第5話 わたし わかりましたわ

 翌朝のこと。


「おはよう」


 開店後すぐにいつもの席に座る常連さん、近所でバーを経営しているイシザカさんが来た。


「おはようございます」


 いつものでいいや、と言われて、私はクランベリージュースを用意する。

 いつもの以外、出したことないんだけど。


「おはよう、イシザカちゃん」


 店をひらいている者同士、店長とは仲がいい。長年のお付き合いだそう。お店を終わらせてからここで店長と何か話して、帰宅、が、いつもの流れ。


「斎藤さんも、楽しくなってきたかな、仕事」


 私のことも、こうして見ていないようで見てくださっていて、たまに助言をくださったりする。


 それと。


「おかげさまで」

「いい顔になってきたもの。

 ちょっといいこととか、あった?」


 きた。

 いつもの。


「……でも斎藤さん、


 この時いつもイシザカさん、私のことをへんにじっと見る。

 不快な視線ではないんだけど、

 なんか。

 観察されているような。悪意は感じないけど。


「やあね、うちの斎藤さんに、セクハラ困るわー」

「あははは」

「いやあ、ごめんねー」


 いつも、店長の奥さんか店長がまぜ返して、笑って終わる。私も笑う。


「じゃ、また」


 そして、モーニングで混みはじめるあたりにお帰りとなる。


「ありがとうございます」

「あ、斎藤さん、」

「はい」


 ここで私に何かひとことあるの、実は珍しくはない。


「都子さんのことなんだけどさ、」

「はい」


 でも今朝は都子さん、と言われて緊張した。

 いい忘れてたけど、都子さん、イシザカさんのバーによく行くって聞いてたんだ。


「あんまり驚かないでね。

 本当に落ち着いたら、俺から連絡先教えるように、て言われてたんだよ」

「はい」


 

 やっぱり


「その時まで、もう少し待ってね」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、彼女を助けてもらって……惜しいなあ、先約がなあ」


 サハラさんの事を知ってから、ようやくイシザカさんのことに気がついた。

 いつもかけられる、いつもの言葉とか。

 知ってみて、はじめて見えてくることって、あるのね。


「斎藤ちゃーん、」


 店長に呼ばれた。

 そうだ、混んできたんだ。


 * *


 それからいつもの時間、いつものようにサハラさんから配達を受けとった。


「昨日はすみません、斎藤さん」

「いえ、こちらこそ。

 あの、」


 そこに店長が、いつもの勢いであらわれた。


「よお、サハラくん、斎藤ちゃんから聞いたよ。ご近所だから遠慮しないでね。

 これからも、よろしくね」


 そして、サハラさんに、両手握手。


「わあ、優しい人は手がつめたいね!

 ほらほら、お店一同!」


 奥さんも私も、続けて握手。

 サハラさん、戸惑っていたけれど、嬉しそう。

 それにしても店長、なぜかコーヒーの配達が好きだ。よその職場を見るのが楽しいそうで。


「で、サハラさん。都子さんの、」


 私は私で、さっきの件を伝える。


「……ああ、イシザカさん。

 あ、クランベリー……」


 サハラさんにはそれで通じたみたいで、


「よかったです。

 では、また明日」


 て、少しだけ笑って、いつものように行ってしまった。


「またそのうち、お話しできたら」


 そうも言っていたから、この先も知らなければいけないことは、あるんだろうな。


 私は、そこでちょっと思った。


 いろんな事情がわかったけれど。

 やっぱり、都子さんの話が聞けるのは嬉しいし、イシザカさんとサハラさんが来てくれる毎日が好きだな。


 * *


「斎藤ちゃん、お疲れ様」


 モーニングが落ち着いて、ランチの支度に入る少し前の休憩。


「いいなあ」


 私、思わず口に出た。


「どうしたの」


 奥さんが、紙ナプキンを補充しながら。


「ユリさん、私も、誰でも入りやすいお店をやりたいな。

 いろいろ難しいときや、こわいときもあるけど」


 難しいときや、こわいときもあるけど。


「あはは、いいね」


 天気雨が降ってきて、窓ガラスの向こうはぼんやり明るかった。

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斎藤さんの昼と夜 倉沢トモエ @kisaragi_01

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