斎藤さんの昼と夜

倉沢トモエ

第1話 わたし はなしましたわ

 商店街にある、私が勤めてる喫茶店〈ビー玉〉。

 モーニングの時間は慌ただしいので、店長がこんな話を得々とし出すのは、やはりお客の引けはじめた十時前後ということになる。


「サハラくんさあ、」


 ベーカリーすみだがわから、毎日ケーキを配達してくれているのがサハラさん。個人契約で複数の配達仕事を請け負っている。

 生真面目そうで、あんまり愛想はない。


「昼夜逆転の生活らしいね」

「そうなんですかあ」


 いち店員である私は、彼の昼夜逆転の原因についてこの間知ったことがあったけれど、今は知らなかったことにする。そうなんですかあ。


「うちへの配達終わったら、帰って夕方まで寝てるんだって」


 こちらは初耳だった。

 でも、そりゃそうだなあ、寝る時間くらい。


「夜の方が、料金割高なんだろうなあ。若い人たちは大変だよなあ」


 さっきまで店内は、開店記念日サービス二週間限定300円のモーニングセットを狙った若い人や親子連れ、老夫妻で混みあっていた。

 今は、お母さんと男の子が、朝ごはんのあとに棚から取った『しろくまちゃんのほっとけーき』を、一冊だけだよ、と読んでいる。


「いろいろ大変なの、若い人だけじゃなくなってきている感じもありましたね。このモーニングはじめて一週間ですけど」

「そうだなあ。

 せめてみんな、元気で一日過ごしてほしいな」


 そこにサハラさんが来て、いつものようにケーキを五種類置いていった。


 いつものいちごショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、アップルパイ。

 今日の季節のタルトは、イチジクのタルト。


 相変わらず愛想はないのだった。


「サハラくん、おやすみー」


 ただ今朝は、店長が手を振るのに、恥ずかしそうに振り返していた。


 * *


「そういえば、サハラさんのことって私もよく知らないのよね」


 その日の仕事帰り、ベーカリーすみだがわに寄ったときにもなんとなくサハラさんの話になった。


「美佐子ちゃんて、いたのよ。斎藤さんがビー玉に来る少し前だから、会ってないかなあ」


 以前ベーカリーすみだがわのバイトで入っていた人だそう。実家のお母さんが倒れて、一旦地元へ帰ってしまった。

 サハラさんの前は、美佐子さんがケーキを配達してくれていたのだそうだ。


「美佐子ちゃんが帰ってしまって、また、私とうちの人と、ふたりだけになった時にね、結婚式の注文が入って、バタバタしていたの。

 それで、配達だけでも、お願いできる人いないかなあ、って気持ちに私たちなっていて、」


 知り合いに世間話でそのことを話したら、サハラさんを紹介されたという。


「知り合いの方って……」

「昔ね、私、ホテルのレストランで働いていて、その時のね」


 スミダガワさん、そのホテルにケーキを配達して、ミチルさんと知りあったんだっけ。


「医療機器とか、薬品の会社の方なの。配送もしているんですって」


 堅そうだ。


「サハラさんは、そんなに愛想よくないけど信頼できるから、って」


 私とミチルさん、思わず顔を合わせて声を出して笑った。


「真面目な人だよね」


 そうそう。

 私は、ものすごい勢いで首を縦に振る。


「だからね、ビー玉の店長にもからかわれちゃうのよ」


 ミチルさん、声をひそめて、


「本人に言うの、大丈夫かな」

「私のことですか?」

「あのね、店長、サハラさんにニヤニヤしながら言うんですって」


『どうよ? うちの斎藤ちゃん』


 ……昭和のおじさんは、お見合いの世話焼き好きで困るな! 私の見てないところで!


「セクハラかな」

「セクハラかも!」

「サハラさん、困っちゃってますね、きっと」

「ほんとにね」


 少し人となりがわかってくると、これまでのあれこれが違って見えてくる。

 違って見えてくると、確かめたいこともそれなりに出てくるんだ。そんなもんなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る