第4話 わたし あらためましたわ

「退魔組織にとって、僕はグレーゾーン扱いというお話はしましたね」


 そうね。血液製剤の配達に関わって、人間と吸血鬼の間にいるから。


「グレーゾーンではないと見なしたものに、近ごろ彼らは非常に厳しくなりました。

 都子さん、どうして捕らえられたか想像できますか?」

「全然」


 私、去年あたりはいろいろ不馴れな一人暮らしで、断水の日にそのこと忘れてたり、都子さんには面倒かけちゃってばかりだったから。あんなにいい人なのに。


「あの日、都子さんはお友達の方からなにか喜ばしいお話を聞いたそうなんですよ。

 実はあの方、あまり嬉しいことがあると、甘咬みする癖があって」

「……」


 甘咬み。

 ……仔犬?


「……あの、お尋ねしにくいんですけど……」

「相手の方は、強めのスキンシップかと考えたようです。傷も都子さん、ほとんど残さなかったし」


 よかった。


「都子さん、たしかにふだんからハグ多めだから、ほんとに悪気なくだと思います」


 感激屋さんだよね。

 でも私咬まれてないし。


「斎藤さんは、咬まれてませんよ」

「わかりますか」

「ええ。同類が見れば」

「どこでわかるんです?」

「それが説明しづらくて」


 人間にはない感覚が関わる話らしい。


「都子さんとお家を行き来するくらいお親しいのも、実はわかってました」

「私の話、都子さん、してました?」

「いいえ。それも、」


 同類が見ればわかる話らしい。


「そこで、お話ししづらいのですが、これはお伝えしなければなりません。

 許可がなければ、吸血鬼は〈家〉に入れない、という伝承を聞いたことはありますか」


 ホラー映画で、たまにみるやつだ。


「都子さん、何度もいらっしゃいましたよ?」

「そうなると斎藤さん、都子さんに許可を出したことになりますので、他の同類から見れば、あなたは『都子さんのもの』、と、見なされるんです」

「……」


 知らない間に、私、獲物だった! いきがかりとはいえ、まいったな。

 そのくらい仕方ないか。先日のあの場面でさえ、そういうことは都子さん、絶対しないでくれたんだし。

 疑問がひとつ。


「お店とか、会社は、そのルールじゃないんですね?」

「その方を保護している〈家〉であるかどうかが分かれ目なのです。不特定多数の出入りがある場所は、……その………狙いを………見つける場なので……」

「ああ、言いづらい件ですね、わかりました」


 怖めの展開にもなりそうなので、このへんにしておく。


「しかし、よい面もあります。こうなれば、ほかの同類の誰からも、斎藤さんには手出しはできないことになります。そういうルールです」

「ということは、私、安全だったのね?」

「はい。幸い都子さんが、たまたまああいう方でしたので安全でした」


 そして、ひとつ思い出したことがある。


「こないだ、サハラさん、」

「……はい」


 なんでまた顔赤くするのよ。

 こないだ、都子さんのことで涙が止まらなくなった私を、落ち着くまでサハラさん、部屋に来て見ててくれたんだ。


「そうです。先日はうっかりお招きされてお邪魔したので……斎藤さんの担当は、都子さんから僕になりました。

 少しだけ、特別な関係になりましたけど……」

「えっ?」


 どういう意味かな?


「あ、いやいやその、もちろん、僕も咬みませんからね? これまでと変わりないですからね?」


 慌てなくていいのに。


「じゃあ、安全ですね」

「安全です!」

「なんか、サハラさんなら、安心です」


 だから、なんでそこで顔赤くするのよ。

 店長が、へんなこと言ったからだよね……


「でも、どうして退魔組織の人はあそこまで厳しいのかしら」

「そこなんです」


 急にまたサハラさん、真顔に戻る。


「斎藤さんも、ここまで聞いてきたからには、心にとめておいて欲しいんです」

「はい」

「やはり、残念ですが危険はなくなっていないということなんです。

 これは、弊社で昔起こった事件なんですが、」


 昔、血液製剤の配達は、事情を理解した人間のスタッフもいたのだそう。


「危険手当もかなりついて良い仕事でもあったのですが、我々も、油断していました。

 長い間、その人はとある配達先を何事もなく担当していたのですが……


 ある日、配達先から帰らなかったのです」


「……」

「退魔組織が動いたところ、配達先には誰もいませんでした。

 そしてお気の毒に、いなくなったスタッフは床下で見つかりました」


 いきなり重い話がきた。


「僕から見ても許しがたいことです。吸血するにも命を奪わない方法がいくらでもあるのに。

 その利用者は後日発見され、消滅させられました。

 以来、血液製剤の配達担当に人間は外され、僕と、もうひとりがなんとかやっています」

「……ちょっと怖かったです」

「ごめんなさい。

 でも、これが現状です」


 よくわかりました。


(自分の立場からの景色だけが事実だと思いたがる人が)


 組織のことを都子さん、そんな風に言っていたけど、あちら側からすれば、それもやむを得ないところがあるんだな。そんなもんだわ。

 都子さんは都子さんで、あれだけ気をつけて生活してるのにどうして、て思いも出てくるよね……


「だけど、斎藤さんは大丈夫ですからね。

 ただ、注意点も知っていてほしいんです」


 今日もまた、いろんなことを知ってしまったなあ。

 私も、怖いと思ったら全力で逃げなきゃいけないときもあること、覚えておかなきゃな。都子さんとサハラさんは特別なんだ……


 とか感心してたら、ひとつ忘れてた。私、聞きたいことがあったんじゃないか。


 サハラさん、あの、と、声をかけようとしたとき、


「すみません、緊急みたいで」


 呼び出しがきた。


「いえ、お話ししていただいて、ありがとうございます」

「お呼び立てしておいて、慌ただしくなり、すみません。また明日」

「あの、サハラさん、これだけ」


 とりあえずこれだけ聞いておきたい。


「へんなことで、ごめんなさい、サハラさん、クランベリージュース飲めます?」


 サハラさん、面食らっていたけれど、


「個人差がありますが、僕はジュース程度なら時々。水はだめです」

「わかりました。ありがとうございます」


 これでなんとか。たぶん。

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