122.もふもふ聖獣国のが素敵じゃない?(最終話)
エインズワース公国は、帝国や王国と違う形で存続している。いつの間にか伯父様が合流し、マーランド帝国を飲み込んでしまった。自然に統合が行われ、そこに堅苦しい決議や危険な戦いもなく、気付いたらどちらの民も豊かさを享受する日々。
すべては地下に根を張る聖樹様のお陰ね。大きな城を建てずに屋敷を使ったことで、人々は大木を信仰の対象とした。隣大陸も現在は統合され、徐々に荒地も豊かになりつつある。もう少ししたら、ミカはアビーと一緒に移住するんですって。ミカの二番目の聖獣は、まさかの鳥だったわ。白いフクロウだったので、皆驚いたわよね。
木漏れ日の下で日記のような手記を認める私は、呼ぶ声に顔を上げた。
「お母様! お父様が呼んでるわ」
「わかったわ、ありがとう」
娘ももう18歳、そろそろ好きな人の話を相談されるのではないかと楽しみにしているの。大急ぎで結婚式を挙げて、翌年には可愛い娘が生まれた。生まれた時に普通の赤子に見えたけど、成長速度がゆっくりだったわ。今も外見は10歳前後ね。夫ラエル譲りの柔らかな緑の髪と、湖の青い瞳を持っている。顔は残念ながら私に似たみたい。絶世の美貌には程遠いわ。人の中では美人な方なんだけどね。
アマンダとメイナード兄様も結婚して、なんと男の子が4人もいる。すべて年子で出産したため、大変みたい。メイナード兄様は女の子も欲しかったから、アマンダに産んで欲しいと嘆願中だと聞いたわ。結構厳しいんじゃないかしら。
先に駆けていく娘の後を追って、私は手記を手に歩を進める。貴族と平民の区別が撤廃されて10年近く、急激に進む改革はあちこちで歪みを起こしていた。それを束ねるのが、聖樹様への信仰心。だから巫女の私はいつも忙しい。
忙しい時間の合間を縫って、後世に残す手記を書き始めたのは、私が老化しないと気付いた日だった。いつかすべてが人の概念ではなく、聖樹の寿命で測られる。その時、私が人であったことを忘れないように。
カーティス兄様は、帝国から移住した女性に一目惚れした。熱烈アピールの末、彼女を射止めた兄様の結婚式はもうすぐ。跡取りとしては遅い結婚だけど、お嫁さんが若いから平気ね。
『グレイス、待っていたよ。この居住区の開発なんだけど……』
地図を指差すラエルは、出会った頃と外見が変わらない。美しい緑の髪をさらりと流す彼の隣に立ち、同じ方向から地図を確認した。新しく開拓したばかりの土地ね。ここは豊かな穀倉地帯になりそうだから、人気があるの。
「水路をもう少し延長したらどうかしら」
解決方法を考えながら、いくつか提案してみる。お父様やカーティス兄様と話を進め、手記を綴る手を止めたついでにお茶を飲むことにした。
屋敷の位置を示す見上げる大木が、ざわりと揺れる。今は隣の大陸にも、同じような大木が立っていた。どちらも同じラエルで、いずれミカが宿る大木。
「お母様はお父様とずっと暮らすの?」
「もちろんよ」
娘の質問に微笑んで、テーブルに置かれたラエルの手を握る。一緒にいられる限り、きっと息絶える瞬間までラエルが好きよ。だから一緒にいたいの。
「ふーん。私もお父様みたいな人と結婚するわ」
『そこはお父様と結婚する、じゃないのかい?』
「だってお父様は、お母様の伴侶じゃない。私のものにならないわ」
無駄なことはしないの。言い切った娘の考えは一理あるけど、父親としては寂しいみたい。ラエルはぶつぶつと文句を言った。どこでそんな話を仕入れてきたの? 困った人ね。
風が木の葉を運び、テーブルの上に数枚が落ちた。ふわりと別の風が吹き、葉を吹き飛ばす。
「グレイス! 僕も呼んでよ」
「私もお菓子が欲しいわ」
「僕はもう食べてるけどね」
騒がしい聖獣達のケンカを見守りながら、そういえば……と思い出す。それは他国だった土地から移住した人達の、他愛のない会話だった。
――もふもふ聖獣国では、皆幸せになれるらしい。本当にそうなればいいわね。ここはエインズワースが根付いた土地で、聖樹ラファエルが支配する大陸。エインズワース公国なんて名前より、もふもふ聖獣国の方が素敵じゃない?
The END or……
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お付き合いありがとうございました。無事完結のマークをつけることが出来ました。当初の予定とは違いますが、おとぎ話風にするか今回の手記の形にするか。迷った末に現在進行形の手記に収まりました。彼らは今後も幸せを紡いでいくと思います。
また新作でお会いできることを楽しみに!
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