企む者① ー東京 秋葉原ー

 女はボブカットに切られた耳元の髪をつまみあげ、サングラス越しに眺めた。もう黒い髪を探すほうが難しい。月のものがこなくなってから、どれくらい経っただろうか。


 ヒトは"老い"を主張する珍しい動物だ。サルも白髪が生えるが、ヒトほどに真っ白になったりはしない。一説によると、若いオスやメスが老年の個体を間違って好きにならないように、人間はわざとこのように進化したらしい。


 通常、生物は自らの遺伝子を後世に残すことを至上命題としている。その原理に基づくならば、生殖能力のない個体が、わざわざ生殖能力がないことを外見的にアピールしつつ生きていること自体、自然の摂理に反するように思われる。事実、生殖能力の喪失を"老人"と定義するならば、概してヒト以外の動物に"老人"などいない。


 たとえば、メスの閉経などが顕著な例だ。ヒト以外の霊長類のメスにとって、閉経とはすなわち寿命を意味する。ニホンザルだと25年、チンパンジーだと50年ほどの寿命だが、閉経を迎えたら1、2年のうちに死ぬ。ヒトのメスの一生における閉経後の期間の割合を考えると、それがいかに特殊であるかがわかるだろう。


 では、ヒトにはなぜ"老人"が存在するのだろうか。技術力の進歩で長生きをしているだけ? いや、そうではない。ヒトは十分に利己的な理由で進化した結果、群れのなかにあえて"老人"を生み出したのである。


 その理由を紐解く鍵になるヒトの特徴のひとつとして、ヒトのオスが、若いメスを好む、というものがある。他の霊長類では、通常、何度か出産を経験した熟年のメスが好まれる。すでに子を生んだ実績のあるメスを生殖対象として選ぶことは、いたって合理的な判断だと言えるだろう。しかし、ヒトのオスはそうではない。ある調査では、インターネットにおける5500万件ものアダルト関連の検索ワードを解析すると、国や文化の違う地域であっても、「若い子」がもっとも検索されており、年齢で言うと「16歳」の女性がもっとも人気が高いという結果が出ている。個人差はあれど、基本的には若いメスが生殖対象として好まれると言ってよい。子をつくった実績のない若いメスを選ぶのは、リスクしかないにも関わらず、である。


 ヒトのオスが若いメスを好むことと、ヒトが老化を全身で主張することは、何か関連があるのではないか。「わたしは老人です。好きにならないでください」と見た目で主張することには、なにか意味があるのではないか。もちろん、そう考える学者がいた。彼らはグランドマザーリング・ハイポシスという仮説を唱えた。それを噛み砕いて説明するならば、ようするに、ヒトは一生のうちに「生殖」から「子育て」へと自らの役割を変えるというのだ。


 二足歩行と肥大化した脳の代償として、ヒトの子供は非常に未熟な状態で生まれる。そしてその未熟な子供のために、何年にもわたってつきっきりで子育てをしなければならない。腕力がなく、足も遅いヒトという動物にとって、そのコストはあまりにも大きい。ヒトにとって出産とは、今も昔も、課されるタスクが重すぎるのだ。しかし当然、子供をつくらねば人類は滅びてしまう。そのジレンマのなかで、ヒトはある方法を思いついた。そう、"老人"の創出である。


 という選択を、人類は進化の過程でおこなったのである。


 力が強い個体ではなく、弱くとも長生きをする個体が多いほうが、群れ全体としては子孫を多く残す余裕が生まれたのではないか。その結果、ヒトは長寿へと進化し、"老人"という生物の摂理からの"矛盾"を生んだ。そしてその矛盾が生殖のサイクルを破壊しないために、生殖においては老いを忌諱するようインプットされ、若い個体を好むようになったのではないか。


 ああ、進化とはなんと合理的で、残酷で、美しいものなのだろうか。


「どうしたスレスキン。なんだか楽しそうじゃねえか」


 運転席にいる畠山はたやまが言った。バックミラー越しに、細く腫れぼったい目で女を見ている。


「またそのペンダントか? いったいそりゃあ何だ? 生き別れた旦那さんの写真でも入ってんのか?」


 そう言われてはじめて、首から下げたペンダントを自分が握っていることに女は気がついた。


 女の名は、相模さがみスレスキン潤子じゅんこ。かつてはベルリンの大学で研究者をしていたが、今は日本の特別高等警察に所属している。今から十数年前、当日すでに50歳を過ぎていた潤子の突然の配属に、畠山をはじめとする生え抜きらの困惑は大きかった。しかし、精戦ジハードの混乱のなかでは彼女の専門的知識に助けられることがしばしばあり、今では誰もが一目置く存在となっている。


