ジジツコン

 大学生になっても兄さんと遊んでいた。今まで関わってこなかった時間を取り戻すようにして毎日遊んだ。


 尖っていたつもりはないけど、周囲のみんなは一様にして「丸くなった」と言ってくる。


 それもこれも兄さんのおかげだと思う。今日だって兄さんの部屋で映画を観る予定があり、かなり楽しみにしている。


 ────ガチャ。


 兄さんの部屋のドアを開けるとローテーブルにお菓子やジュースが置いてあって、準備万端の状態だった。


「瀬奈、帰ってきたか。ほら、ここ座れよ」


「今日はルーレットで観る映画を決めるんでしたよね?」


「ああ、二人なら今まで観てこなかったジャンルも楽しめると思ってな」


「ふふ、ジャンル開拓ですね」


 スマホアプリでルーレットを起動して"開始"をタップすると、画面内のルーレットが回りだす。

 隣に座る兄さんはどんな結果になるか楽しみにしている。


 そんな彼の横顔を見詰めていると、兄さんもこちらを向いてしまう。私は悟られないように視線を外した。


 兄さんといると心が温かくなる、心臓の鼓動も強く高鳴るし、目が合うとぽうっと頬が熱を帯びてしまう。


 彼は外面というフィルターだけでなく、内面まで真っ直ぐに見てくれる。今まで私に告白してきたどんな男性よりも正しく私を見てくれる……それがとても嬉しかった。


「瀬奈、禁断の愛だって。恋愛モノだなきっと」


「聞いたことないですね。取り敢えず再生しましょうか」


 実の姉弟による恋愛模様を描いた映画だった。兄妹で観るには割と難易度の高い内容で、何とも言えない空気になってしまった。


 エンドロールが流れて静かになる。私の右手と兄さんの左手は重なっていて、なんとなく離れ難い気持ち。


「あの……次、観ますか?」


「いや、このままでいいだろ」


「そうですね。もう少しこのままで……」


 ただ手を重ねるだけなのに、何故か幸せな気分になる。互いにずっとこのままでいたい気分だった。



 ☆☆☆



 大学二年になると、兄さんとは外でも遊ぶようになって遊園地に行ったり、水族館に行ったり……本当に楽しい毎日を送っていた。


 映画館に行った帰り、唐突に兄さんが立ち止まった。


「どうかしましたか?」


「……ぐっ……くそっ!」


 兄さんの視線の先にはタクシーから降りてきた男女がいた。そう、あの時のカップルだ。

 元カノのお腹は大きく膨らんでいて、それが兄さんの心を大きく揺さぶっていた。


「兄さん、兄さん! こっちに来て休憩しましょう?」


 彼らとは敢えて反対の方向に歩いていく。折角忘れかけていた傷を、これ以上広げる訳にはいかないから。


 逃げるようにして、なんとか兄さんを家に連れ帰ることができた。ベッドに横たわる兄さんは私の頭を撫でながら聞いてくる。


「瀬奈……あの二人のことを知ってるのか?」


「うん、知ってる。ごめんなさい……兄さんのマッサージをしたあの日、ちょっと見ちゃいまして……」


「そうか、見られてたか。まぁ、察しの通り……俺さ、浮気されたんだよ」


「それは……道が違うから?」


「それもあるかもな。俺は就職、向こうは進学、道が違うから出会う人種も違う。瀬奈は大学で男に誘われたりしなかったか?」


「誘われましたね。でもそう言うのって、女の先輩がきちんと目を光らせてて、新入生を守ってくれてますから」


「そっか、良かった……」


「えっ?」


「あ、いや! 妹がそんなサークルとかに入ってたらさ、兄として嫌だろ?」


 何故か兄さんは大慌てで"兄として"という立場を強調した。だけど私を心配してくれたことは素直に嬉しかった。


 だからか、少し口が緩くなってしまった私は言ってしまった。


「兄さん、心配してくれてありがとうございます。そういうところ……大好きです」


 私の言葉を受けて兄さんは目を見開いていたが、フッと笑ったあと言った。


「瀬奈、お前のお陰で俺は立ち直れた気がする。普通はさ、兄とはいえ抱きつかれたら嫌だろ。なのにあの時は優しく抱きしめてくれた……。あれが無かったらきっと……」


「でも今日兄さんは……」


「そんなにダメージはねえよ。ほら、泣いてないだろ?」


 兄さんの言うとおり、前に比べたら普通に歩けてたし、泣いてもいなかった。


「全く気にならないと言ったら嘘になるけどさ。別に好きな人が出来たからそんなにダメージも無かったんだ」


「えっ……好きな、人?」


 心が沈んでいく、理由はわかってる。だって私は兄さんの事を男性として好きになっていたから。

 新たに好きな人が出来る事はわかっていた。


 兄さんはとても優しくて良い人だから。女性は放っておけないはず。


 頭を撫でていた手は頬へと移り、兄さんが身体を起こした。


「そんな悲しそうな顔すんなって。好きな人がそんな顔してたら俺も辛いんだよ」


 時間が止まったような感じがした。絶望から一変、仄かな期待を胸に聞き返してみる。


「えっ……それって!?」


「そりゃあそうだろ。さっきの話の流れで別の女の話出すわけねえだろ。お前のことが好きなんだよ、分かれよ」


「ふふ、なんですかそれ。言わないと分かりませんよ」


 もう大人だから、子供のようにはしゃいで喜ぶようなことはしない。私達は静かに顔を近付けていく。


「……んっ」


 触れるようなキス、だけど心が溶け合うかのような高揚感────。


「これ、私のファーストキス……」


「実の兄だけど、良かったのか?」


「今更ですよ。最高に決まってるじゃないですか!!」


 今度は顔を傾けて深くキスを交わす。


 高校生の時は実の兄とこんなことになるとは思わなかった。

 好きになるような男がこの世の中に現れるのか、そう思っていたけれど……灯台下暗しという言葉そのままだった。


 部屋の明かりを消して服を脱いでいくと、兄が感嘆の声を上げた。


「大きいな」


「もう、言わないでください。気にしてるんですから……」


「男からしたら最高なんだけどな」


「あっ……ンンッ!」


 兄さんが私の身体に触れてくる。するとすぐに準備が完了し、兄さんが私の中に入ってきた。


 部屋には私の高い声と水音が鳴り響き、夜空が白んでいく。

 私の甘くもちょっぴり痛い初体験は、とても良い思い出となった。



 ☆☆☆



 〜数年後〜


 私達は家を出て同棲し、就職を経て子供を授かった。両親に報告したらかなり怒られたけど、なんとか認めてもらうことができた。


 我ながら少し強引だったとも思える。


 二人していきなり自立すると言い出したあと、少しして子供がデキたなんて言われたら失神ものだろう。


 そして今、私達は小さな結婚式を挙げている。戸籍はどうにもならないけど、結婚式は挙げられる。


「色々あったけど、これからもよろしくな」


「そうだね、死がふたりを分かつまで……ううん、来世も兄妹としてよろしくおねがいします」


 神父さんが咳払いした。早くキスをしろって意味みたい。


 初々しいカップルのようなキスをして、無事に私達は夫婦となった。事実婚ではあるけれど、立派な結婚だと思う。


 私達はこれからも兄妹として、新たに夫婦としても歩いていく……二人で生きる未来を見据えて。


 ……end.

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