バイト2日目 メリーさん

1

あれ?開かない?


事務所のドアには、鍵が掛かっていた。


いつも開けっ放しにしてると思ってたけど…。コンビニでも行ってるのかな。


《〜〜♪》


ビルの廊下にスマホの着信音が反響する。


澪は慌ててスマホを確認するも、知らない番号からの着信。


どうして知らない所からの着信って、こう不気味なんだろ…。

でも、非通知じゃないから気になる。


「…もしもし?」


少し緊張しながら、スマホを耳元に近付ける。


「私メリーさん。今、あなたの後ろにいるの。」


スマホから聞こえるはずの声が、間違いなく後ろから聞こえた。


「———ッ!!!!!!」


今振り向いたらヤバい。


今振り向いたらヤバい。


今振り向いたらヤバい。


「なーんちゃって。」


ポンッと肩を叩かれた瞬間、思わず飛び上がる。


「いやー。事務所の前でボーッとしてるから、どうしたのかと思って。ほんのジョークだよ。」


こんなボロボロのビルの廊下で、そんな冗談はシャレにならならない。


「それ、僕の番号だからちゃんと登録しておいてね。」


「はい…。」と言いながら、九十九に続いて事務所へと入って行く。


「どっかに出かけてたんですか?」


そう尋ねると、九十九は手に持っていた少し大きめの紙袋をドサッとデスクに置き、安楽椅子に座った。


「ちょっと、回収してくれって頼まれてた物があってね。」


と言いながら、紙袋に手を突っ込み中身を取り出した。


それは外国製の人形で、顔の表面の塗装が一部剥がれ落ち、着ている服からもかなり年季の入った人形だと言うことがわかった。


その古さに反して、青く透き通ったガラスの目が怪しく光っているのが、やけに気持ち悪い。


「その人形、一体何なんですか…?」


九十九は人形を両手で抱えると、澪の方に向けた。


「私、メリーさん。今あなたの目の前にいるの。」


裏声が無駄に上手い。


「メリーさんって…。あのメリーさん?その人形がですか?」


「そう。これがメリーさん。というか、メリーさんの中の1人って言った方が正しいかな。」


とりあえず、そのメリーさん人形を私に向けるのをやめて欲しい。


「澪ちゃんの年代でも、メリーさんの話は知ってるんだ。」


「まぁ…。有名な都市伝説の1つですよね。」



“メリーさん”


ある家族が引越しをする時に、娘が『メリーさん』と名付けて大切にしていた人形を捨ててしまった。


その夜、両親が夜ご飯を買いに出てしまい、1人で留守番をしてると《プルルル…》と電話が鳴る。


娘が電話に出ると、


「私、メリーさん。今ゴミ捨て場にいるの…。」


思わず電話を切るも、またすぐに掛かってくる。


「私、メリーさん。今タバコ屋さんの角に居るの。」


「私、メリーさん。今あなたの家の前にいるの。」


怖くなって再び電話を切ると、


《ピンポーン…。》


とチャイムが鳴った。


どうしよう。どうしよう。


震えながら、ゆっくりとドアスコープを覗くと誰もいない。


念の為、ドアの鍵を開けて外を確認しても、やっぱり誰もいなかった。


よかった…と安心して部屋に戻ると、また《プルルル…》と電話が鳴る。


「もしもし…。」


「私、メリーさん。今あなたの後ろにいるの。」



―――――――――――――――



「こんな話ですよね?」


ふふんっと、少し得意げに話す。


「おー!澪ちゃん知ってるねぇ!」


「で、その手に持ってる人形がゴミ捨て場に捨てられたメリーさんなんですか?」


視線を人形にやると、青い瞳と目が合ってしまった。


「半分だけ正解かな。この人形はメリーさんだけど、ゴミ捨て場に捨てられてなんかいないよ。然るべきところから、依頼を受けて回収してきたんだから。」


「どこからそんな依頼があったんですか?」


「神奈川県の小学校だよ。」


本当にこの人形がメリーさんだとして…何で小学校?学校の怪談的な…?


