目覚めたらダイダラボッチになっていたんだが

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ダイダラボッチになっていた俺と女神・ミナモヒメと出会う

 目が覚めると俺はダイダラボッチになっていた。

 足元には延々と広がる雑木林、そしてところどころにススキや雑草。

 それらがまるで陸上の海のようにうねりながらどこまでも続いている。


 一歩足を踏み出すと、雑木林がぺきぺきとなぎ倒され、地響き、というよりちょっとした地震が起きる。波紋上にその衝撃が広がっていくのを感じる。その衝撃に、いまの俺からみると、まるでホコリか小さい羽虫にしか見えない鳥などが騒いで飛び立っていく。


(……なぜこうなった……)


――最後に覚えているのは、俺、つまり大太おおたおふとしは一介のサラリーマンだったということだ。苗字は「大」と書いて「おおたお」と読む。太は「ふとし」だ。名前からはさぞかしガッチリした体格の男を連想するだろうが、背はひょろりと高いが、はっきりいうとガリガリで肉がついていない。

 

 そんな俺は無難な人生を送って中小企業のサラリーマンになった。

 社員数は60人。システム開発だ何だを受注する企業だ。特に漫画を描いたり小説を書いたりする才能はなかったが、物作りが好きだったからだ。


 居心地はよく数年が過ぎた。物作りも受注生産ではあったが楽しかった。


 そして数か月前……慎重に進めていたとある案件を失注してしまった。

 はっきりいってしまうと俺のミスだ。見積もりから重要な要件が抜けていたのだ。


 激怒した取引先に上司と謝りにいった。上司は帰り道に「大、お前のせいじゃない、俺が何とかするから……」と気を使ってくれたのだ。それがかえってつらかった。帰り道の京王線の記憶はほとんどない。

 その夜、俺は最寄りの駅である東京都の代田橋駅の居酒屋で普段は飲まない焼酎を大量に飲んだ。

 そしてふらふらと一人暮らしのアパートに向かっている途中で……そこで記憶が途切れている。


 気が付くとこうなっていたというわけだ。

 身長はざっと見る限り150mほどもあるのではないだろうか。

 ぱっと見、15mから20mくらいの杉と思われる木の10倍は背丈がある。

 ちょっとした丘陵くらいはひょいと超えられる。


 腕や足は皮膚というより、なんだから半透明で黒ずんだ、明らかにまともな生物ではない状態になっている。しかししっかり人型だ。つまり巨人なのだが、俺は何となくこれこそが「ダイダラボッチだ」と自覚していた。


 しかし一体全体ここはどこなのだろう。

 どこまでも雑木林とススキが広がっている。

 何となく背後からは日が昇りつつあるので方向は分かる。

 よく目をこらすと西のほうに山頂付近が真っ白の巨大な山が見える。富士山だろうか。

 このあたりは少し高くなっているようで、台地状になっていた。

 どことなく見覚えのある地形だ。


「もしかしてこれ……」

 俺は(本当にある・・かどうかわからないが)ぱちくりと瞬きをした。

「武蔵野台地じゃ……」


 そうだ。

 以前航空写真だか3Dモデルだかで見たことのある武蔵野大地の地形だ。

 しかし。


(家が一軒もない……)

 武蔵野と呼ばれる場所といえば、東京の西側に「武蔵」と名前がつく地名が多いことからも分かるように、非常に広大だがかなりの人口がいる場所でもある。

 武蔵小杉、武蔵小山、武蔵関、武蔵境に武蔵小金井などの地名が残っているだけでなく、うろ覚えの記憶によると確か埼玉の秩父やら入間とかあのへんまで武蔵国だったはずだ。

 何ならタワーマンションやら若者に人気の吉祥寺のような街もカバーしているので、相当に大きな町がたくさんある。環状七号線や甲州街道、青梅街道をはじめとして東名高速なども通っているはずだ。

 しかしそうした都市はまるで存在する気配がなかった。

(どこかに人はいないのかな……?)


 俺は遠くをみようと必死に目を凝らし、そこに意識を集中してみた。

 すると『ダイダラボッチスキル 遠眼鏡 初段を解放しました』と脳内に謎の声が響く。


 と同時に目をこらした先が急にズームされて見えるようになった。

「おおっ!?」

 俺は驚いた。

 そもそも何だダイダラボッチスキルって。

(人間はいないのかな……?

『いるぞよ?』

 また謎の声が響く。 

「いるの?」

『……もしかしてダイダラボッチ初心者じゃな? ちょっと待っておれ』

 