 潤子は、真っ赤なコートの内側にペンダントをしまうと、窓の外へと顔を向けた。


「そんなところね。それより、堀田ほったの様子はどう?」


 すると畠山は、その巨躯には窮屈そうな運転席で、大げさに両手をあげてため息をついた。


「どうもこうもねえよ。やっこさん、これで何件目だよ。いったい何を探してんだか」


 そう言うと、ハンドルに突っ伏し、畠山もまた窓の外を見た。


 夕暮れの秋葉原。20年前のシュペルマン・インパクト以降も、この街のイメージはさほど変わらない。電化製品と二次元キャラクターの街だ。ただし、その具象はやや異なっている。現在では、電化製品はマラルを動力とするので"電化"ではないし、二次元のキャラクターはただ愛でるだけの仮想の存在ではなく、物理的に触れることができる三次元へと進化した。


 常識、経済、モラル、尊厳。それらすべてを、シュペルマンは破壊したのだ。


 かつて、世界は金本位制の後に、石油=米ドル本位制へと移行した。そして今の世は、いわばせい本位制だ。精子=マラルは国力を示す値となり、まるでラクダの所持数を自慢するアラブの金持ちのように、各国は男子の数をかさ増しして発表している。


 男どもに腰を休めるヒマなどない。オナニーなどしようものなら、非国民とののしられる。貴重な資源をティッシュとともにゴミ箱に放り込むなど、何事か。射精がしたくなったら、ほら、街のいたるところにセクサロイドが闊歩しているだろう。彼女たちの名器を利用するのだ。一瞬のうちに射精すればほら、その場で換金ができちゃう優れもの。そうすれば、あなたはまたクスリが買える。出して、キメて、また出して、キメる。それこそが、男子として生まれたあなたが果たすべき義務なのだ。


 ましてや、今は戦時中だ。精子はいくらあっても足りない。つい先週も、政府はマラルの換金レートを1割も上げた。そのせいで、街中がイカ臭く、喉の奥がイガイガする。


 ふと、潤子のすぐ目の前にあった風俗店のネオンが灯った。


 シュペルマン・インパクト以降は、セックスのためにわざわざ屋内に入る必要などない。道端でロイドとパコパコやっていようが、誰も気にしない。むしろ、他のオスの性的興奮を煽るという意味では、推奨されてさえいる。それでも誰しもがひと目を気にしないわけではなく、ああいった個室型の需要は未だにあるわけだが、最近では、ディープフェイクを用いたセックスがふたたび流行っているのだとか。技術的にはローテクで、2020年代には一部の風俗店ですでに同様のサービスが提供されていた。そのサービスとは、VRゴーグルをつけた男女それぞれの身体に複数のジャイロスコープをくっつけてセックスをし、ディープフェイクの映像をリアルタイムに相手の身体の動きに合わせてレンダリングすることで、ゴーグルのなかではまるでまったくの別人とセックスをしているかのような体験ができる、というものだ。当時としてはテクノロジーで再現するのがもっとも難しかった「温かみのある人体」を生身の人間が代用することで、理想の女性とも、二次元キャラクターとも、セックスすることが可能になったのだ。のちに人体の再現もテクノロジーが解決するようになったが、新しい人気女優やキャラクターが現れるたびにロイドを生産するよりも、まるで格闘ゲームで対戦相手を選ぶかのごとくセックスの相手を選ぶことができるそのシステムのほうが効率がよく、再び脚光をあびたということだ。


『堀田が動きました』


 インカムから牧野まきのの声が発せられた。途端、車内に緊迫した空気が充満する。


 潤子はサングラスの ISO 感度を上げ、目をこらした。ボサボサの髪に、無精髭。ヨレヨレのスーツに、フレームの曲がった眼鏡。かつて天才とうたわれ、自信に満ちた表情で東大の教壇に立っていた堀田の姿は、そこにはなかった。


