エピローグ
「おめでとうございます、園様」
「うわぁ、びっくりした!」
つい先程まで、アリスは戦場だった場所に立っていた。
城に戻って次への準備をしようと、幹部を連れて歩き出そうとしていた瞬間だった。
フッと目眩がして、再び目を開ければそこには草原。そよそよと心地の良い風が体中を撫でて、青々しい草花の匂いが鼻をくすぐる。
この場所にやって来たのは、何度目だったかもう覚えていない。神がアリスへと話しかけてくる、特殊な領域。
例に漏れず、目の前には見慣れた青年、フルスが立っていた。
「え、ちょっと、向こうはどうなってるんですか!?」
「園様がお倒れになる一瞬を利用して、話しかけております」
「流石は神様……」
もはや何が起きようとも驚きはしない。
アリスの常識を覆すあり得ないほどの魔術も、全てこのフルスと――あの変な神が作り出したのだと思えば、納得してしまう。
以前も、こうして接触してきていた。だから勇者であるオリヴァーを殺したら、きっとまた来るとは思っていた。
だがまさか、ここまで早く呼び出すとは思わなかったのだ。
「改めておめでとうございます。無事にオリヴァー・ラストルグエフを殺害されたようですね」
「あぁ、まぁ、はい……」
「こちらでは皆様が、大層満足しておりました」
「……! それはよかったです」
アリスのやっていることなすことは、常に監視――視聴されている。まるで動物の動画を見るように、神々に見られているのだと言う。
そしてそれらに気に入られなかった場合、オリヴァーのように殺される羽目になる。
アリスは現在、その〝気に入られなかったものを殺す係〟になっているのだ。
もちろん、アリスもオリヴァー同様に、神々に気に入られなければ同じ処分が待っている。
はじめはアリス・園 麻子を誤って殺してしまったことの謝罪として、異世界転生――という言い分だった。だが結局、神の手のひらの上で踊らされていたようなものだ。
彼らの好きなように扱われ、要らなくなったら最後は捨てられる。
神々にとって、人間とはその程度なのだと。
「でも気を付けてくださいね。貴女様をとても気に入り始めた神もおりますので」
「うげっ……。気を付けます、ありがとうございます」
かと言って気に入られすぎるのも面倒事を呼ぶ。
神はそれぞれ世界を管理しているため、手持ちの不要なものの処分を押し付けてくる可能性があるのだ。
大量に送り込まれれば、アリスもそれだけ苦労するというもの。
「今まで通りで問題ないですよ。あまり媚びたりすると、私が干渉しているのも気付かれてしまいますから」
「……肝に銘じておきます」
アリスは心の底から、この世界・トラッシュを管理している神がフルスで良かったと痛感した。
基本、放任主義であるものの、ここぞというときは手助けしてくれる。その優しさがとてもちょうどいいのだ。
そんなフルスのためにも、アリスはこの世界で頑張っていきたいと意思を固くする。
「申し訳ございません、倒れる一瞬を利用しているので、そろそろ……」
「あ、わかりました」
「また機会が来たら、時間のあるときにきちんとお呼びします」
「はい。では、また!」
「園様も、お気をつけて」
フルスの言葉を聞くと、徐々に視界が白んでいく。草原がフェードアウトするように消えていき、アリスの意識が現実世界へと引っ張られていく。
神からの激励と、これからについての考えを固めたところで、アリスの意識は草原からプツリと引き離された。
「――アリス様!?」
エンプティの心配そうな声が届いて、アリスは元に戻ったのだと分かった。
体はエンプティに支えられており、フルスの言っていた通り倒れる瞬間であった。自分の両足できちんと立って、エンプティの補助をどける。
少し名残惜しそうなエンプティを横目で見れば、小さく「ごめんね」とだけ言った。
