10

 私が殺し屋になろうと思ったのは八歳の頃だった。両親が殺し屋に殺され、自分を愛してくれる人間がいなくなった私は、殺し屋になり復讐をしようと考えた。あの殺し屋を殺す。それだけを考え続けて生きていた。自らの命を省みず、多くの依頼をこなしていった私の腕は一気に上がっていった。

 十三歳になり、私は親殺しの殺し屋と再開した。私は殺そうとした。

 だが、全く歯が立たなかった。武器捌き・格闘・知識・魅力。足元にも及ばなかった。私は敗けを認め、「殺せ」と言った。だが殺し屋は「君が成長し、俺を殺せるレベルになったらもう一度殺しに来ると良い」と言い、立ち去っていった。

 私は殺し屋が何故自分を殺さないのか、不思議だった。武器をすべて破壊された私は帰り道で対処中だった組織の人間に囲まれて囚われてしまった。私は殴られ、蹴られ、切られ、刺され、情報を吐かされた。脳から、私の意識から、身体が感じる痛みを切り離さなければおかしくなりそうだった。私はこれまで本物の痛みを知らなかった。こんなにも、苦しいなんて。結局、未知のそれに耐えきれなくなり、ゆっくりと意識を手放してしまった。


 目を覚ますと世界が一変していた。一人を残して動くものはいなかった。彼が私に手をさしのべていた、親を殺した、世界で一番憎い男が。

「なんで、助けたんですか?」

 最大限の憎しみを込めた目で、男を睨みつける。

「きまぐれだな」

 ふざけるな。殺してやる。お前を絶対に許さない。

「じゃあなんで私の両親を殺したんですか」

「仕事だったから」

 男はぶっきらぼうに言った。ふざけるなよ。それでも、私は憎き相手に命を救われてしまった。何も出来ずに助けられる自分も、私を助けた彼も、そうさせた世界も、すべてが憎かった。私は更なる技術を磨くため、彼と師弟関係となった。一緒に暮らすこととなった私はいつか殺してやる、と最初は思っていた。よく知らないけれど殺し屋の世界ではよくあることだと思う。というより治安の悪いこの地ではよくあることだ。寝首をかくのだ。


「今日は映画を見に行かないか」

 私が真面目に勉強をしていると、彼が娯楽へと誘惑してくる。恐らく私が寝首をかこうとしているのは当に察しているのだろう。憎い男。

「嫌です。化学式を覚えないといけないので」

「パンケーキ、帰りに食べないか?」

「しょうがないですね、行ってあげます」

 甘いモノは、脳に必要だからね。普通に買わせてこの男に貸しを作るのは癪だし、映画を見に行くのと引き換えだから貸し借り無しよ。

 私は映画もパンケーキも楽しんだ。


「咳、大丈夫か?」

 本当は風邪なのだが、いくら殺し屋とはいえ未成年の横で煙草をふかしまくる男には少し腹がたっていた。

「あなたが私が勉強している横で煙草を吸うからですよ」

「………禁煙するからやるよ」

 意外だった。顔には出さないよう努めたがびっくりしてしまった。

「ライターですか」

 焼殺についての勉強もしようかしら。自分が与えたものが自分の死因となったら、滑稽でしょう。


「私、苦いもの飲めないんですよね」

 珈琲を差し出された私は彼に、申し訳なさの欠片も無しに告げる。

「高いウイスキーも焼酎も飲むくせにな」

「良いんですよ、あなたのおこぼれを貰ってるだけですから。悪いのは最初に味を教えたあなたです」

 全然美味しいなんて思ってないし、一気に飲んだら蒸せるから口にいれて転がしてるけど。いずれはこいつが潰れるまで一緒に飲んで寝首をかいてやるんだから。

「はいはい」

 彼は珍しく笑っていた。


「何読んでるんですか?」

「…二十年後」

「どんな話ですか?」

「とある殺し屋に両親を殺された女の子が実はその殺し屋がその子を思って両親を殺したと知り殺し屋を好きになる話」

 そんな話があってたまるか。

「嘘つき、全然違うじゃないですか」

「読んだことあったとはね」

「机の上に置いてあって暇だったんで勝手に読みました」

 読んだことはないが、やはり嘘だったか。嫌な男ね。



「ドライブしないか?」

 どこから持ってきたか分からない車のキーを手のひらでくるくると回しながら、彼は私に訊く。

「あれ、免許書持ってましたっけ?というか、車買ったんですか?」

「君が乗りたいっていってくれれば俺のモチベーションが上がる」

 車のことはスルーされた、まさかパクってきた?

