第3話 わたし かたられましたわ
こないだの件。
その話をしないといけないかな。
私がサハラさんの秘密を知ることになった件。
こないだ遅めに帰宅したら、マンションの廊下でお隣の
介抱しなきゃと思ったら近寄らないように言われて、渡されたスマホのアプリで緊急発注することだけ頼まれたから、あわててそれだけお手伝いしたのね。
何の発注かって、血液製剤だったからびっくりしたんだけど。
「僕が担当している地域にいる吸血鬼は、発注アプリに全員登録しているはずです。単発も、定期契約にも対応しています」
都子さんは吸血鬼で、そこに血液製剤を届けに来たサハラさんも同じだった。
「少なくともこの地域では、そうして穏やかに生活することを選んでいるものだと、おわかりいただけたかと思います」
世の中って、ちゃんといるんだなあ、て思って。人間以外。
けれど、二人とも、普通にご近所と仕事上のお付き合いだったから。そんなそぶりを全く見せなかったのに、そこで怖がってもなあ、という感じだった。怖くなかったわけじゃないんだけど。
「場所はお伝えできないんですが、都子さんから発注ついでに、斎藤さんによろしくお伝え願いたいと伝言を預かったと、ほかの地域の配達員から連絡がありました」
「……よかった」
よかった。とにかく、どこかに無事でいるのね。
「お元気にしているなら、それだけで、よかったです」
都子さんは、退魔組織に追われ姿を消してしまった。あんな目に遭わされただけでは済まずに。
ということで、私はあの日、人間以外の存在と、退魔組織の存在を一度に知ったわけで、そりゃまあ混乱したんだけれど。
やっぱりそこで出てきたのがサハラさんだったもんで、なんとか翌日もいつものように出勤できたところはある。だって。あのサハラさんだよ?
「事故とはいえ、こんな話に巻き込んでしまって、申し訳ないです」
「いえ。私としては、遭遇した人間以外の方が、都子さんとサハラさんでよかったです」
あまり怖いと思わなくて済んだから。
「でも、いろんな疑問がわいてきたので、スミダガワさんのお店に行ったんですよね」
「それだけが目的って訳でもないんですけど、ごめんなさい、結局こっそり探ってたみたいになって。
ちょっとお聞きしたいことができてたのはたしかです」
「いえ。こちらこそすみません。気にしてたんです。この秘密に触れてしまった斎藤さんに、こちらからお話しすべきところを、できていなくて。
ですから、今日はそのあたりもお話ししようかと。お時間なければ、またあらためてでも」
それからサハラさんは、ごく簡潔に背景を話してくれた。
「まず、弊社はヨーロッパで瀉血後の血液を処理する事業者としてはじまりました」
待って。いつの話よ。
「十七世紀くらいと聞いています。創業者はローランとリリス。社名の由来です。
肖像画があのつきあたりに」
談話室からも見える。エレベーターの上、日が届かない天井近くにちいさな肖像画。人形のような顔の穏やかな男女一組が。
「実はまだ存命で、あの肖像画を通して今、われわれ見られてます」
「えっ」
ホラーだわ。
「大丈夫です。見ているだけです」
とは言われたけど、どきどきしてきた。
「吸血鬼である二人が、どうして人間を襲わずに済む道を模索しはじめたのかはわかりませんが、瀉血って、健康な方から血液をわざわざ捨てさせるケースが少なくなかったみたいで」
瀉血は、医療行為の一種。血管を切り、血液を抜く。
もちろん、実際その治療が合っている病気もあるんだけれど、なんでもそれで治る訳ではないのに昔は濫用されていたみたい。瀉血が原因で悪化して亡くなったり。
そういうところから人間を利用していたので、直接襲うのをやめるための善意と解釈しなくてよいのだとサハラさんは言った。
「利益が出ると二人は利殖の才があったので、財産を増やし、輸血の研究に投資しました。医術は進むので、いずれ瀉血の濫用も止むと見込んだためです。
事実、次第に研究で集められた血液が次の糧の中心となりました。ちなみに血液型が発見されるまで、長かったそうです。
それから徐々に現在の事業につながっていくわけですが、ここは簡潔に」
利殖の才って、どういうことなの、と思ったけど、そうね。簡潔に。
「で、突然ここで退魔組織の話が出てくるわけです。彼らは、各地から集められた退魔師、悪霊祓い師の組織です」
はい。
自分が所属してない団体のことの説明は、ざっくりしてるなあ。
「実はここで複雑な事情が出てきて。
弊社、もとはローランとリリス、吸血鬼が創設してはいるのですが、途中で退魔組織の一部と事業提携をしているんですよ」
え?
「じゃ、都子さんがあんな目にあったのは?」
「我々と事業提携しているのは、吸血鬼を根絶する必要はないという一派です。
吸血鬼に定期的に血液を与えることで無害化するという考えで。輸血の研究に投資していたことが信頼されて成立しました。
結果、弊社の事業自体が、退魔のようなものとなったのです」
「では、そういう考えじゃない人達も中にはいるってこと……」
サハラさん、暗い顔でうなずいた。
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