「ちなみに、メリーさんが泣いたり勝手に歩き回ったりするから、回収してくれって依頼は、別にそんなに珍しくないんだよ。」


「いや…。人形が歩き回るのは珍しい事ですよ…。でも、なんで学校なんですか?」


「あぁ、それはね。メリーさん人形ってのは、元々アメリカから日本の学校に寄贈されたものなんだよ。人形には、ちゃんと名前があって、その名前が『Merry』つまりメリーさん。」


九十九は、机の上のメリーさんの頭をポンッと叩く。


「日本全国の小学校に贈られたメリーさん人形は、数百体以上ある。ただ、第二次世界大戦が始まるとそのほとんどが燃やされちゃったんだよ、可哀想にね。」


澪の方に向けてたメリーさん人形を、くるっと自分の方に向けた。


「戦争で、アメリカが敵国になったからですか?」


「そういう事。敵から貰った人形なんて燃やしてしまえー!!ってね。でも、色々な理由はあれど燃やされなかったメリーさんも結構たくさんいてね。それがメリーさんの都市伝説の始まりとも言えるかな。ちなみに、メリーって名前は日本で言う花子みたいにメジャーな名前なんだよ。」


どこから取り出したのか、九十九は櫛で人形のボサボサの髪をとかし始めた。


「でも、その話がどうして電話を掛けてくるのに繋がるんですか?」


メリーさんの名前の由来はわかった。


だけど、だからと言ってメリーさんの電話にまで発展するのは、どうも納得出来ない。


「それはね、当時流行ってた『リカちゃん電話』と組み合わさってしまったからだよ。」


「あ!知ってます!私は電話した事ないけど。」


「当時は、リカちゃん電話が凄い人気でね。電話回線がパンクするほどだったんだよ。もちろん、それだけリカちゃん電話にハマる女の子も多いわけで…。困った大人達は、リカちゃん電話にまつわる怖い話を作り上げた。」


「それは、どんな話なんですか?」


九十九は、濡れたタオルでメリーさん人形を磨き始めた。


「さっき澪ちゃんが、自分で話してたじゃないか。」


「え?あれはメリーさんの話ですよ?」


「だから、その話が元々はメリーさんじゃなくて、リカちゃんだったんだよ。」


ダメだ。よくわからない。


「つまりね…。」


あ、今ちょっと私の事バカにした顔された。


「子供がリカちゃん電話にハマらせないように、怖い話を作り上げた。でも、それだと『リカちゃんブランド』にもキズが付く。そこで、話の内容はそのままに、外国人の名前としてメジャーだった『メリーさん』の名前に変更されたってわけさ。」


「なるほど。大人の事情ってやつですか。」


「まぁ、そうなるかな。ただ、どうしてメリーさんって名前になったのかは、他にも諸説あるけどね。例えば、横浜に顔を白粉で真っ白にして、真っ赤な口紅をつけ、貴族のドレスみたいな服を着て歩き回る老婆が居るって噂があってね。その老婆の名前もメリーさんだったから、そこから名付けたなんて話もあるよ。」


「横浜にそんな老婆が…。」


「今は、とある老人ホームに入ったからもう居ないけどね。」


「え!?本当に横浜にそんなメリーさんが居たんですか!?」


「うん。普通に生きてる人間だよ?だからこそ、怖かったんだけどね。」


確かに…それは怖い…。


「いずれにしても、メリーさん人形は何にも悪いことしてないのに、勝手に怖がられる存在に仕立て上げられた被害者なんだよ。」


そう話し終わった後、再び私の方に向けたメリーさん人形は、見違える程キレイになっていた。


さっきまでの禍々しさは何処へ行ってしまったのか、可愛いとさえ思えるほどだった。



あのメリーさん人形、最初見た時は凄く不気味だったのに、話を聞いたら全然怖く無くなってたな。


私の意識が変わったから、そう見えるだけなのか。


それとも、九十九さんが一生懸命キレイにしてたからなのか。


そんな事を考えながら澪は家路を急いでいると、スマホが振動しているのに気付いた。


ふと、メリーさんの話がよぎる。



いや、ないないないない。



夜道の中でスマホを見ると、そこには《着信 九十九さん》と表示されている。


あ…焦った…。


ちょっとドキドキした…。


「はーい。どうしましたー?」


「私、メリーさん。今あなたのバイト先にいるの。」


私はそのまま、九十九さんの番号を着信拒否リストに入れた。

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憑き物付きの九十九さん こよみ @koyomi-0816

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