 その人物はいきなり目の前に現れた。

 巫女のような……それをもう少し華麗にしたような服装の少女が出現した。

 目鼻立ちがくっきりした少女だが瞳の色が金色だ。人間ではない。

 そもそも身長で200mもある今の俺の目の前に現れたのだ。

「ワシの名前はミナモヒメ。水面とか水とかそういうのを司るのじゃ。先祖はあの有名な……」

「有名な?」

「天岩戸を開け放った力持ちの神につながるとかつながらないとか」

「そこ曖昧なんだ」

「むっ?」

 ミナモヒメが眉をひそめた。

「おぬし……かなり未来からきおったな?」

「え……てことは、ここは」

「おぬしからみて過去じゃな」

 人家が全くないことからそうかもしれないとは思っていたが、本当に過去だったのか。そうすると急に気軽に踏んづけてきた雑木林などが心配になる。

 ミナノヒメはこちらの心中を見透かしたように言った。

「心配するな。無限に未来があるように過去も無限にある。おぬしがここで何をしたところでどうせ同じ未来には帰れはせん。何かの定めだと思ってあきらめて任務を果たせ」

「そうか……わかりました。ところで任務って?」


 ミナモヒメが目を見開く。

「……任務を知らぬのか?」

「教えていただけるんですか?」

「……普通はダイダラボッチになった人間が知っているものなのじゃが……」

 今までと違い彼女は本当に困ったような表情になった。


「……何かの手違いと?」

「うーむそうじゃな……まぁそのうちお主自身が思い出すかもしれんし……時間は無限にある。あまり気にせんでもいいのかもしれぬ」

「普通はどういうことをやるんですか?」

「……実をいうとワシもダイダラの担当になるのは初めてでな?」

「つまり?」

「よく知らんのじゃ……」


 だめだ。

 この女神だめだ。


 俺はがっかりした。

「し、仕方ないじゃろう! ワシも女神になって日が浅いんじゃ!」

「えぇー……」

 ミナモヒメは肩で息をしていたが、疲れたらしい。

「ともかく近くに村がある。行ってみんか。困りごとを解決するのがワシらのような者の任務であることが多い」

「なるほど」

「こっちじゃ」

 ミナモヒメがふわふわと浮いて先導する。俺はそれについていく。

 どうやらダイダラボッチは半ば実体を消して静かに移動することもできるらしく地響きも立てず、動物を踏むこともなく移動できた。

 その村は山間部にあった。

 見るからに歴史の授業で習った環濠集落で、竪穴式の住居がぽつぽつと10棟ほど。そのまわりをぐるりと堀と柵が囲んでいる。

 その中で豆つぶのような人間がちょこまかと働いている。

 村の中央には祭壇があり何やら神官のような人間が何か祈っている。

「こうした祈りの言葉は神気を持った我々にはしっかり届くぞ」ミナモヒメが胸を張る。

「……何か水がどうのこうの言ってません?」

「うむ、近場の水源が枯れたようじゃが……行ってみようか」

 近くといってもこの時代上下水もなく、一山超えたところに水を求めにいくのは普通のことのようで、ダイダラボッチの足でも10歩は離れていた。


 その水源地の上には何やら、蛇のような長い姿の……よく見るとヒゲやタテガミのある龍が浮かんでいる。長さだけなら俺と同じくらいある。

 何やらしょんぼりしているような気配を感じた。


「もし……そこの竜神殿」

 ミナモヒメが声をかける。

 その龍ははっと気づいたようにこちらを見た。

「おぉ……女神様ですな。実はちょっと困ったことになりましてな……」


 その龍神はその水源地を守る役目を持っていたようだが、どうやら最近、地下の水源の周囲が崩落し詰まってしまったようだ。

「力持ち系の神は最近忙しいらしくなかなか来てもらえず。近くの集落が渇き死にしないかと心配で」


 ミナモヒメがこちらをちらりと見た。

「ダイダラの出番じゃな」

「ダイダラですって?」竜神が驚いた。

「おぉ……最近とんと見ませんでしたが、ついにこの世界・・・・にもダイダラどのが配置されたのですね」

 少々気になることもないではなかったが、まさに俺の出番のようだった。


「やってみぃダイダラよ」

「うす」

 何をすればよいのかわからないが、俺はまず地下に意識をこらしてみた。

 さきほどの遠眼鏡のスキルとやらで地中の様子も見える。どうやらこんこんとわいていた水の途中が崩落した岩で詰まっているだけのようだった。

 実体を消して手を差し入れる。地中をすりぬけることもできるようだ。そして部分的に実体化し岩をどかした。水はそのまま勢いよく流れ始めた。


 竜神が目を見開いた。

「水路がつながったようです。さすがダイダラ殿」

「いえいえ……」

 その日は竜神が何やら酒の味のする水をふわふわと浮かべてふるまってくれた。

 ミナノヒメもすっかり上機嫌でそれを飲む。

 おそるおそる飲んでみると確かに上質の日本酒のような味がした。 

 翌日には集落の人間たちも水がふたたび湧き始めたことに気付いたようで大喜びで水をくんでいた。


 俺はその様子を近くの小山に腰かけて見つめていた。悪くない気持ちだった。これもモノづくりだろうか。

「どうじゃ? なかなかやりがいがあるじゃろ」ミナモヒメが俺の顔の位置に浮かぶ。

「任務を思い出したか?」

「……それがさっぱり」

「困ったな。どうもおぬしが任務を思い出さないとワシも帰れないようなのじゃ……まぁ仕方ない。しばらくこういう困りごとを解決して回ろうではないか。時間はたっぷりある」

 そういってミナモヒメが笑う。

 突然ダイダラボッチになっていた俺は何が起こっているかはさっぱり分からなかった。しかし喜ぶ集落の人間たちの姿を見ていると、その任務とやらを思い出す日までしっかり働いてやろう、と思い始めていたのだった。


 



 

 

 

 

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