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「澪ちゃんは今、音だけを聞いていたけど、僕はそんなのをこの目で四六時中ずーっと見てるんだよ。」


九十九は、自分の右目を指さしながら続ける。


「何かしら澪ちゃんに危害を加えようとする悪霊はもちろん、そこら辺の地縛霊まで捕まえちゃうみたいだね。あの悲鳴は、八岐大蛇に体を引き裂かれたり、あちこち千切られたりしてる霊の断末魔だよ。」


目では何も見えていないけど、どうやら私の想像は当たっていたようだ。


「この地獄絵図みたいな光景も、僕からしてみればありがたいんだけどね。」


「どういう事ですか?」


つい先程の悲鳴や不快な音を思い出して、また涙があふれてくる。


「その守護神が憑いてるのも、僕が澪ちゃんを採用した理由の1つだよ。もちろん、それだけではないけど。」


今度はハンカチではなく、ポケットから《女の子専用!短時間の超高額バイト!》と書かれたミニスカの女の子が描かれたポケットティッシュを渡してきた。


「昨日も話したけど、僕は怪談や都市伝説、怪異を集めながら除霊したり占いをしたりしてるんだけど…。少しだけ、その方法が特殊でね。」


九十九は立ち上がると、部屋の隅にある一口コンロとシンクしかない簡易的なキッチンの方に行き、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。


「僕は憑き物付きだから、祓うというよりも、自分の体に取り込むんだよ。だから、基本的には取り憑かれている人の話を聞いて、その人から僕の体においでー!って招き入れる感じかな。」


コポコポとお湯が沸騰し始める音と共に、コーヒーの香りが広がっていく。


「だから基本的には、話を聞くだけでおしまい。もちろん、僕の中に入るのを嫌がるのもいるけど、その場合はちょっと暴力的に解決する。」


「暴力的って…一体どうするんですか?」


「うーん、最近だと蹴り飛ばしたりとか。」


「霊に物理攻撃って効くんですか!?」


「元々は、僕達と同じように人間として生きてた存在だからね、そりゃあ効くよ。夢の中でも、殴られたり蹴らりたりしたら嫌でしょ?そんな感じ。」


そう話しながら、マグカップにコーヒーを注いでいく。


「僕は平和主義者だからね。出来れば暴力的な解決を避けたい。だから、僕に取り憑いてくれってお願いするんだよ。それでも駄目だった場合の最終手段ってとこかな。」


「これ飲むと、気分が良くなるよ」と、澪はマグカップに並々と注がれたコーヒーを手渡された。


あったかい…。


手のひらから伝わる温かさが、何だかとて心地いい。


「そんな除霊の方法だから、僕の中には自分でも数え切れないほどの霊やら何やらが巣食っているんだよ。」


「ずっと九十九さんの体の中に居るんですか?」


「そうだね。それが憑き物付きの家系に生まれた、僕のアイデンティティーでもある。でもね━━。」


そう話しながら、マグカップに髪の毛が入らないようにしてコーヒーを飲む九十九の姿は、女性かと思うほど綺麗だった。


「そのおかげで年中体は重たいし、内蔵もボロボロ。髪の毛だって見ての通り、真っ白だ。」


少し悲しそうな顔をしながら、またマグカップに口をつける。


あの白髪は染めてるんじゃなくて、地毛だったんだ…。


「でも、私は九十九さんの髪、すっごく綺麗で素敵だなって思いましたよ!」


自分で言ってて、ちょっと恥ずかしい。


「誰も、それが嫌だなんて言ってないけどね。」


顔を上げた九十九は、意地悪そうに笑っている。


む……。やられた…。


「でも、澪ちゃんが来てくれて本当に大助かりだよ。こうして話してるだけで、僕に憑いてるものを食べてくれるんだから。欲を言えば、もう少し上品に食べてくれると、もっとありがたいんだけど。」


澪の背後をチラッと見ながら、すぐにマグカップに視線を戻した。


「それが私を雇ってくれた理由なんですか?」


「うーん…。君が近くに居てくれるだけで、僕は体が軽くなるし、除霊の依頼も心置き無く受けられる。まぁ、そんな頻繁に依頼が来るわけじゃないけど。」


メイド姿で、ご主人様!とか考えてた自分が恥ずかしい。


「僕は澪ちゃんとこうして語り合うだけで、いくらか悪霊を食べてくれる。そして君は、僕の話を聞いてるだけでお金を貰える。まさにWIN WINの関係ってやつだ。どう?少しは目に見えない存在も信じる気になったかな?」


「そうですね…。九十九さんが嘘を言ってるようには、私には思えないです。それに、実際にあんな音も聞いちゃったし…。」


「ちなみに、僕と一緒に過ごすことで霊感が芽生えるかもしれないし、怖い思いをするかもしれない。澪ちゃんにとって、知りたくない事を知ってしまうかもしれない。それでもここで働きたいと思う?」


怖い思いをするのは嫌だ。


でも…知らない恐怖より目先の金っ!


「はい!改めて、よろしくお願いします!」


私には稼がなきゃいけない理由がある。


「僕としても、澪ちゃんが来てくれると助かるよ。暇つぶしにもなるしね。」


九十九は大きな机に向かうと、引き出しを開けてピン札の1万円を取り出し、澪に向かっておいでと手招きする。


「これは、今日のバイト代だよ。」


「あの…本当に1万円も貰っていいんですか?」


「いいんだよ。これは僕にとって贖罪でもあるからね。」


「贖罪ですか?」


「今は気にしないでいいよ。澪ちゃんが使いたいことに使ったらいい。それより、もうこんな時間になってしまったね。」


腕時計を見ると、21時を過ぎていた。


私は冷めてしまったコーヒーの残りを一気に流し込んで、事務所を後にした。

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