精治家ぺぺ ③

「今から1000年ほど前、シュペルマン博士は私を捕らえ、拘束した――」


 そう言いながら、ペペは俺へと一歩を踏み出した。


「その目的は、読精術テイスティングの人工的な再現をおこなうべく、私の身体を調査するためだった」


 俺の目の前まで来ると、ぺぺは膝をつき、身をかがめた。


「博士は見たこともない複雑な機械をつかって、私の身体を隅から隅まで検査した。得体の知れない薬品を飲まされたこともあった。博士が私の房中術を使って何をしようとしていたのか、今となっては知る由もないが、およそ10年にわたる監禁の末、私は解放された。その後に私に残ったのは、博士に対する復讐心と、大いなる疑問だけだった」


 ぺぺは手にしていたワイングラスを掲げ、再度、その輝きを確認する。


「シュペルマンから得た断片的な情報をつなぎ合わせた結果として私が結論づけたのは、シュペルマン――いや、異世界人は、この世界で叉神さがみに"何か"をさせているということだ。男どもからせっせとマラルを集めさせて、貴様らはいったい何をしようと言うのか?」


 ぺぺは俺の目を睨んだ。しかしふいに、自重するかのような笑みを見せる。


「シュペルマンは私に諭していたよ。叉神という生き物が、いかにいびつで、哀れで、惨めな生き物かを。どうやら、博士は思い違いをしていたようだ。そう諭すことで、私から抵抗する気力を奪うつもりだったようだが、残念ながら、結果は逆だった。自分でも底が知れぬほどの憎悪と怒り。それこそが、私の精神を10年ものあいだ保つ原動力となったのだ」


 ぺぺは視線を落とし、俺の股間を冷めた目で見つめる。


「じつのところ、貴様ら異世界人が叉神に何をさせているのかなどに、興味はない。しかし、私はそれを知らねばならない。なぜなら、それが何かを知らねば、それを叩き潰すこともできないからだ」


 ワイングラスが、俺のチンコにヒヤリと触れた。


「ふふっ。まさか異世界人のマラルを味見テイスティングすることができようとはな。さあ、教えてくれ。私に、貴様らの企みを。叉神とは、いったい何なのか? 異世界とは、いったい何なのか?」


 そう言って、ぺぺは俺のアレに触れた。


 それはもう、一瞬だった。


 早漏どころの騒ぎではない。俺のチンコが彼女の手のぬくもりを感じ取った刹那――。


 滝のように出た。


 え? マジで? そんなに出ることある?


 まるで牛の乳をしぼるかのように、俺のチンコの先から出た液体は、「ジュー」と音と泡をたててワイングラスに注がれていく。止まる気配がない。


 いや、これ、死ぬんじゃね?


 そう思い、何か冷たいものが背筋に触れたような感覚に襲われたちょうどそのタイミングで、ぺぺは俺のチンコから手を離した。一方の俺は、全身の活力が一気に抜け、白目を向いてうなだれた。口を閉じている力さえ残されていない。


 ぺぺはワイングラスを頭上にかかげる。さらにグラスをくるくると回し、まずは鼻に近づけて、匂いを嗅いだ。


 何やら難しい表情をしている。


 ぺぺはグラスを口に近づけると、傾けて、ちびりと口へ含んだ。


 もっと難しい表情をしている。


 さらに、グイと一気に口へ含むと――。


 血を吐いた。


「ぐはぁっ!!!」


 彼女の喉から鮮血が飛び出し、俺の顔面へと注がれる。


「はぁ……はぁ、な、なんだこれは? いったいどうなっている!?」


 女騎士が慌ててぺぺへと駆け寄るも、どうしていいのかわからず、ただオロオロと目を泳がせている。


「入ってくる……この世界のすべての記憶が、洪水のようになだれ込んでくる! ま、まさかこれは……大いなる金玉ホーホ・ホーデン!?」


 ぺぺの顔面のいたるところから血管が浮き出し、それらから「プシュッ」と血が吹き出した。


「ぺぺさま!」


 女騎士が肩を持つも、ぺぺはただ視線を空に漂わせ、何やらうわ言をつぶやきはじめた。


「あぁ……まさか。まさかこんなことが……。これがこの世界の真の姿だと言うのか」


 ぺぺの髪がみるみるうちに真っ白になっていく。かと思うと、そのままはらはらと抜け落ちていった。頬の肉も急速にこけ落ちていき、皮膚が裂けて上下の歯が露出した。さらに片方の眼球が眼窩からこぼれ落ちたとき――。


「お父さま……」


 残された片方の目で、ぺぺは俺を見た。


「お父さま……」


 ぺぺの瞳からは、涙が流れ出している。


「なんということでしょう。時空を超えるほどに深いお母さまの愛が、このような奇跡をもたらしたのですね」


 とうとう、もう片方の眼球もこぼれ落ちる。しかし、そんな状態にもかかわらず、ぺぺは身を乗り出してきて、俺の耳元で囁いた。


大いなる金玉ホーホ・ホーデンに向かってください。そこで、お母さまが――」


 その言葉を最後に、ぺぺの頭蓋骨は首からこぼれ落ち、俺の腹を転げて地面へと落ちた。そのときの「カラカラ」という乾いた音とともに、ぺぺが最後に言った言葉が、俺の頭の中に繰り返し響いていた。


潤子じゅんこさまが、あなたを待っています」

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