 堀田が出てきた店は、またもやバイオロイド関連のパーツを扱う小規模な商店だ。さきほどから立て続けに10件以上、同様の店をまわっている。このあたり――明神下から蔵前橋通りに至る一角には、怪しげなパーツ店が多い。ナショナルメーカーがこぞって高性能なセクサロイドを製造しているなか、安全面、倫理面で流通しないパーツを裏で流している違法な店が立ち並んでいるのだ。


 堀田は店から出ると、何か思いつめた表情を浮かべ、北へと歩みを向けた。


「おいおい牧野ちゃん、何してんだ。早く追わねえと、見失っちまうぞ。もしかして、イカ臭い匂いに当てられて、マラルが欲しくなっちゃったのかな?」


 畠山の下品な軽口に対する、牧野からの返事はない。


『ドクター・スレスキン。ご命令を』


 淡々とした口調で牧野が言うと、「彼を追ってちょうだい」と潤子が応える。


『了解しました』


 同時に、畠山がエンジンを始動した。一般車を装ったセミ装甲車が、路地裏に重低音を響かせる。


「堀田は、何か買ったの?」

『いえ、堀田の口座残高に変化はありません。もっとも、店のなかにマラルを現金化できる違法なロイドがあれば別ですが』

「そいつはねえよ。堀田が店に入って、たったの3分しか経ってねえんだぜ?」

「軽口はよして。あなたは車を出してちょうだい」


 潤子が言うと、畠山は大げさに肩をすくめた。それからハンドルを握ると、アクセルを踏み、中央通りを北へと向かった。すでに街頭にも光が灯り、穴ぐらでひと仕事を終えた男たちが虚ろな表情で大通りを闊歩している。


『堀田は上野公園に入りました』

「ったく、いちいち面倒なやつだ。どうするスレスキン。公園のなかは、車じゃ無理だ」

「そうね――」


 そう言いつつ、潤子は肘置きのなかから、拳銃を取り出した。マガジンを抜き、弾が入っていることを確認すると、再び押し上げる。


「私が行くわ」


 車を停車させた畠山が、後部座席へと身を乗り出す。


「珍しいな。いつもはここでふんぞり返ってるじゃねえか」

「たまには運動をしないと、衰える一方だから。それに、あなたにはドローンを飛ばしてほしいの。私には、操作が難しいから」


 依然として目を丸くする畠山をよそに、潤子はドアを開け、外に出た。日は完全に落ちていて、風が冷たい。潤子はコートの襟を立ててポケットに手を入れると、公園へと至る階段を上りはじめた。


 上野公園。思えば、10年前に日本に帰国してから、ここへ来たのははじめてかもしれない。かつては動物園に足繁く通っていたものだが、今はこの地に用事などない。帰国の前年、一夜のうちに大勢の動物たちが消え去るという怪事件をきっかけに、上野動物園は閉園になったのだ。ゾウなどの大型のものを含めた動物たちが痕跡もなく消え去った不可思議な事件として世界中に知られていたが、後になってディゥケス星人による誘拐だと結論付けられた。


 さらに精戦ジハードのあおりをうけ、現在の上野公園は荒れ放題だ。木々の手入れもままならず、明かりはまばらで、鬱蒼としている。その暗闇のなか、等間隔に距離をとったいくつかの人影が見える。その人影は、決まってひとりでぽつりと立っている。


 江戸時代から第二次大戦後に至るまで、上野公園は東京最大の売春地帯だった。そのなかには男娼も多く、後に新宿二丁目が栄えるまでは、最大のゲイタウンでもあった。そして現在、上野はセクサロイドや、場合によっては生身の女や男を相手にできる非合法のエリアとなっている。シュペルマン・インパクト以降、売春はより取り締まられる傾向にあるなか、上野公園だけはそれがおおっぴらにおこなわれていた。


『堀田が女のひとりに接触しました。ふたりで動物園に向かっています。ドクター・スレスキン、急いでください』


 なぜ、上野公園だけが野放しになされているのか。その理由は、動物園だ。上野動物園は、閉園後にとある仏教団体へと払い下げになった。その団体が、誰もが利用できるいわば無料のラブホテルとして、なぜか動物園を解放しているのだ。上野の山に寛永寺を開いた天海てんかいよろしく、その団体は政治的に非常に力があるらしく、国家権力といえどもメスを入れることが困難なのだという。


