2-20 目を逸らせない事実
ここからはこの話のオチというか、蕪木わたにとっての後悔に対する一つの決着である。
翌日、いつも通り事の
粗方のことを話し終わったところでようやく神様はこちらに視線を向けた。そして、
「良かったですね、蕪木君。あの子は入学した時からずっと気になっていましたからね」
とまるで自分は何もしていないと言うように、笑ってそう言った。
ただよほど上機嫌なのかもう充分に混ざり切っているというのに、神様はカップの中のスプーンを回し続けている。
「あ。君も飲むかな?」
「やめときます。お腹壊しそうなんで」
「おやおや。
と言いつつも表情を崩さない神様は、意地悪のつもりかマグカップを取り出し始めたので自分は本気で断りを入れた。
アルコールランプとビーカーで沸かしたお湯で作ったコーヒーだ。もちろん薬品はきっちり処理して洗浄はされているのだろうが、流石に飲む気にはなれない。
何よりだ、今は神様が淹れてくれるコーヒーよりも気になって仕方ないものがある。
「けしかけたんすか、蕪木に?」
「はい?」
「いや、あの後考えたんですけど、蕪木がこの紙のこと、誰から知ったのかって」
確かに、この紙に存在についてはごく一部の生徒の間で噂になっている。しかし、その多くはオカルト好きとかSNSでたまたま目にしたとか、本気で後悔を消したいと思ってくるやつはいない。
本気で後悔を消そうと思って訪ねてくるのは、丁寧にも神様から招待状をいただいてから自分のところに来る。
だが、蕪木はと言えば素直に招待状を受け入れるようなやつじゃない。だからけしかけたんじゃないのかって思ったのだけれど。
「君は探偵に向いているんじゃないかな?」
「蕪木にも言われましたけど、絶対無理です」
「そうかな? コメディアンよりもかなり才能あると思うけどね」
「……あんたまで言うかなー」
と言ってみるが、神様の言うことだ。正しいことなのだろう。
自分はわざとらしくため息を吐くと、神様は苦笑いをしてコーヒーをすする。
「しっかし、万次郎君の言う通りだったねえ」
「? 何がですか?」
「仲介人さ。君の方が向いていると言われたものだから、半信半疑で任せてみたのだけれど最適だったねえ」
「……そうは思いませんけど」
本当にこの仕事に最適な人材なのだとしたら、もっと早く蕪木のことも部長のことも気づいていたはずで、もっと傷が浅いうちに後悔をなくすことができたはずだ。
「そう
「そういうことに、しておきます」
自分はそう言って無理矢理この話を打ち切ろうとしたのだけれど、頭の中には嫌でも神紙のことが思い浮かぶ。
神紙が、あの紙がなければ蕪木は伝えることすらできなかった。そして、同時にあの紙があったからこそ伝えることができた。
これまで何度も確認してきた事実だけれど、ずっと見て見ぬふりをすることができていた。
だけど、二年と三ヵ月。言葉を交わすことがなくても共に時間を過ごしてきた蕪木のあの顔を見てしまっては、もう目を背けられない。
「君も使って良いんだよ」
「……考えておきます」
「あっはっは。それしか言わないね」
「そういうものでしょ、この時期の人間は」
最大限の皮肉を込めて言った。しかし、
「……そうなのかもねえ」
一ミリだって共感していないのだろう神様は、作り笑いを自分へと返された。
何千年と生きているであろうに深い皺の出来ない笑顔が酷く憎たらしくて、まともに挨拶もせず自分は準備室を後にし、図書室へと向かった。
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