第2話 わたし きづきましたわ

 そうして、ベーカリーすみだがわを出たときだった。


「あ」


 ふたり同時に声が出た。


「サハラさん」

「斎藤さん」


 この時間に会うことはめったにない。

 こないだの件以来かもしれない。


「お疲れさまでした」

「お疲れさまでした」


「配達ですか」

「ひと段落して、あとは緊急の連絡が来た時の対応だけです。

 スミダガワさんのところへ?」

「ええ。モンブランとスイートポテトと梨のタルトが出ましたので」

「斎藤さん、見かけるといつもケーキの箱を持っている……」


 そんなに不思議そうな顔しなくてもいいじゃないですか。

 というか、それはどういう意味かな。これは喫茶店で働く者としての勉強ですよ。


「あの。斎藤さんにお話ししなければならないことがあったんですが、今、よろしければ」

「はあ。時間はあります」


 サハラさんから切り出された話に気のない返事をしてしまったあとで、気がついた。


都子みやこさんの件ですか」

「それもあります」


 保冷剤は一応もらったから、家に一旦戻らなくてもよいけれど。

 気にしてたこないだの件というのは、こないだまでお隣さんだった都子さんの件なんだ。気になるけど、どこで話せばいいんだろう。


「会社の談話室でいいですか」

「会社」


 さっき、ミチルさんが言ってた会社かな。


「すぐそこなんで」


 そういえば、サハラさんの配達の仕事って、個人契約の扱いじゃなかったっけ。でも、会社の談話室使わせてもらえるんだ。

 そのへんの事情はよくわからないから、言われるままについていく。


 * *


 道を一本入ったところに、配送用のトラックやバイクが並んでいる、三階建ての事務所があった。


 ローラン&リリス。


 外資系医療機器メーカーの、配送部門みたい。


「ここが……」

「部署がいろいろありまして。血液製剤の取り扱いもあります」

「ここが」

「ちゃんと医療機関への配達もしています。

 先日のように、にお渡しする経路については、すみませんがお話しできません」


 そうか。


 それ以上言うことはなく、サハラさんについて行く。


 談話室は一階の奥にあって、防音ガラスに囲まれていた。


「内容は漏れませんが、使用者は見えるようにしています」


 海外ドラマとかで見たぞ。


「密室で話すことが禁止されていて」


 それは。


「あ、特にそうされているんではなくて、会社全体の決まりでです。その……ほかの支社でセクハラあったみたいで」


 困ったもんですね、って。


「あ。サハラさん、お疲れさまです」


 スーツの人が来た。


「お疲れさまです」


 サハラさんも返して、


「今ちょうど、そこで〈ビー玉〉さんの方が通りがかって、つかまえちゃいました」

「ええっ、なんてタイミングですか!」


 なに? なに?


「ちょっと談話室お借りしてもいいですか。お話し伺って、明日総務の橘さんに伝えます」

「助かります。

 よろしくお願いいたします」


 え。ふたりとも私を見ている? 笑顔?


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 よくわからないけど、私も返した。

 サハラさんは、そういうことで、と、談話室のドアを開けてくれる。


 * *


 中に入ると、ローテーブルとソファー。

 コーヒーメーカーと、電気ポット、紙コップ。


「木幡くん、遅番なんですね」

「同僚の方ですか」

「僕は個人契約の配達員として入ってますが、同じ時期に正規で入社した方なので、話す機会が多くて。

 緊急時に対応するためなんです。社員は酸素ボンベも扱っていて」

「人間の」

「僕も人間、てことに一応ここではなってます」

「事情は大体わかりました」


 ところで木幡さん、よろしく、って何だろう。


「都子さんの件もあるんですが、こちらもきちんとお伝えしたかった話で。

 会社が〈ビー玉〉さんからのコーヒーの配達を希望していまして、そのご相談が」

「そうでしたか」


 昼間話してくれてもよさそうなんだけど。


「昼間の仕事は会社とは無関係の、僕の仕事ですから」


 真面目ね。


「それに談話室を借りる理由ができて、好都合でした。

 打ち合わせのときに、お店のコーヒー飲みたいな、だそうですよ。

 それから、コーヒー豆の相談も、てことでした」


 コーヒー配達は、前日までなら公式サイトからもできること、受付確認メールが返ってこないときは、再度送ってほしいこと、近所なので、急ぎもある程度までなら対応できること、豆の販売も大丈夫、などを私、普通に説明した。


「ありがとうございます。後日、総務からご連絡しますので。

 それにしてもケーキ、三個も買ってたんですか」


 なんでそこに戻って驚くのかな。勉強ですから。

 それに今日の夕食後と、明日の朝食後と、仕事後の楽しみ、で、三個で不思議なことはないよ。


「ひょっとしたら、僕について、ミチルさんから聞くためでしたか」


 そこで私も真顔になった。


「半分は当たりです」

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