「ごめんなさい。遅くなったわ」


 潤子は言った。すると、黒いスーツをまとったショートカットの女――牧野は、いつもの鉄面皮を崩さず、目線を動物園に固定したまま言う。


「堀田は1分ほど前に入りました」

「では、私たちも入りましょう。女同士でも入れるんでしょう?」


 すると『クスッ』という畠山の笑い声がインカムから聞こえた。潤子もまた小さく笑うと、牧野の腕を取り、自分の腕を絡ませた。


「このほうが自然かしら」


 牧野はいちど潤子へと顔を向けた。しかし数秒後、何事もなかったかのように再び動物園へと視線を戻す。


「ドクター・スレスキン。今のやりとりでは、笑うのが自然だったのでしょうか」

「……いいのよ。忘れて」


 そう言うと、潤子と牧野は動物園へと歩を進めた。それから門の前まで来ると、ふいに足を止めた。


 門の両脇にある柱の上には、高さ1メートルほどの彫像がそれぞれ置かれている。片方の像は、腕が八本ある三つ目の像。門の内側へ入ろうとする者を、薄ら笑いで見下ろしている。おそらく、これは大自在天だいじざいてん、ヒンドゥー教でいうところのシヴァ神だろう。ということは、もう片方の柱の上にある女性の像は、彼の妃である烏摩妃うまひ、つまりパールヴァティーだろうか。


「ドクター・スレスキン。いかがしましたか?」

「い、いえ……」

『おい、何してんだ。やっこさん、もう随分と奥へ進んでいるぜ』


 畠山に急かされ、潤子と牧野は門のなかへと進んだ。


 園内に電灯などはなく、月明かりだけを頼りに荒廃した動物園を進む。かつてパンダがいた檻を通り過ぎると、かすかに女の喘ぎ声が聞こえた。それぞれの檻はまるでクリストのアート作品のように白い布で覆われており、中がどうなっているのかは伺い知れない。ただ、中にうっすらと明かりが灯っており、時折それが揺れている。


 さらに歩くと、またいくつかの檻が見えた。そして今度は、艶かしい声がはっきりと聞き取れた。かつて、四方八方から鳥や獣の鳴き声が聞こえていた動物園を思い出し、潤子は込み上げる笑いをこらえた。


「最高ね。これだから私はヒトという動物が大好きなのよ」

「ドクター・スレスキン。堀田です」


 見ると、50mほど先に、男女の人影があった。


 潤子は、サングラスの縁を撫でて、視覚をズームする。堀田が連れている女は、まだ少女のようだ。白いワンピースのチューブトップから露出した狭い肩幅は、金髪の長いストレートヘアでほとんど覆われてしまっている。狭い歩幅を補うように、トコトコと早足で堀田の後をついて歩いている。


『お兄さん、どこまで行くの? 早くシようよ』


 彼女のものと思われる声がインカムから流れた。ドローンから指向性マイクを向けて集音しているのだろう。畠山の悪い趣味だ。


『大先生はたいそう胸糞が悪くなるロイドを連れていらっしゃる。変態野郎めが』

「あれはロイドなのね」

『ああ。最近じゃサーモグラフィーだけじゃ判断つかないこともあるが、この寒い中であの格好してんだ。人間じゃねえだろうよ』


 潤子は堀田を見る。後ろ姿からはその表情はわからないが、話しかける少女に一瞥もくれることなく、黙々と歩いているように見える。


『スレスキン、これからどうするって言うんだ。仮に堀田があの嬢ちゃんとファックしたとして、動物園の中じゃ俺たちは何にもできねえ。あの嬢ちゃんが生身の人間だったなら、出てきたところで青少年なんたらかんたらで連行することはできたかもしれねえがな』

「まあ、手柄がなかったならなかったでいいじゃない。私はこのドーブツエンを見れただけで、とっても満足だわ」

『勘弁してくれよ。これだからインテリっつーのは――』


 そのとき、ふいに、堀田が不忍池方面に伸びる遊歩道へと曲がった。牧野と潤子もまた、距離を置いてその後に続く。


「堀田がいないわ!」


 潤子が言うと、牧野はすぐに彼女の手を振り払い、スーツの内側から銃を取り出した。それから注意深く周囲を見渡すも、遊歩道のどこにも人の気配はない。


『見つけたぜ。やつは右手の林を抜けたモノレールの線路跡にいる。どうも、そこをプレイの場所に決めたらしい』


 それを聞いて、潤子は口角を上げた。今日の尾行は不発に終わるものだと諦めかけていたが、そうではなかったらしい。堀田はそこで何かをするつもりだ。なぜなら、堀田にロリコンの性癖などないことを、かつての共同研究者である自分は知っているからだ。