倒れた――というよりはふらついた、だが――ということもあり、一瞬で体調をチェックする。
魔力の回路は無事に巡るし、体に傷は見られない。状態異常にもかかっている様子はなく、昨日とも変わらない体調だ。
そう、どこも悪いところはなかった。
フルスは倒れる瞬間を利用して、こちらの空間へと呼び寄せた――と言っていた。アリスは倒れるなんて有り得ないのだ。
となれば、フルスが会話をしたくて倒れるよう仕向けたのかもしれない、とアリスは察した。
先程、王国軍を従わせるために膨大な魔力を消費したが、それらも全てスキルによって魔力ももとに戻っていた。
だからフルスがなにか細工をしたのだと考えるのが、今は一番いい考えだった。
あの上司にしてあの部下あり。上司がおかしな神ならば、フルスだって変なところもあるのだ。そういうことにしておいた。
「大丈夫ですか!? 突然バランスが……」
「あぁ、うん。大丈夫。ほら、ピンピンしてる!」
「……そうだとよいのですが……」
アリスはわざとらしく元気そうに動いてみせたが、エンプティの心配そうな視線が消えることはなかった。
先述の通り、アリスが倒れるなんてありえないのだ。
アリスの完璧さをよくわかっている幹部であるがゆえに、誰もがそれを心配していた。
支えていたのはエンプティだったが、誰もがアリスを介助しようと飛び出しかけていた。自分を心配してくれている幹部を見て、アリスはちょっとだけ嬉しくなった。
「……ごめんね。神様とお喋りしてきてた」
「なっ……」
「大丈夫。激励だけだよ。まだ死なない」
「……そう、ですか」
そんな優しい彼らに対して、機転の効いた誤魔化しなど浮かばず、アリスは素直に理由を吐露する。
先日にあんな宣言をしていたこともあって、エンプティを始めとする幹部達は、神に対して敵意を持っている。アリスもそれを知っていたが、知らないフリをした。
兎にも角にも、今の体は健康で問題なことを伝えたかったのだ。
「ほーら、元気だして。勇者に勝ったんだから。ね、城へ帰ろっか」
「……はい」
そう言ってアリスは歩き出した。そう、〈転移門〉を使うこと無く、歩いているのだ。
いつもの〈転移門〉を生成しなければ、誰もがそれを疑問に思った。
城の中ですら迷子になるアリスは、〈転移門〉なしでは生活できない。属国であるアベスカの民ですらアリスのその常用性は知っている。
歩いて数十秒程度の場所でも転移するほどだ。
「アリス様ッ! 〈転移門〉は生成されないのですかッ!?」
「や、やっぱりどっか、タイチョーが悪いんじゃ……」
「やっ、やめなさいルーシー。縁起でもないわ」
サクサクと草を踏み、そびえ立つ魔王城へと歩いている。それはまるで、あの頃を思い出させる。
初めてこの世界に来たときの記憶だ。
「うーん、その……噛み締めようかなって」
まさか本当に自分が勇者を、正義の味方を殺せるとは思わなかった。途中に色々と回り道や、面倒事があったものの、それでも魔王としてここまでこられた。
否。彼女にはまだまだ先があるのだ。
隣の大陸にあるジョルネイダの勇者。いまだに動きを見せない帝国。あのふざけた神がきっとお遊びで作ったであろう、日本のような島国。
それにやり始めている魔術連合国も、いまだ稼働していない。
「……ふふっ」
「? アリス様?」
「楽しいなーって」
神々に飽きられなければ、アリス・ヴェル・トレラントという生き様はまだまだ続けられる。
幹部達に言った通り、これがいつまで続くかは分からない。
それでも、まだ続けていられることを痛感して、一人で喜び、笑うのだった。
彼女の魔王の生活。夢に見ていた正義の味方を殺して、悪が正しいと訴えること。
それらはまだまだ続くのだ。
魔王アリスは、正義の味方を殺したい。 前編 ボヌ無音 @MMM_Muon
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