11
彼女の話が終わって、俺は記憶を取り戻した。ゴンドラは頂点を過ぎ、下り始めていた。
「強くなったな」俺は彼女に言う。
携帯に着信があった。三年前に俺を捕らえた男……『隻腕』からだ。
「完全に君たちを包囲した。爆弾で周囲を完全に囲ってある。私を含めた特級職員も君たちの傍で待機している、どちらかひとりになるまでそこから出すわけにはいかない、そして君の身体にも爆弾を埋め込ませて貰っている、一生連盟に反旗を翻すことのないように」
この状況を理解した。なるほど、そういうことか。
「そうか。アンタも俺の世話係なんて嫌だったろうな、悪かったよ『右武』」
「……お前はどうだ」
「別に恨んじゃいないさ。俺もあんたの片腕と、相棒を奪った」
全て思い出した。死んだ特級職員は二名等では無かった。特級職員は元は十二名いて、俺はそのうちの六名を殺したのだった。そして『左文』は死に際、俺に洗脳をかけた、それは記憶を崩壊させ、肉体の使い方を忘れさせた。しかし、彼女によって今やその洗脳は完全に解かれた。『安全な解き方』で俺は全てを思い出すことができた。今や、全盛期のように身体を動かすことができるだろう。
「思い出したということはお前が勝つんだろうな」
「さあ?それは分からないな」
"連盟"は最強の殺し屋を一人保有することに決めたようだった。殺し合いで彼女の方が俺より早く情報を渡されたのは、記憶を失っていても俺の方が彼女より強いと考えたうえでのハンデだったのだろう。『崇拝』のおかげでそれは検討違いとなったようだが、今の俺に勝てれば間違いなく連盟の戦力になることを証明できる。俺は電話を切った。
俺に爆弾を仕込むことはできても、彼女にはできていないだろう。もしそれができていれば、『反逆』の存在は必要なかった。即座に俺も彼女も殺せば良かったのだ。"連盟"は彼女が俺の記憶を取り戻させるのを確信していて、また俺が彼女に勝つのも確信しているような振る舞いをしている。
「『崇拝』はどうなったんだ」
「無論、処分したさ。反乱分子は徹底的に取り除かねばならない。彼女が実力を隠し、俺より強いのは知っていた、だから『踏み絵』のようなものだったんだ、君の弟子にとって。君に最後のチャンスを与えるために」
右武は言う。
「なるほど、酷なことをするな」
俺が生き残ったら、コイツは俺に殺されただろう。
「どっちにしろ、終わりだと思わないか?」
「なるほど、お前は、そういう考えなんだな」
「基より、連盟を肯定していたつもりは俺にも無いさ」
もしかしたら「解決策」は見えているのかもしれない。それはたった今提示された。だが、ここからの選択は、「俺の」責務で、敬意だ。こんな妄想をしている時間ではないな。結論は出ている、最期の時を楽しむとしよう。
彼女と俺は長い間見つめあっていた。真っ直ぐで、この上なく綺麗だった。彼女に言いたいことはいくらでもあった。だが、どうやら時間切れが近いようだ。夢の時間はあっという間に過ぎ行く。ずっと思っていた相対性というのはなんて残酷で美しい性質なのだろうか。人が永遠を望む気持ちが、今ならわかる。
「私は、あなたの事を愛してますよ」問いかけるように、彼女は"俺に"言った。
「"僕"もだ」 僕は最後の最後で、この二年を肯定してあげることにした。俺も、僕も、自分であることに違いはない。自分の感情を大事にしてやりたいなど、初めて思った。彼女に感謝する。
「なら最後に、キスでもしましょうか」
何年も乗っていたかのように長かったゴンドラは、彼女の話が終わり、電話が来て直ぐ乗降場まで辿り着いたようだった。不思議な感覚である。
ゴンドラから降り、誰もいなくなった遊園地で彼女は"僕に"優しく口付けをした。
「思い残すことはありません……じゃあ、やりましょうか」思い残すことしかなさそうな顔で、彼女は僕に微笑む。
「そうだな」僕も微笑み返す。
「手加減はダメですよ、本気で殺しに来てくださいね」
「君の方こそ」
僕は彼女に、殺されようと思う。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとう」
少女と殺し屋 軽盲 試奏 @siso-keimo
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