『端末に座標を送った。やつのナニのサイズを測りたけりゃ、急いだほうがいい。堀田はすでに嬢ちゃんを押し倒してるぜ』


 牧野は端末を確認すると、右手にある林のなかに入った。物音がしないように足場を選びながら、ヘビのようにするすると林を進む。それに遅れて、潤子が続いた。


『はあ……はあ……』


 インカムからは、堀田の荒々しい吐息が聞こえる。


『外でないと興奮しないなんて、お兄さん、変な人ね』


 少女が甘い声色で言うと、堀田は鬼気迫った表情を浮かべ、少女の服を乱暴に下からまくり上げた。やがて頭からすぽんと服を脱がすと、雑に背後へと投げる。少女は下着をしていない。白く控えめな乳房が、月下に顕になっている。


 妖艶に微笑むの少女の顔を見て、堀田はゴクリと唾を飲むと、自身が着ているトレンチコートの内側に手を入れ――。


 包丁を取り出した。


 そして、少女の胸の真ん中に、勢いよく突き刺した。


「コォぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」


 細い管のなかを空気が駆け抜けるような声を発し、少女は上半身を内側に反らした。体は細かく痙攣し、口からは真っ赤な液体がしたたり落ちる。


『お、おい……こりゃあ――』

「黙って」


 潤子が畠山の言葉を遮った。サングラスを外した彼女の瞳には、まだ若い時分に彼女の魅力を引き立てていた好奇心と探究心が蘇っている。


 堀田は、突き刺した包丁をグイとひねりながら押し込んだ。さらに包丁を抜いては突き刺し、それを何度か繰り返した。そのたびに少女は、「ガガ……」と機械音が混ざったうめき声を上げ、ビクンッビクンッと体を大きく痙攣させた。


 やがて少女はドサリと地面に背をつけ、生気の失せた目で夜空を見つめた。


「ドクター・スレスキン! 指示を!」


 堀田に聞こえてもおかしくないほどの声量で、牧野が言った。


『お、おい牧野。おまえ大丈夫か? おまえがそんなに感情的になることなんて――』

「ドクター・スレスキン!」


 牧野は今にも飛び出さんばかりに銃を構え、苦々しい表情で潤子を見ている。しかし依然として、潤子は嬉々とした様子で堀田を見つめ、その次の行動をじっと待っていた。


 堀田は少女が完全に動かなくなったことを確認すると、ポケットからキッチンバサミのようなものを取り出し、少女の股間に差し込んだ。それから、へそに向かってジョキジョキと縦に切りはじめた。


『……オエッ。狂ってやがる』


 やがて切り込みがみぞおちに達すると、堀田は包丁を投げ捨て、切り込みに両手を差し込んだ。そして、少女の腹を一気に左右に引き裂いた。「ミチミチミチッ」と皮膚が裂ける音とともに、溢れ出た内臓が外気に触れ、湯気を発した。


 堀田は血まみれになった手をふたたび自身のコートの内側へ入れ、スティックライトを取り出した。それを口に咥えて少女の腹のなかを照らしながら、両手で内臓をぐちゃぐちゃとかき分ける。


「……これじゃない。これでもない……ああああああクソッ!」


 堀田は目を血走らせながら、何ごとかをつぶやいている。


「あ、ああ! あった! これだ! 」


 そう言って堀田がスモモほどの大きさのかたまりを少女の腹から取り出したとき、堀田の後頭部に鉄の筒が突きつけられた。そのことに気がついているのかいないのか、堀田は人差し指と親指でつまんだ赤黒い物体をまじまじと見ている。


「これが……これこそが――」


 堀田は手につまんだものを頭上に持ち上げ、夜空を背景にそれを見つめる。月明かりが、恍惚の表情を浮かべる堀田の顔を照らした。


「シュペルマンの雫」

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シュペルマンの雫 ―もしも精子が資源だったら― 八田 @hattamon

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