、いけなかったかしら。こちらとしては大ちゃんに許可を取ってからあなたに電話をしているのだけれど」
とまるで落ち度がないかのように言う蕪木に、自分は額に手をやった。
いや、一緒に居る部長に対しての礼儀としては正しいのかもしれないが、自分が言いたいことはそうではない。
「友だちのこと、大切にしなきゃダメだろ」
「ええ、そうね。……だからわたしはあなたに電話を掛けているの」
「っ!」
「……前、あなたと行ったカフェに居るわ。あまり待たせないでね」
と言って蕪木はこちらの返答を待つことなく電話を切った。
あまりにも身勝手な電話。普通なら無視しても差し支えのないものだろう。
だけど、
「だから、か」
蕪木わた。まったく、卑怯な奴め。
そんなこと言われてしまったら、行くしかないじゃないか。
今なら素直に気持ちを伝えられるのに 在原正太朗 @ariwara0888
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