コミックス2巻発売記念ss

 夢を見た。

 かつて私を苦しめていた日常がそこにあって、妹と元婚約者は幸せそうに笑いあっていた。

 両親もその光景を微笑ましそうに見守っており、その場にいた、私だけがのけ者だった。



「あれは夢、あれは夢……」



 ローズベリー邸に居た頃じゃ、絶対に私には与えられなかった豪奢な部屋。

 柔らかなベッドで目を覚ました私は、暴れる心音を落ち着かせるように必死に自分に言い聞かせた。



。。。



「おはようございます、アメリー。今日は早いですね」

「お腹が空いてしまって、少し早起きしてしまいました」



 朝の食堂。

 いつもと同じ時間にやってきたイルヴィスは、すでに座っている私の姿を見ると目を丸くした。

 挨拶もその後の言葉もなるべくいつもの調子で返す。しかし笑顔を返したところで、ふとイルヴィスが見とがめたように眉を寄せた。



「少々元気がないように思えますが、それも空腹のせいですか?」

「えっと、いつもより早く起きてしまったので、そのせいかもしれません」

「……であればよいのですが、何かあればおっしゃってくださいね。寝具を変えるように言ってきますので」

「い、いえっ!それは大丈夫です!」



 この年で嫌な夢をみたから眠れなかった、なんて口にしたくない。

 何かを察しているようなイルヴィスに心中焦りながら、必死に話をそらす。

 やがて話題は朝食、今日の予定へと移り変わっていき、普段と同じ朝食の時間になった。低く落ち着いたイルヴィスの声を聞いているうちに、朝からずっと胸にくすぶっていた不安感が晴れていく。


 だが、気持ちが落ち着いてしまったことで、早起きしすぎてしまった弊害が現れてしまう。

 食後の紅茶をのんでいると、ふつふつと眠気がやってきてしまったのだ。



「――ということで、今日は少し時間が取れそうなのですが……アメリー?」



 明らかに上の空になっている私に、イルヴィスが不思議そうに声をかける。

 はっとして返事を返せば、案の定心配そうな顔をしたイルヴィスの顔が目に入った。



「ごめんなさい、少しぼうっとしてしまいました」

「……やはり、ちゃんと眠れていないのではありませんか?」

「あ……えっと、少しだけ。でも、本当に大丈夫ですよ!」



 ふん、と胸を張って見せるも、イルヴィスの表情は晴れない。

 もうこれ以上誤魔化せないと察して、私はゆっくりと夢の話をした。



(あれ……こうやって全部話してみると、案外平気かも……ただの夢に、怯えすぎていたわね)



 口を挟むことなく、静かに相槌を打ってくれるイルヴィスに、強張っていた体から力が抜けていく。

 むしろとっくに終わった話に覚えていた自分がバカらしくなって、だんだん恥ずかしくなってきた。

 すっかり調子を取り戻した私を見るや否や、イルヴィスが優しく微笑んだ。



「先ほど言いかけましたが、実は今日、たくさん時間があるんです。せっかくですし、一緒に二度寝しますか?」

「しません!!」



 別の意味で寝つきが悪くなってしまいそうである。

 そう顔を真っ赤にする私に、イルヴィスが安心したように笑う。


 ――公爵邸に来てから、私のいつも通りになってしまった光景。

 暖かい空気にこっそりため息をついて、私は一気に紅茶を飲み干した。




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【Web版】妹に婚約者を取られたら見知らぬ公爵様に求婚されました 陽炎氷柱 @melt0ut

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