「そんなのなくても覚えられるくせにー」

 無免許でいたいけな少女を連れまわそうとするなんてなんて極悪なのだろう。

「…」

 しょうがないな、まあ私もこの男をいずれ魅了して殺してやるんだから、多少のサービスはね?

「……乗りたい」

「優しい」

 彼はくっくと笑っていた。不思議と私はそれが不快じゃなかった。


「俺の事嫌い?」

 何を言っているんだこいつは。

「大嫌いです」

 即答してやる。

「傷付くなあ」

 噓つき。

「でも何かに熱心になってる時のあなたの顔は嫌いじゃないです」

 私もやる気がわくから。負けないようにって。そういうと、不思議と彼は照れているような気がした。ふーん、そうなんだ。


「今日は仕事はないんでしょう?」

 最近忙しそうにしていたので、疲労が溜まっているだろう、もう少しだ。徹底的に疲れさせたところを、刺そう。

「そうだな」

「じゃあどっか行きましょうよあなたのお金で」

「何処が良い?」

 できるだけ手間がかかるところが。

「景色が綺麗なところ」

 うっかり全然関係ない答えを出してしまった……

「星、見に行こうか」

「そうしましょう」

 ここからでも見れるじゃない、ロマンチストぶりやがって、と作戦に失敗した私は心の中で毒づくのでした。


「キャンディー、好きだよな」

 私はキャンディーの包み紙を剥がしながらあっけにとられた。確かにこの男はキャンディーをそんなに食べない。来た時から毎日勉強のついでの糖分補給だ、と言ってキャンディーを食べまくっていたものだから、私の為に買ってきているのだろうか……

「ほうかもへふね」

 好きなものか、考えたことなかったな……

「記憶を失くしても君の顔を見るとキャンディーを思い出すよ」

 なんですか、人を食いしん坊みたいに……


「フィルムカメラですか」

 銀色のカメラをカシャカシャやってる彼を見て、私は聞く。

「そうだね、いい音するだろう?」

 そう言って彼はカメラをこちらに向け、シャッターを切る。カシャァンと言う音が響く。確かに、分からんでもない。

「デジタルは使わないんですか?」

「できあがりがすぐに分からないっていうのも面白いだろ?」

 彼はなお、私を撮るのを続ける。カシャァン。カシャァン。カシャァン。

「そう言いながら私を撮るのやめてください。もっと価値のあるもの撮りましょうよ」

「俺にとっては一番価値があるものだけど」

 適当なこと言ってるんじゃないわよ。

「…何言ってるんですか?」

 さも平静を装う。

「照れたね」

 頬を紅潮させてしまっただろうか、そんなじぶんに、腹が立つ。

「うるさいです」

 彼は笑う。最近、よく笑うようになったな。


「……え?」

「あなたがキスのひとつもしたこと無さそうなんで可哀想だからしてあげたんです」

「……何感動してるんですか、なんか言いましょうよ、恥ずかしいです」




「ずっと疑問でした。寝首をかかれるかもしれないのにあなたはどうして私に技術を授けるんですか?」

「いつかは、俺を超えて欲しいからかな、傷付けられないでいてほしい。他の、誰にも」

 その言葉を、ずっと。覚えている。




 私は彼の事が好きになっていた。一年を共に過ごし、彼がどれだけ自分に優しいか、本当は優しい人間なのかを分かっていた。

 全てが大切な私の記憶。人生で最も幸せなとき。しかし、そんな甘い時間は長くは続かないのだった。世界は人の事情を考慮してはくれない、いつだって、平等に残酷だ。 


 彼は私怨で人を殺す人間では無かった。そんな彼が何故あのようなことをすることになったのか、今ならわかる。

 ある日、私が待っていても彼は帰ってこなかった。次の日も、その次の日も帰ってこなかった。私はつてで、彼がある国に捕らえられたことを知った。特殊部隊の一人を残し殺害に成功したものの、最後の一人は超人だったようだった。腕を失いながらも伝説の殺し屋を捕えた事で、国の上層部は彼の記憶を奪い、彼を自らの勢力へ迎え入れようと決めただの、そんな囁き声が聞こえた。


 半年が過ぎた時、一人の女が訪ねてきた。彼女は自分を『崇拝者』だと名乗った。そして私の事を嬲った。出会って3秒でボコボコにされた、恐ろしい記憶だ。

「一番弟子とか聞いたのに、あきれた」

 弟子……?あの人の……?

「ね。救いたいでしょ、彼を」

 彼女は写真を寄こしてきた。そこには魂が抜け落ちたかのような彼がいた。

「強いのは分かるんだけれど、今の彼は私にも及ばない。あの時は凄かったなあ、対『殺戮』用特殊部隊の上級職員を百人ばかりに特級職員、私より弱いやつは思い出せないや、それを三人と三席の『幽玄』と二席の『左文』を殺して、一席の『右武』の片腕を奪うなんて……私も戦いたかった、そして、殺されたかった……」


 彼女は最初はわけのわからないことを言っていたように聞こえたが、後にちゃんと説明をしてくれた。簡潔に言えば、彼が捕まったこと、私の命が狙われていること。


 彼の日記を見て、これは彼が私の前から消えた後から知った話。殺しを続けていた彼はある時依頼以外で一人の父親を殺した。暴君の様な男だったそうだ。母親の方は殺されたことにして逃がしてやったと。その男との間に娘が一人いたが、男への憎しみでとても愛せそうにない、そして彼女だけが一人残された。彼女はそんな環境下でも両親を愛していたという。両親から子への愛は絶対ではない、ただ、親しか知らない子はたとえ傷が間にあっても、両親を愛さないでは居られなかったのかもしれない。

 私は彼がこれまでに受けてきた依頼のリストを探った。

 そこに私の両親は居なかった。子が親を憎んで自殺してしまうくらいなら自分を憎ませ生かす。誰よりも人を殺してきた彼は、命の大切さを知っていたのだ。


 私は彼を救い出すため、彼女と契約して殺しをはじめた。反連盟を掲げる人間と友好を結びつつ技術を高め、ある程度の戦力を用意して彼を救おうと考えていた。それはちょうど、昔と反対の考えになっていた。


 『崇拝』によって鍛え上げられたのは一年にも満たない期間だった。そもそも彼女との接触は難しかったが、それはあちら側もある程度対処してくれたので何とかなった。その期間で、私は彼女の技術全てを取り入れた。

「やっぱりだ。あの人の技術を見てきたんでしょ、身体も脳をそれを覚えてる。才能あるよ、貴女。右……今は『隻腕』だっけ、彼に勝てるくらい強くなってる」

 どうやら私はいつの間に世界最強の領域に達していたようであった。それでも私はまだ研鑽を止めなかった。


 数年経って、私のもとにある依頼が届いた。標的の写真を見た。見間違えるはずのない、好きな人だ。彼を殺せという依頼だった。私は依頼主から場所を聞き出し数回接触をはかった。彼は記憶喪失のようだった。私に、気付くことは無かった。

 依頼主は『連盟』。『崇拝』は私に残念だったね、と告げた。

「しょうがなかったの、私もマークされちゃうよりはいいでしょ?」

 それまでに築いた仲間は皆死んだ。『崇拝』の手によって。自分が裏切り者ではないと彼女は示すためにそうせざるを得なかった。

 

 彼は私を忘れるどころか、「最高」の技術も落ちていた。『崇拝』のいう通り、彼は連盟の犬のようなものになっていた。連盟での席次は一席と聞いていたけれど、とても『崇拝』より強いようには見えなかった。


 私は廃ビルでライターを見つめていた。

「…申し訳ないが」

 懐かしい、彼の声。そこにはもう、あの頃の様な優しさはなかった。

「はい」

「君を殺せと依頼が来てね」

 私は全てを悟った。

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